不信感
「何故、魔族は負けている?」
私は幹部の一人であるザハに尋ねた。
魔王城にある私の私室、戦況の映る水晶玉の前で私たちはこの戦の情勢を見定めていた。
映像の中では、魔族と人間が激しい戦闘を繰り広げている。
一見すると、魔族が優勢のように見える。
人間の損失は圧倒的だ。
戦場には人間の死体が折り重なり、山を築いている。
だが、それでも……勝っているのは、人間の方なのだ。
「負けているなどと……
「言い訳はいらない。私はただ、現状に疑問を抱いている」
ザハの言葉に被せるように私は言い放つ。
人間は性能面において、魔族に劣る生き物だ。
魔族よりも圧倒的に少ない潜在魔力。
その瞳は魔力を知覚することもできない。
脆弱な肉体、寿命も魔族の半分もない。
普通に考えれば、負けるはずのない戦い………だが押されているのはこっちだ。
勇者と聖女の力は圧倒的だが、それだけで魔族の攻勢を押しとどめるほどではないはずだ。
「単純に魔族と人間では数が違いますからな。やつらは1人1人で見れば魔族に劣りますが、その圧倒的な数で力の差を埋めているのです」
私の疑問に、ザハが答える。
確かに、人間の軍隊は多数の死傷者が出ているにも関わらず一向にその数が減らない。
「なぜこうも人数差がある、魔族と人間の出産能力にそこまで差異はないと記憶しているが?」
私の問いにザハは困った顔をする。
「そこら辺の知識は魔王様の頭にはインプットされてませんからねぇ………」
またそれか。
私の頭には魔王として戦うべく、数多の知識がインプットされている。
だが、それらのほとんどが戦闘に関する知識であり、それ以外の知識は穴だらけだった。
私はため息をつく。
「いいですか、魔王様。我々魔族はその長い生涯の中でたった1人しかつがいを選びません。そのつがいは星々の導きにより定められた相手であり、我々はつがい以外とは子を儲けることができないのです。対して人間は成人した男女であれば誰とでも子を儲けることができます。この差が我々の劣勢の原因ですよ」
なるほど。
それで魔族の繁殖能力は、人間と比べて低いわけか。
「我々魔族はつがいをとても大切にします。ですので、つがいを捕虜にされた若い魔族が無謀な特攻をすることも珍しくありません」
私は唸る。
問題点はわかった、だがこの問題点は魔族という生物である限り解決は難しいように思える。
「つがいを失った者は一旦冷静になって相談してくれればよいのですが………」
そう言っていたザハが、人間に捕らえられたつがいを追って姿を消したのは、それからしばらく経ってからのことだった。
♢♢♢♢
勇者が輝く聖剣を振るう。
それに合わせて私も攻撃術式を起動する。
黄金の剣と術式の剣が踊り、敵を蹴散らす。
勇者の剣は、あの頃と何も変わっていなかった。
憎らしいほどの正確で迷いのない太刀筋。
こいつの癖は知っている。
勇者の動きに合わせ、その隙を埋めるように剣を飛ばす。
私たちの連携に魔族は対応できず、次々に倒れていく。
「あとは君だけだね」
ついに1人の魔族をのぞき、全ての魔族は倒れ伏した。
首無し死体と踊っていた魔族。
もちろん攻撃していなかったわけではない。
だがヤツは私の剣は防御術式で防ぎ、勇者の聖剣からはヒラリと身をかわした。
この魔族はおそらく、他の魔族とは格が違う。
その身のこなしは戦い慣れている者のソレだ。
といっても……勇者にはまるで歯が立たないだろうけど。
「もう大丈夫そうだから、そいつは任せる」
私は勇者にそう伝えると魔族とは反対方向に歩き出した。
勇者はこちらを一瞥すると、
「そうか、ではそちらは任せた」
とだけ言って、再び魔族の方へ向き直った。
やはり、勇者も違和感に気づいていたらしい。
例え大人数だろうと、魔族がこの夜会を襲撃するのはおかしい。
この夜会には、勇者と聖女が参加しているのだ。
どんな魔族が来ようが勝てるわけがない。
こんな大掛かりな自殺行為を魔族が仕掛けるとは考えにくい。
なら、なぜ?
おそらく、この襲撃はおとりだ、勇者と聖女を一つの場所に留めておくための。
魔族の本当の目的は他にあるはずだ。
バルコニーから身を乗り出し、匂いを探る。
どうやら……こっちの方角で間違いなさそうだ。
私はそのまま、バルコニーの手すりを飛び越え、夜の闇へと駆け出す。
匂いは、小さな教会まで続いていた。
教会の扉がこじ開けられ、無残に転がっているのが見える。
中には、誰もいない、でも微かに気配がする。
詳しく探ると床に椅子を移動した跡が残っていた。
椅子の下の床に、違和感を感じる。
……隠し通路?
持ち上げると、そこには地下への階段があった。
気配はこの先からだ。
なぜ教会に隠された階段があるのか、その疑問は今は一旦放っておく。
私は意を決して、暗い闇の中へと降りていった。
教会の地下は、真っ暗だ。
明かりも何も無い、完全な暗闇が広がっている。
でも、私の鼻は、その奥に存在する何かを確かに捉えていた。
ゆっくりと、歩みを進める。
少し進むと、通路の先に瞬く明かりが見えてきた。
微かに、話し声も聞こえる。
見えてきたその光に向かって進んでいく。
そして……広い空間に出た。
そこは、複数の魔族たちがいた。
魔族たちは抱き合い、笑い合っていた、涙を流している者さえいる。
私の一番近くにいる魔族。
それは、見覚えのある魔族だった。
「…………ザハ……?」
私の声にその魔族が顔を上げる。
それは、まさしく魔王軍幹部の1人にして魔王型生物兵器【アデル】の設計者、ザハだった。
「ッッ!聖女!!」
ザハが叫ぶと同時に、その背後にいた魔族たちも一斉にこちらを振り返る。
一気に殺気立つ魔族たち。
私は即座に戦闘態勢を取る。
だが………攻撃が来ない。
魔族たちは後ろのものを庇うように防御術式を展開している。
よく見ると、後ろにいる魔族たちは皆痩せ細り、酷い身なりをしている。
目が慣れてきて、ようやく私にもこの場所の全貌が見えてきた。
ここは牢獄だった。
そうか、魔族たちの本当の目的は…………
「つがい……か」
彼らは取り戻しにきたのだ、星々の導きにより定められた片割れを。
ザハに目を向ける。
必死の形相、後ろに庇う魔族の女性の手をきつく、きつく握っている。
私が魔王だった時、彼のこんな顔は見たことがなかった。
魔族とは、つがいを守る時こんな表情をするのだな。
私は、こんな魔族を、攻撃するのか………?
「………………」
私は腕を下ろす。
それを見たザハが、信じられないものを見るような顔をした。
「つがいを取り戻したのなら、王都を去れ。人間のいない地で暮らすがよい」
私の言葉に魔族たちはポカンとした様子で私を見つめる。
「我々を見逃すというのか?」
そんなバカな、と言わんばかりの口調で魔族は問う。
私はその問いかけに黙って頷いた。
今の私にこの者たちを攻撃することは、できなかった。
魔族たちは半信半疑で私を見ていたが、私が動かないとわかると、出口へ歩き出した。
「ザハ………」
私はかつての幹部を呼び止める。
「お前のつがいが見つかって、よかったよ」
「お前は何者だ?何故私の名前を知っている……聖女では、ないのか?」
私は、お前の創造した生物兵器、その成れの果てだよ………
私は何も答えず、ただ首を横に振る。
それを見た彼は何も言わずに、魔族たちと去っていった。
私は暗い牢獄の中、ひとりになった。
唯一の光源である松明の燃えるパチパチとした音だけが辺りを支配する。
私は壁際に座り込む。
しばらくすると、コツ、コツと足音が聞こえてきた。
現れたのは、勇者だった。
勇者は、無言のまま、私の隣に立つ。
「魔族を逃したか……それはその高潔すぎる正義のためか?それともその幼さ故の甘さのせいか?」
私はその問いには答えずに、問いに問いで返す。
「人間は、魔族を捕らえて何をしている?」
存在を隠された、地下の牢獄。
牢獄の中に置かれた、明らかに拷問器具とは違う何かの装置。
痩せ細った魔族たち。
私の許容できない、何かが行われていたことは明らかだった。
「さぁな、僕は知らない」
………嘘だ。
いつも勇者の青い瞳に浮かぶ憎らしいほどの強い正義が、揺らいでいた。