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【完結】最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。  作者: ろうでい
十一話 煌めく宝物《リユースショップ》
97/121

(1)

――


『魔族』


 それはかつて、人間族と対立をし、この世界の覇権を争った種族。

 魔法科学文明を発達させ、武器・兵器を開発してきた人間族に対し、魔族はその圧倒的な魔力と身体能力を使い、戦を仕掛けたのであった。

 歴史は……人間族に軍配が上がる。

 戦闘能力に関しては人間族に勝る魔族であったが、その数は人間族の十分の一程度であったのが大きな敗因とされている。

 人間族は戦う力に劣ったが、発達した魔法科学や武器の製造技術は兵士一人一人の能力を大きく高めた。数に勝り、戦力でも大きく引けを取らない……。『時代』が、人間に勝利をもたらしたのであった。


 数百年前に起きた人間と魔族の戦争は、今では歴史の教科書に載る程の古い出来事となっている。

 人間族に敗れた魔族であったが、それは決して迫害や差別には繋がらなかった。

 先人達はむしろ、魔族との共存の道を選び、ともに歩める社会を築くために法律やシステムを整備していったという。


 そして、現代。


 魔族は今……数こそ少ないものの、世界の中で人間と共に暮らしている。


 この、オキトの城下町でも、魔族はごく自然に存在するのだ。


――


 喧噪の包む、深夜の酒場。

 気性の荒い傭兵や腕に自信のある格闘家……果ては、盗賊や犯罪者の類いまで集う、オキト城下町の外れの酒場。

 騎士団などの公的な機関の目に触れぬようひっそりと佇むように裏路地に作られた古い建物の中は連日の賑わいを見せている。まるで夜の闇に隠れ飛び回るコウモリ達が巣に戻ったように、酒場の中は犯罪者達にとっては安心の出来る場所のようだ。

 集いさえすれば、たとえ取り締まりの騎士団が来ようがここにいる全員で結託が出来る。その安堵感がこの酒場に悪人を呼び寄せているのであろう。

 今日も酒場は筋骨隆々の男達で賑わいを見せていた。派手にグラスをかち合わせて酒を一気に流し込む男達に、手にした札束を数える男達。そして……なにかの入ったケースを渡す引き換えに、札束の入った封筒を受け取る男。この酒場は、この街でもっとも安全に取引の出来る場所でもあったのだ。


「ギャハハハハ!いやー、最高の夜だなァ。一仕事終えたあとの酒ってのは染み込むぜェ、ヒック」


「おいおいおい。酔っ払いすぎだぜぇ兄弟。フラフラすんなよぉ」


 カウンターで立ち呑みをする二人の男は既に酒が回りに回っているらしく、足下をふらつかせながらトールグラスに入った酒を喉を鳴らして呑んでいた。眼帯をつけた長髪の男に、額に大きな刀傷を持つ男。共にカタギの人間でない事は明白で、腰にはナイフをぶら下げている。どうやら大きな仕事を成功させてきた様子で、共に気分良く、下品な笑いを交わし合っていた。


「はっはっは……。……お?おお?」


「なんだ、どうしたんだ兄弟?」


「見ろよ、カウンター奥のヤツ。アレだよ、アレ」


 眼帯の男が指さしたのは……店の奥。バーカウンターの繋がった一番先にいる、一人の男だった。

 白銀の長髪は肩までかかり、長い前髪で眼ははっきりとは見えない。刃物のように尖った爪のある手は色白でどこか美しかった。店の中、しかも今は初夏だというのに分厚く黒いコートを身に纏う、いかにもな『怪しさ』を持つ男。

 そして、その男の最も特徴的な部分は――。


「……!角……。おいおい、ありゃあ……」


「魔族だ。ヒュー、珍しいなァ。俺は初めて見るぜェ」


 眼帯の男は、店の奥で静かに酒を呑んでいる男につかつかと近づいていった。

 木製のカウンターチェアに座り、ちびちびとカクテルを呑む男の頭には……褐色の『角』が二本存在した。髪を掻き分けて曲がり、天に向けて伸びる二本のその角は山羊のそれのような大きさを持っている。その下にある耳も人間のものとは違い、耳輪が尖り大きなものであった。それはまさしく―― 魔族である証明である。


 魔族の男は、自分に近づいてきた眼帯の男の方を無視するように酒を口に運んでいる。


「兄ちゃん、魔族だよなぁ。珍しいな、この酒場に魔族がいるなんてよ」


「…………」


「なんか悪さでもしてきたのかよ。随分辛気くさく呑んでるじゃねェか、ええ?」


「…………」


「なぁ、俺とお話してくれよォ。俺は魔族ちゃんとお友達になりたいんだよ、なあ」


しつこく絡んでくる男の存在を、まるで気付いていないように魔族の男は無視し続けた。その態度に苛ついてか、眼帯の男はどんどんと距離を詰め、バーカウンターに肘をつけて魔族の男の顔を覗き込むようにしてくる。

血のように紅く、尖った眼がぎろり、と男の顔を睨んだ。


「な、なあ。やめろよ兄弟。魔族ってのは――」


「なあにビビってんだよ。魔族ってのは……人間サマと戦争して、負けた種族なんだからよ。はははは、俺たちが怯えてどうするんだってんだ、なあ?」


 止めようとする刀傷の男の手を、眼帯の男は振りほどいた。

 そしてその言葉に魔族の男の耳がピクリ、と動く。


「アタマの悪い俺でもそれくらいの歴史は知ってンだぜ。魔族ってのは、魔力こそ高くて強い生き物だが……生憎、俺たちのご先祖に戦争で負けてるんだ。数こそ少ないものの、今は人間と一緒に暮らしちゃいる。だけどよ……そういう歴史も知っておかねぇと、なあ?兄ちゃん」


「…………」


「……おいおい。俺は魔族と仲良くしようと思って、兄ちゃんに話しかけてるんだぜ?心優しい人間様が、負け犬の魔族サマに、よお」


「…………」


「……いい加減優しい俺様でもキレるぜ。おい、魔族のクソガキ。こっちくらい見たらどうなんだ、ええ!?」


 魔族の態度に、眼帯の男の苛立ちも抑えきれなくなったようだった。

 そして男は、無理矢理魔族の男の顔を自分に振り向かせようと……。


 その角の片方を、手で鷲掴みにした。


「……貴様」


「お?」


 瞬間。

 魔族の男は、眼帯の男の方を振り向く。無理矢理振り向かせたわけではなく……自分から、そうしたのだ。

 その表情は…… 怒りに、満ちあふれていた。


「……下劣な……」


「あ?」


「下劣な人間風情が、俺の高貴なる角に、触れたな……」


「あ、え……?い、いだ、いだだだだッ……!!」


 気付けば、角に触れているその手を、魔族の男はつかみ返していた。

 筋肉にめり込み、骨まで届くような握力。ギシギシ、と音のするような握りつぶしに、眼帯の男は苦悶の声をあげている。

 その手はきっと、男を逃がさないようにするための動き。


 そして――。

 魔族の男の、空いている右の掌が…… ぼう、と僅かに光り、輝いた。


――


「……ったく!!こんな時間に喧嘩騒ぎなんて、ふざけんじゃないわよ!!」


「リーシャ様、現場はその角を曲がったところです!」


「はいはい、裏路地の酒場でしょ!?ったく……どうせチンピラ同士の単なる小競り合いなんだから……ッ!!」


 馬を走らせる、女騎士が二人。

 リーシャ・アーレイン、マグナ・マシュハートの二名は城下町からの緊急連絡により出動した。通報であればガアの鳥車ではなく、狭い道も通れる馬を活用するため騎士団員には乗馬の技術も必要とされる。

 城から僅か数十分で現場付近に到着をしたリーシャとマグナは、馬を少し遠い場所に止めて通報のあった酒場へと走って行った。

 内容は、喧嘩騒動。数名の男が酒場の外で乱闘をし、手がつけられない状態にあるという事で王国騎士団へ騒動の鎮圧が要請された。元からこのような騒ぎの多い場所である事から、騎士団員は酒場の場所も行き方も把握されているような、そんな場所である。何度も犯罪検挙や取り締まりを行ってきた場所である事から夜勤のリーシャもマグナも『またか』という思いを持って、深夜の出動をしたのであった。


 だが、今日の騒ぎの様子は…… 少し、普段とは毛色の違うものとして、二人の目には映った。


「……!!」


「……なに、これ……」


 狭い裏路地を駆け抜けて、酒場の建物へと到着した二人。

 その目に飛び込んできたのは…… 数人の男達が地面に這いつくばり、横たわる姿。

 そして…… その倒れた人間達の中央に佇む、頭に角の生えた人影だった。


「……王国騎士団か。お早い到着だな」


「……アンタ、魔族ね。どういう事態なのか説明してもらおうかしら」


 その角を見て、リーシャは一瞬で判断をして、声を掛けた。事態は飲み込めていないが……ただ事でないのは間違いない。腰の鞘からサーベルを抜き、構えをとって魔族の男と距離をとる。マグナもそれを見て、背中の大剣を中段に構える。


 魔族の男は、肩を揺らして笑いながら……ゆっくりと、リーシャとマグナの方を向いた。


「……生憎、今日の俺は機嫌が悪い……。王国騎士団などに悠長に説明をするような気分ではないんだ……。立ち去れ」


「そういうワケにはいかないのよ。場合によっちゃ、アンタを城まで連行しなきゃいけないんだから」


「案ずるな。倒れているチンピラ共は、殺しちゃあいない」


「殺していなければ犯罪にならないワケじゃないのよ。さ、大人しく来なさい。抵抗しなければ悪いようにはしないわ」


 リーシャは、魔族の男の態度にも屈せず、剣を構え、退きはしない。その態度にも魔族は余裕で笑い続け、応答を繰り返していた。


「……悪いな。俺に、貴様ら騎士団に構っている暇など、ないのだ」


「そ、そういうワケにはいきません!さあ、こちらに来て手錠を……」


「……愚劣な。人間共のルールなど、知った事ではない。……もしも俺を捕らえたいというのならば……腕尽くでやってみせよ」


 魔族の男は、両手を広げる。

 右の拳が、左の拳が、まるでランタンの灯火のように薄らと光り始めた。


 それは―― 魔力を拳に宿した事による光である事を、騎士二人は悟る。


 そして男は、高らかに宣言するように大声で言い放った。


「この高潔なる魔族…… ランディル・バロウリーに勝てるのであればなァッ!!」

――



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