ある魔王の死
それはまさしく地獄のような光景だった。
あたりにはおびただしい数の死体が転がり、肉の焦げる異臭が鼻につく。
建物は倒壊しあちこちから火の手が上がっている。
死に損なったものが痛みに呻き、絶望の悲鳴をあげている。
そんな最悪の状況で私は目を覚ました。
「ああ、無事起動しましたね」
顔をあげると女が安堵したようにこちらを見ていた。
こいつはたしか…技術者だったか。
前に、私の体を調整している時に見た。
だがなぜここにいる、ここはどう見ても戦場だ。
戦闘能力のない人間のいるべき場所ではない。
そもそもなぜこんな状況になるまで私は目を覚まさなかった?
私はなぜ眠っていた?
この都市の防衛術式はどうした?
勇者との戦闘に備え、我々は数々の対策を取っていた。
それが何故こうも容易く攻め込まれている?
疑問が溢れては消えた。
私は魔王型生物兵器仮称【アデル】。
早々に勇者に討たれた前代魔王を素材に魔界を立て直すために創造された人工の王。
その私が、襲撃に対して眠っていた?
理解不能な事態の連続に混乱する私に対し、女はさらに言葉を続けた。
「貴方の肉体は現在休眠状態です。戦闘可能な状態ではありません」
「……どういうことだ?」
その休眠状態になっていた理由がわからないから混乱しているのだ。
「もう、立て直すことは難しい状況です!降伏しましょう魔王様!!」
そう叫ぶ技術者の言葉を聞いて私はおおよその事態を把握した。
謀ったな………!?この女。
私の身体に手を加えられる者はそれほど多くない。
この女は数少ないそんな人物の一人だ。
降伏するしかないこの状況はこの女が望んたものだろう。
「いたぞ魔王だ!」
思考していると、駆けくる侵略者共が目に入った。
「邪魔だ!!」
邪魔な技術者を蹴飛ばし、攻撃術式を起動する。
「……っ」
だが発動しない。
休眠状態というのは嘘ではないらしい。
飛びかかって来た侵略者を尻尾で迎撃する。
いつもより動きが鈍い、まるで自分の体ではないようだ。
「がああああぁ!!」
雄叫びを上げつつ腕を振い、付近の侵略者を蹴散らす。
私の気迫に怖気ついたのか侵略者共が一歩下がるのを感じる。
いける。
術などなくとも奴らを肉塊にしてやる。
そう思った瞬間、
私の半身が消し飛んだ。
「下がれ、魔王の相手は僕がする」
そこに立っていたのは勇者だった。
黄金の髪に整った容姿。
その青い瞳には憎らしいほどの強い正義が浮かんでいた。
それからはもう一方的な戦いだった。
必死に応戦するも、奴の剣により四本あった腕も足すらも全て切り裂かれた。
私はなす術もなく地面に横たわる。
完膚なきまでの敗北だ。
だが、トドメの一撃が来ない。
顔を上げるとあの技術者の女が私を守るように勇者との間に立っていた。
「どいてくれ、君は自分が誰を庇っているのかわかっているのか?」
人間が相手だからか、勇者の声色は優しかった。
私には向けられたことのないような声色。
どうやら勇者は自分と同じ人間のため、女を切るのを躊躇っているようだ。
これが魔族なら、私諸共切り捨てていただろう。
「お、お、お待ちくださいぃ。もう負けです。負けました!降服しますから、ど、ど、どうかこの方の命だけは……」
女が泣きながら勇者へ訴える。
私の生存の保証、女の目的はそれか。
だがわからない、私が生きることでこの技術者の女になんの得があると言うのだ?
「こ、この方の中にはまだ私の娘が………私の娘はまだこの方の中で生きているのよぉ!!」
「!!」
勇者が目に見えて狼狽するのが分かる。
一体何だというのだ。
私は全ての優れた生物を掛け合わせて製造された、その中に人間が入っているのは当然のことだろう。
女が放った言葉のどこが勇者を動揺させたのか理解出来なかった。
だが、あの勇者が一瞬弱気な表情を見せた。
隙だらけだった。
「死ねッッ!」
鋼鉄の尾を振るい女諸共勇者を貫く。
これで終わりだ、そう思った。
だが、逆転の一撃は光の壁に阻まれた。
勇者は1人ではない。
聖女の守りによって私の攻撃は防がれたのだ。
「魔王!キサマァァッッ!」
勇者が激昂し剣を振るう。
そこに先程の迷いは無かった。
そして私は頭から両断された。
死だ。
私は自分の肉体が終わったのを感じた。
死にゆく中私は最後に勇者の言葉を聞いた。
「愛を知らぬ憐れな生き物め、これで終わりだ……」
………………何なんだ。
愛とやらはそんなに大事なのか?
愛とやらはそんなに偉いのか?
人間はすぐそれを口にする。
その言葉の意味を私は理解出来ない。
私の頭には魔王になるための膨大な知識が詰まっている。
しかし人間の感情、特に愛とかいうものは理解不能なものだった、私の中にそんな知識はない。
誰もそんな事教えてくれなかった。
そんなに大事なら私に教えてくれよ!!
いいだろう
どこからか声がした。
♢♢♢♢
とある村に赤子が生まれた。
産んだのは最近村に越してきたばかりの女性だった。
夫の姿もなく、ただ1人で寂れた村にやってきた妊婦は目を引いた。
彼女の裕福な身なりから貴族だということは明らかだった。
だが、どんな事情があるにしろ村人たちは彼女を暖かく迎え入れた。
その村の村人たちは奇跡のように気のいい優しい人たちばかりだった。
優しい人たちの助けもあり、彼女の出産は無事成功したかに見えた。
だが、生まれてきた赤子は産声を上げなかった。
死産かと慌てふためく産婆、だが母親が抱くとその女の子はパチリと目を開けた。
「ヨル、あなたはヨルよ」
そう言われても赤子は無反応だった。
「愛しているわ、ヨル」
だがそう言われると赤子は嬉しいのか、目を細めた。
母親の青眼とは似ても似つかぬ血のように赤い目だった。