狼と返り血
王国で予言がなされた。
それは、これから生まれる小さの命の予言。
とある夫婦の間に生まれる赤子は、悪魔を宿している。
その子はやがて、魔王となり王国を脅かす存在となるだろう。
王国は夫婦を探し出し、そのお腹に宿った命を消そうとした。
夫婦は激しく抵抗した。
これから生まれるであろう子供を手放すことを拒んだ。
その結果、王国兵と衝突し、夫はその命を落とす。
妻は、夫の稼いだ時間を使い、王国から逃げ、姿を消した。
王国は今でも探している、姿を消した妻を、生まれたであろう悪魔の子を………
♢♢♢♢
今日も今日とて私は人間の子供と遊ぶ。
今日のお相手は私より年上の男の子3人と、女の子だ。
一番デカイ男の子がリック、次に大きいのがトーマス、小さいのがルーカスと言う名前らしい。
それで女の子の方がエリーというそうだ。
最近はこの組み合わせで遊ぶことが多い気がする。
まぁ、名前は覚えられるんだが、どうにも顔の判別が………
身体の大きさで覚えればいいか。
「今日の勇者役は俺〜!」
それで何をして遊ぶかというと、ごっこ遊びだな。
よくわからんが、この村の子供達はみんなこうやって遊んでいるようだ。
子供たちに特に人気なのが勇者の物語で、男の子たちはこぞって勇者をやりたがる。
いまもリックが棒切れを振り回してアピールしている。
私が立候補する役は、もちろん魔王に決まっている!!
当然だ。
私は魔王なのだからな!
「はい、ヨルちゃんはお姫様ね〜」
だがエリーが無慈悲な決定を下す。
なんだと!? なぜ私がお姫様なんだ! お姫様なんて柄じゃないだろ私!?
抗議しようと口を開くが、それを遮るようにエリーが続ける。
「ヨルちゃんはお姫様、ね?」
笑顔の圧力を感じる。
どうやら私はお姫役らしい。
うむむむ、毎回こうだ、私がお姫様役をやることになる。
「いいか、今日こそ俺たちが魔王を倒すぞ!!」
「「おう!!!」」
結局リックが勇者、トーマスが騎士、エリーが聖女、魔王はルーカスになった。
ルーカスはこの中で一番喧嘩が弱いので、いつも魔王役をやらされている。
ルーカスも勇者役をやりたいのか不満げだ。
がんばれルーカス、私は魔王好きだぞ!魔王だったし。
こうしていつも通り遊びが始まる。
といっても私はお姫様役なので特にやることはない。
ごっこ遊びとはいえ、勇者と魔王の戦いは前世を思い出させる。
私が魔王として製造された時には、もう人間がだいぶ優勢で魔族の領土はほとんど占拠されていた。
今、かつての魔族たちはどうしているのだろうか?
全員死んでしまったのだろうか?
それともまだどこかに隠れているのか?
まぁ、人間になってしまった私には、関係のない話か。
私はいつものようにお姫様用に用意された椅子に座って応援しているだけだ。
しばらくすると、勇者と魔王の対決も終わり、お昼の時間になる。
みんなそれぞれ家から持ってきたお弁当を食べる。
私も母親に持たされたサンドイッチを取り出す。
食事。
正直めんどくさい。
私が人間になって不便だと思っていることの1つだ。
魔王だった頃は直接大地から魔力を吸い上げ、栄養にしていたのだが、人間の身体ではそれができない。
わざわざ調理し、咀嚼し体内にいれて分解しなければいけないとは。
人間とは面倒なことこの上ない。
「なぁ、午後は森の方行こうぜ!」
食べる中、トーマスが提案した。
さっきまで遊びまわってたというのに口を開けばまた遊びの話か、元気な奴らめ。
私はサンドイッチを食べながら、黙って聞くことにする。
私が何も言わなくても、どうせ私も一緒に行くのは決定事項だろうし。
森で木のみを拾って持ち帰れば母親も喜ぶだろう。
森の中に入ると、そこは鬱蒼とした雰囲気に包まれていた。
木々の間からは光が差し込み、地面に生える草花には蝶などの小さな生き物たちが飛び回っている。
「花冠作りましょう」
エリーがそう提案してきたので了承する。
男の子たちは木登りでもするのだろう、私たちから離れていった。
せっせと花冠を作る。
この作業にも慣れたものだ。
「ねー、ヨルちゃんって誰が好きなのぉ〜?」
「ん?」
エリーの唐突な質問に、思わず手が止まる。
「母親が好きだが?それがどうかしたか」
「ちが〜う。あの3人の中でよ!」
あの3人とは、さっきのごっこ遊びで一緒になった男子3人の事だろうか。
別に好きも嫌いもない。
とゆうより、私はその3人の顔の見分けすらつくか怪しいのだが……
人間の子供という奴はどうしてこう順位をつけたりしたがるのだろう。
不思議でしょうがない。
「ね〜え〜」
しつこいエリーの追求が続く、私の服を掴んで揺さぶってきた。
やめろ!服が伸びるだろうが。
仕方ないから適当に答えてやるか、誰がいいかな……
「ルーカスだな」
彼は子供たちの中で一番魔王役を引き受けている。
つまり一番私に近しい存在と言っても過言ではない。
「え、ちょっと意外。あんなチビのどこがいいの?」
「チビ?ルーカスの身長は私より高いと記憶しているが」
子供の価値観はよくわからないな。
背が高いとか低いとかいうことに、何か意味が生まれるのだろうか?
だとするとこの中で一番小さいのは私だぞ。
もしかして遠回しに馬鹿にされてる???
そんなことを考えていると突然あたりに悲鳴が響き渡った。
「ぎゃゃあああッ!」
声は男の子たちが向かった方向から聞こえてきた。
見ると、3人がこちらに向かって走ってくる。
その後ろには大きな狼が迫っていた。
狼?
この森でそんなものは初めて見た。
「助けてぇ!!」
「早くッ!早くッ!!」
「こっちだ!!こっちに逃げろ!!」
3人は必死の形相だ。
だが、あれでは狼の方が速いな。
「あ!!っぐ」
一番足の遅いルーカスに狼が飛びかかり、引き倒す。
狼の牙が肩口に突き立てられた。
「ぎぃやぁぁ!!」
「ルーカス!?」
ルーカスは噛まれたまま引きずられていく。
仲間のいる縄張りまで持って帰るのだろう。
………なるほど!今わかった。
背が低いと足が遅いから人気がないんだな。
私は1人でウンウンと頷く。
人間の価値観は一見複雑だが、このように何事にも理由があるのだな。
「ちょっと!!なに見てんのよ、助けなきゃ」
エリーが私の服を引っ掴んで駆け出す。
だから、やめろ!服が伸びるだろ。
男の子2人はルーカスの腕を掴み、狼から引き離そうとしている。
あ〜あ〜、あれでは傷が広がってしまうぞ。
案の定、ルーカスの肩口から血が吹き出し、地面に滴り落ちる。
痛みにむせび泣く少年の声を聞きながら、私はぼんやりと考える。
私はどうするべきだろうか?
今ここで狼を殺すことはできるだろうが、この狼は別に食事をしているだけだ。
私が先ほど食べたサンドイッチのように、オオカミはこの少年を食料として食べようとしているだけなのだ。
弱肉強食、魔族ではそれは普通だったが、人間は違うのだろうか?
「ヨル!手を貸して、ルーカスが連れて行かれちゃうぅ」
エリーが少年たちに加わりながら、叫ぶ。
私はどうすればいいか決めかねて、突っ立っていた。
「ヨル!ヨル!ルーカスのこと好きなんじゃないの!?」
エリーがさらに切羽詰まったように大きく叫んだ。
好きというか、お前が無理やり聞いてくるから適当に答えただけなのだが。
大体好きだからなんだというのだ?
「好きだと殺していいのか?」
「何言ってんの!?、好きなら、守らなきゃ!取り戻さなきゃ!」
なるほど、人間の価値観だとそうなるのか。
確かに重要なものなら守らなきゃいけないな。
私は狼の元に歩み寄ると、その首元に手をかざした。
グチャッッ!
勝負は一瞬だった。
一瞬にして、狼の首が弾け飛び頭と胴体が離れる。
それを見ていた子供たちがポカンとした表情で立ち尽くしていた。
ルーカスはと言うと、泣き叫びながら自分の肩口に噛み付いている狼を引き剥がそうとしていた。
私はその様子をただ黙って見つめていた。
思ったより柔いな。
魔力を当てただけでこの有様とは。
返り血が飛び散って驚いてしまったくらいだ。
……………ん?
返り血?
見下ろすと私の服には狼の血がべったりついていた。
やばい、これ怒られるやつだ。
この狼の騒動は大人たちの間で結構大事になった。
大規模な狼狩りが敢行され、近隣の村からも討伐隊が派遣されることになったらしい。
子供は当分森へは出入り禁止。
私は大人たちの会議に呼ばれて、色々と聞かれたが、正直に答えても誰も信じてもらえなかった。
結局、狼がなぜ死んだのか大人たちには解明できず、私は解放された。
服を汚したことで、怒られると覚悟していたが、母親は特に何も言わなかった。
そのかわり、痛いくらいキツく抱きしめられたが……
あと、気付がいたらなぜか私がルーカスを好きという情報が広まっていて。
村中から小さなカップルとして祝福された。
な・ぜ・だ!!!!!!!!
母親がものすごい怖い顔で微笑んでいたので近寄らないでおいた………