入学式
「魔王、あなたには………愛する人はいないのですか?」
そう聖女に尋ねられたのは、いつのことだっただろうか。
戦場だったことは確かだ。
聖女の使う光の壁は鉄壁で、私の術式でさえも通さなかった。
勇者が幹部と戦う中、加勢しようとする私の前に聖女はいつも立ち塞がった。
聖女に私を傷つける術はない、だが私も聖女の守りを突破できなかった。
膠着状態が続く中、彼女はよく私に話しかけてきた。
ここが戦場だと理解していないのか、よほど能天気なのか。
今思うと、彼女は創られた魔王、魔王型生物兵器【アデル】という生き物を理解しようとしていたのだと思う。
「なんだそれは?理解できないな」
私はいつも彼女が語ることを理解できなかった。
愛とか夢とか希望とか。
戦いに必要ないものばかり語りかけてきた。
その度に私は冷たく突き放したのだが、それでも聖女はめげなかった。
彼女の語る理解不能なものが、私の中にもあることを確信しているようだった。
私と戦った聖女は、変なやつだった。
今の私を彼女が見たら何というだろうか?
今の私は彼女の話をちゃんと理解できるだろうか?
もう、ここにはいない彼女のことを思う………
♢♢♢♢
戦いを司る聖女は戦の時代の幕開けを意味する。
私を聖女とは認めたくない人々が存在することはよくわかっていた。
私に敵が多いことも、重々承知している。
でも、このような形で私の地位を脅かしにくるとは考えてもいなかった。
私以外の聖女の発見。
私を聖女の座から引きずり下ろしたいのなら、本物の聖女を作りだし私を偽物にしてしまえばいいという訳だ。
聖女は先代が亡くなると、この地に生を授かる。
聖女は一代に必ず1人だ、2人や3人もいるはずがない。
私も含めた3人の聖女の中で本物は1人しかいない。
…………………
そこまで考えて、気が付く。
多分、私って聖女じゃないよね?
私の膨大な魔力も、未知の魔法も、全て前世の魔王による恩恵だ。
そこに聖女要素は微塵もない。
聖女だと持ち上げられていい気分になっていたけど、これは結構やばいのでは?
私が聖女ではないのなら、早急に本物に地位を返上した方がよいだろう。
だが私の他に聖女に名乗りをあげたのは2人。
そう、2人だ。
正直……どっちが本物か皆目見当もつかない。
ロレンスが言うには、1人は同級生、もう1人は上級生になるらしい。
学園に通えば、会う機会もあるだろう。
直接会って、見極めるか……
私はとりあえず、学院に行くことを了承した。
王国立中央学院、学院と呼ばれるこの教育機関は、国内で最も優れた者が集まる場所と言われている。
王国内の貴族はもちろん、他国からも優秀な人間が集まっている。
そして平民であっても、才あるものはこの学院に入ることができる。
王族だけでなく、歴代の勇者や聖女もここを卒業したそうだ。
学院には3つの学部がある。
一つ目は、法律や領地の経営を学ぶ法学科。
二つ目の、騎士になるべく剣術や戦術を学ぶ騎士科。
三つめが、魔力の研究を行い、魔法を学ぶ魔術科。
私が入学するのは魔術科だ。
剣術に興味はないし、法学科は貴族のお坊ちゃま嬢ちゃん達の巣窟なのでパス。
まぁ、魔法などという術式の劣化品にも興味はないのだが……
法律や剣術よりかはマシという、消去法で魔術科に決めた。
それで今日は入学式のために学院まで足を運んだのだが……
なんか校門で仁王立ちする上級生の女がいる。
彼女は新入生位の女子手当たり次第に声をかけていた。
何だあの女?
不審に思いながらも、目を合わせないようにして彼女の横を通り過ぎる。
「ちょっと!あなた」
当たり前のように私も呼び止められた。
めんどくさい。
「…………はい。何でしょうか?」
私は警戒しつつ返事をする。
彼女は偉そうに胸を張ると、こう言った。
「上級生に挨拶しないとは、礼儀がなってないのではなくて!! あなた、お名前は?」
本格的にめんどくさ!
「申し訳ありません。私、えっと……ヨ、ルサ・ハーミットと申します」
なにか嫌な予感がするので、適当に偽名をでっちあげる。
女は私の方をジイッとにらんでくる。
なんか他の生徒より拘束が長いのだが、私変なことしたか?
「ふぅん、そう。私はノールよ。今後は先輩をきちんと敬うように」
「はあ……」
意味不明な女は、私に釘を刺すと去って行った。
いったい何だったんだ。
私の知らない礼儀作法か何かだろうか?
なんだかよくわからないけど、どうやら助かったようだ。
今後面倒なことにならなければいいけど…… 私は心の中でため息をつく。
後ろで謎の上級生があげる声を聴きながら、私は入学式の会場へと足を進めた。
学院に入るのには一悶着あったが、入学式自体は粛々と進んだ。
私は学院長の長い話を聞き流し、退屈な来賓の祝辞も右から左へと聞き流す。
年寄りの世間話には興味がない。
そうやって聞き流していると新入生代表の挨拶が始まった。
新入生代表の挨拶は各科の成績優秀者が選ばれる。
まぁ、建前ではそういうことになっている。
実際は、代表の選出には権力が多分に関わってくる。
私は、今挨拶している法学科の代表、ラルク・ロゼ・ローデンヴァルトと名乗った少年に目をやる。
彼はこの王国の第四王子だ。
まるで温室で育ったかのような傷ひとつない肌。
自分の思い通りに事が進まないことなど、考えたこともないような甘ったれた顔。
いかにもボンクラな印象を受ける。
あれで成績優秀はないだろう。
第四王子という地位が、彼をあそこに立たせているのだろう。
かくいう私も聖女という理由だけで魔術科の代表に指名されていた。
おそらく、騎士科は勇者のガキが指名されているのだろう。
王子、勇者、聖女が仲良く代表というわけだ。
まぁ、私は辞退したんだけど。
私が辞退したことでちゃんとした成績優秀者が挨拶してくれることだろう。
王子のかったるい挨拶が終わり、魔術科の代表が呼ばれる。
「魔術科代表、ミリ・ラズ・ルーナ」
………………
「……?」
名前は呼ばれたが、誰も壇上に上がらない。
「魔術科代表、ミリ・ラズ・ルーナ」
もう一度名前を呼ばれる。
でもそれに応えるものはいなかった。
何かトラブルだろうか?
教師陣が何やら慌ただしく動き回っている。
キョロキョロと辺りを見渡して探ると、私の斜め後ろの席が空席だ。
どうやら魔術科代表様は入学式をすっぽかしたらしい。
たいした度胸だ。
「申し訳ありません、少々問題が起こりまして……先に騎士科の代表挨拶を行います」
司会の教師は、困り果てた様子でそう告げた。
騎士科ということは今代の勇者かな。
あのガキがどんな挨拶をするか楽しみだ。
「騎士科代表、ルーカス・リカルド」
「……え?」
勇者の名前じゃない。
聞き覚えのある名前だった。
こんなところで聞くとは思っていなかった名前。
少年が壇上に上がる。
私の記憶にある、でも記憶よりもずっと大きくなったその姿。
『僕、王都に行くよ、絶対。ヨルに会いに行くから』
私は今でも彼の言葉を覚えている。
私が彼と最後に会った時の言葉だ。
私は呆然と彼を見つめる。
彼は、壇上から真っ直ぐにこちらを見つめていた。
私の幼馴染みのルーカスがそこに立っていた。
約束は、果たされた。
何も期待していなかった学院生活………それが急に楽しみになってくる。
私の胸元で、ペンダントが揺れた。