侯爵の矜持
「矜持?」
私の告げた三つ目の理由に三人は怪訝な表情を浮かべた。
「はい。母のガーゼル達への対応は闇の魔人衆の頭領としては甘いものであったといえます。ですが、別の言い方をすれば礼を尽くしたものだったのであり、それを私は責めるべきとは思っておりません。むしろ誇りに思っているくらいです」
私の言葉に三人は口を差し挟まない。
「その母の信頼を裏切ったガーゼルとアルマダを許すことができると思いますか? そして、それを他の者に委ねることを了とするとでも?」
「なるほど……侯爵の言い分はわかった」
「ありがとうございます」
私がお礼を言ったところでフィジール公爵が口を開く。
「だが、法の秩序を乱す行為には感心出来んな」
フィジール公爵の言葉に私は目を細めた。
「感心などしていただく必要はございません。私の行動が法の秩序を乱したと言われますが私の行動はそこまで問題視されるようなことは決してありません」
「ほう、ザーフィング侯は法による統治を軽んじるというのかな?」
「いえ、私が言っているのは法の秩序は何も乱れていないといっているのですよ」
「何だと?」
私の言葉にフィジール公爵は険しい視線を向ける。
「私がガーゼル達が前侯爵を毒殺したこと気づいた事は三年前であると申し上げましたが、私が確証を持てなかったためという理由付けを行えば法の秩序は何も乱れませんよ」
「だが、卿はそれを我々の前で確かに発言したぞ。まさか国王陛下と王太子殿下に虚偽の発言をしたと言うのか?」
「ええ、それが何か?」
「な……卿は何を言っているのか分かっているのか?」
フィジール公爵の声に怒りがふくまれているのを感じるが、私とすれば気にするほどのことではない。
「虚偽と申しましたが、国王陛下、王太子殿下にどのような実害が?」
「ぬ?」
「存在しません」
「……」
私の断言に三人の誰も返答しない。そう実害などまったく存在しない以上、問題にするほどのものでは最初からないのだ。
それなのにフィジール公爵が今後の私との関係を優位に保とうという心情があると私は見ている。
「むしろ国にガーゼル達の処分を任せてしまう方が国に対して損害となりましょう」
「……どういうことかな?」
「私は闇の魔人衆達の信頼を失うことになった事でしょう。今度の頭領は自分の親の敵を国に譲らざるをえないほど非力だ……と」
私の言葉にフィジール公爵はまたも沈黙する。
「先ほども言いましたとおり、闇の魔人衆を率いるには絶対的な実力が必要です。そして率いるには、頭領の矜持というものが必要なのです。失礼ながらフィジール公はその点をご理解なさっていない」
「……」
「三年前に気づいたにもかかわらず国に報告しなかった故に闇の魔人衆の掌握を手間取り任務に悪影響を及ぼすことを未然に防ぐことが出来たのです。それは小悪党を国が裁くことよりも重要なことかと思います」
「……」
「増して私は正式な手順に従って領内の平民を領主の権限において裁いた。それだけのことです。一体何が問題なのでしょうかね?」
私はちらりとアルゼイスを見る。私の視線を察したアルゼイスが口元を僅かに緩めたのを、私は見逃さない。
「ふ、ザーフィング侯の言い分は理解した。だが、王族に虚偽の報告をすることはどう弁解する?」
「実害が生じていない以上、弁解の必要はありますまい。それとも陛下は虚偽を一切認めない……そんな地獄のような世界がお望みですか?」
「……」
私の言葉にアルゼイスは沈黙する。ウソは悪い事と言われるが時として優しさ、人間関係を円滑に動かすために必要なものでもあるのだ。
単なる詭弁であるのは認識しているが、このような詭弁は頭の良い相手にこそ意外と有効であるのは間違いない。バカは論破できないの反対だ。
「もしくは私を処分し、闇の魔人衆に代わる組織を一から作りますか? それとも王家直属の暗部を闇の魔人衆に代わる組織として規模を拡大しますか?」
「そのような手間をかける時間はないな」
「我がザーフィング家の王家への忠誠はこれからも変わりはございません。残念ですがお疑いというのならば……」
「ザーフィング侯、そこまでで良い」
アルゼイスは片手をあげて私の言葉を封じると言葉を続けた。
「もとよりザーフィング侯を罰する意図などない。代侯と妻を切り捨てるだけで侯の忠誠をつなぎ止められるとなれば安いもの……いや、考慮することすら、無意味というものよ」
「ありがとうございます」
「イルザム、宰相、お前達に異論はないか?」
「ございません」
「私もございません」
イルザムとフィジール公爵もアルゼイスに同意する。もとよりそれほど大事にするつもりはなかったのだろう。
「ザーフィング侯、卿も先代同様に盲従するような者ではないわけだな」
「国が私に求めるのは盲従するだけの人形ではありますまい」
「確かにな。盲従せぬからこそザーフィング家は信頼を勝ち得たとも言えるな。代侯とその妻の処刑は認めよう。新子爵の後見となる件、セレンス伯爵家との件も侯爵の望み通りするがよい」
「ありがとうございます」
私は一礼し、扉へ向かって歩き出した。私とすれば許可が出た以上、用件は済んだというものだ。
私は王族に対して信頼を置いているが、それは盲従を意味するものではないと言うことを言外に伝えたつもりであったが、国王陛下達はその意図を受け取ったはずだ。
「さて、まずはあいつらを処分するか」
私は嗤みを浮かべると王城を後にした。




