赤目の少女
どうやら私は生まれ変わったらしい。
勇者に殺されたと思ったのだが、気づいたら人間の赤子になっていた。
生まれた瞬間はよく状況が分からず、目の前の人間を殺そうとしたが、その人間が「愛してる」などと言うものだから、思いとどまった。
どうやらその人間は今世の母親だったようだ。
そして私はもう魔王ですらなく、非力な人間になったと学習した。
前世で私が死ぬ瞬間、愛について教えて欲しいと思ったら返事が返ってきたのは覚えている。
これが答えなのだろうか?
人間になれば愛を学べると?
「おい母親、私を愛しているか?」
今世の母親に聞いてみる。
「あらあら、どうしたのヨルちゃん。もちろん愛してるわよ〜」
「…………」
愛しているらしい。
これが答えなのだとすれば、おそらく私に愛を教えてくれるのはこの人間なのだろう。
どれ、愛とやらの素晴らしさを教えてもらうとしようか。
もしつまらないものなら、また魔王に戻って人間を滅ぼす、それで良いだろう。
♢♢♢♢
私が生まれてから5年の月日がたった。
人間の生活にもだんだん慣れてきた。
私の名前はヨル・ヴァ・リデルというそうだ。
『ヴァ』というのはどうやら貴族の姓らしく、人前で名乗るなと母親には言い含められている。
私を生んだ母親はアイシャという名だ。
父親は………いない。
母親に聞いても詳しくは答えてくれない。
まあ、いないならいないでいい。
親というのは子供を愛すると聞いたから、父親の愛とやらも学びたかったのだがな。
そう、肝心の愛について学べたかというと………正直わからん。
母親や村の人間に愛とは何か聞いても。
「あら〜、ヨルちゃんはおませさんね〜そういうのはもっと大人になってからね〜」
とか
「おう!ヨル!お前はまだちっちゃいからなぁ、もう少し大きくなってからな!」
などと要領の得ないことしか言わない。
なんなのだ!
大人ってなんだ!?
具体的に何歳だよ!
しかも人間どもが微笑ましいものを見るような目で見てくるのが気に入らん。
まあいい、とにかく私は人間の常識を知らなすぎる。
そうゆうわけで、私は毎日人間の子供と混じって遊んでいる。
人間の子供がどういう生き物なのか、どう振る舞えばいいのか学習しているのだ。
ちなみに私の容姿は5歳の女児だ。
黒い髪を腰まで伸ばし、瞳の色は赤、肌は白く、色素の薄い印象を受ける。
人間の子供と混ざってもそんなにおかしくない容姿なはずだ。
しかし、なぜかよく話しかけられる。
特にこの村の子供たちは私のことを好いているようで、よく私を取り合ってグループ間で喧嘩をしている。
わけがわからない。
理由を聞くと私は『かわいい』らしい。
勘弁してくれ、私には人間の容姿の美醜なぞわからんのだ。
ただでさえ母親以外の人間の区別をつけるのに苦労しているのに……
今日も私より大きな人間の子供に引きずられた。
人間の子供は乱暴だし、とにかく騒々しい。
発情期のゴブリンだってもう少しは大人しいぞ。
そんなこんなで家に帰る頃には私は疲れ果てて、服はボロボロの泥だらけになっている。
服を汚したことを母親に叱られるのもいつものことだ。
解せぬ。
汚したのは私ではない。
人間になってからは気に入らない事ばかりだ。
だが1日の終わりに母親に抱かれて眠る、その時間だけは悪くなかった。
母親は私の頭を撫でながら、私が寝付くまで子守唄を歌ってくれる。
母親の澄んだ美しい歌声も、頭を撫でる手の暖かさも、私は好きだった。
私の中で経験したことのない奇妙な感覚が溢れる。
これがなんなのかわからないが、安心した。
ここにいてもいいと、言われている気がした。
♢♢♢♢
私の娘ヨルは、とっても可愛い。
クリクリしたお目々も、あの人譲りの黒髪も、白い肌も全部大好き。
言動がちょっと変だし、奇行も目立つけど、それも可愛いところ。
まぁ、言葉使いは直して欲しいけど……
私はあの子の前で一度も乱暴な言葉を使ったことないのに、まったくどこで覚えてくるのかしら?
この前なんて
「母親、お前には感謝している。私なりに何かお返しをしたい」
なんて嬉しいことを言ってくれたと思ったら、つづく言葉が
「誰か気に入らない人間はいるか?私が消してやる」
だもん。
私はあの子が優しいのか、残酷なのかわからないよ………
私に懐いてくれているのは確かなんだけど。
幸いなことに聞き分けの良い子だからやっちゃダメなことを教えれば、言うことは聞いてくれるんだけど。
なんというか、子供っぽくないのよねぇ。
他の子たちとは全然違うわ。
でもそんなヨルも夜には子供らしい一面を見せてくれる。
ヨルは甘えん坊さんだ。
普段はクールだけど、寝る時は私にギュッと抱きついてくる。
寝顔も、いつもみたいな澄ました顔じゃなく、安心しきった表情をしてる。
それを見ると、いくら言動が大人びていようがこの子は小さな子供なんだと思い出す。
本当に愛おしい、私の宝物。