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(5)

――


 マリルから出された、次の選択肢。

 それは『肉の脂』『肉の味』『全て』のどれを味わうかという質問であった。


「さっきマリルは『肉の部位』と『味付け』を選ぶと言ったな。それと関係があるという事か」


 メニュー表を見ながら、マリルの提示した選択肢の意味を確かめようとするルーティアに、マリルはうんうん、と頷いた。


「具体的に説明するわ。米……ライスと一緒に肉を楽しむというのであれば、次はどの肉を選んでいくかを決めていくの。一つずつ説明していくわね」


 マリルの指が、メニュー表の上をゆっくりと走っていった。


「『カルビ』。牛の肋骨付近の『バラ肉』よ。肉質はやや固めなのだけれど、脂身……『サシ』が入っているから、口に入れると柔らかく感じるの。舌にじゅわっ、と溢れるような旨みを感じるのが特徴ね。焼肉といえばカルビ!という層が多くいる程、人気の部位よ」


「あー、これね。……わ、ホントだ。赤身の中に白い筋がいっぱい……!これがサシね」


 リーシャは、マリルが指さす部位を関心するように眺める。


「『ロース』。肩から腰にかけての背肉の事よ。厳密には『肩ロース』『リブロース』『サーロイン』に分かれているのだけれど、総称してロースというメニュー表記になっている店も多くてココも例外ではないわね。背中の引き締まった肉の部分だから、噛み応えのある食感と肉肉しい味が特徴。カルビに比べると脂身はかなり少なくて、ヘルシーなのも良い所だわ」


「確かに、赤く輝くような肉質だな。これは……焼けばかなり美味そうだ」


 ルーティアはマリルの指先にあるロースの写真を見て口元を拭った。


「『ハラミ』。牛の横隔膜の肉よ。ほどよい脂と弾力がある肉質で、硬さと柔らかさも中間くらい。カルビに比べれば脂身は少なく、甘味も感じられる部位だわ。一見するとカルビやロースと同じ肉に見えるけれど、実は分類としては内臓なのよ。だから牛一頭から採れる量もそこまで多くないし、希少な部位と言えるかもね。牛ならではの味を楽しめると思うわ」


「「 ううーん…… 」」


そこまで聞いて、騎士二人は悩み苦しむ声が口から溢れる。

メニュー表にはその他にも『タン』『ハツ』『ミノ』『ハチノス』など聞いた事のない肉の部位の名称が並んでいる。その説明を全て聞いてどれを頼むか悩んでいる間にも、ルーティアの空腹は増していくばかりだ。


「な、なあマリル……。いっそそれらを全部頼む、というのは駄目なのか?もう私は腹が……」


 ルーティアのその言葉に、マリルの眼鏡がキラリと光った。


「ルーちゃんのお腹も限界のようね。その言葉を待っていたわ……あとはこのアタシに任せてもらっていいかしら?」


「え……。あ、是非お願いしたいのだが……」


 もはや何が何だか分からないルーティアは、その提案に頷く事しか出来なかった。

 マリルは素早く近くを歩いていた店員を手を上げて呼び止め、メニュー表を片手にはっきりした声で注文をした。


「この『ファミリー盛』を二つ。一つはタレで、一つは塩でお願いします。それから、シーザーサラダと塩トマト。大ライスを二つに……生ビール大を一つ!追加で注文するかもしれないからメニューはこのまま置いておいてください。ルーちゃんとリッちゃん、飲み物は?」


「い、いや、私は水で……」


「あー、じゃあわたしウーロン茶のアイス……」


 テキパキと注文をしていくマリルに圧倒されつつ、二人はその様子を見守る事しかできなかった。

 注文を繰り返して確認し、店員はにこやかに微笑むと一礼をして厨房の方へと歩いていった。その後で、ルーティアとリーシャはマリルの注文した『ファミリー盛』を確認すべく、メニュー表に顔を近づけた。


「カルビ、ロース、ハラミ……さっき説明していた部位の肉が全て一皿に入っている!」


「野菜も写真に載っているわね。これも一緒に鉄板で焼くってこと?」


 二人でメニュー表を左右で持ちながら顔を上げて質問するルーティアとリーシャに、マリルは親指を上に立てて応答した。


「イエース。通常が三~四人前なんだけど、ルーちゃんなら楽勝で食べられるでしょ。だからタレと塩のダブルで注文したのよ。ここの盛り合わせは全部国産のお肉を使っているからクオリティが高くてお得だからね。是非二つの味で堪能すべきだわ」


「タレ?塩?」


「基本的に焼肉屋では肉を頼む時、『タレ』か『塩』か選択するの。『タレ』は特製のソースを使って肉に既に味のついたものが提供されるから、頼んだものを焼いてそのまま食べられるの。お店の個性も出るのだけど、何よりご飯と絡めて食べるのが最高なのよね……!」


「おお、なんだか……聞いているだけで美味そうだ」


 ルーティアは、ソースのたっぷりかかった肉が焼けていく様を妄想した。


「一方の『塩』は名前の通り、塩でのみ味付けをして提供されるスタイルよ。肉の味を楽しみたい人にオススメで、これも店によって特徴があったりするわ。レモン汁と一緒に食べる事や、岩塩やこだわりの塩を使っているお店も珍しくないわね。そしてなにより……」


「ビールと合う、でしょ」


「あはははー。アタシは両方イケるんだけど、やっぱ一口目は塩と生ビールでいきたいのよねー」


 リーシャに見透かされたマリルは、照れ隠しに笑った。


「……とにかく、後は注文したものがくるのを待つのみよ。店員さんが鉄板に火をつけていってくれたし……あとは肉がきて、焼く。そして頬張る。……至福の時間はすぐそこだわ」


「ううう……。ここから更に肉を焼く時間も待たないといけないわけか……」


 ルーティアの腹がぐうう、と悲鳴をあげている。しかしマリルはチッチッ、と指を横に振った。


「焼肉の味わいの一つ……。それは『耐えて、耐えて、そして喰らう』事よ。ライスかお酒かで悩み、肉の部位で悩み、ようやく注文をして更に肉が焼けるまで耐える……。その時に爆発する圧倒的な食欲と開放感は他の飲食店ではまず味わえない体験なの……。耐えて、ルーちゃん」


「……なんか修行みたいな事してるわね、ご飯食べにきてるだけなのに」


 テーブルに突っ伏して空腹に耐えるルーティアを、なんだか可哀想に思ってきたリーシャであった。


――


 そして、数分後――。

 テーブルの上には、黒い大皿が、二つ。

 同じ肉が同じ量並んでいるが、片方の肉には茶褐色のタレがかかっており、香ばしい香りを漂わせていた。一方は赤く照明に照らされる美しい肉ではあるが、薄くかかった雪のような塩がその美しさを際立たせていた。


 ゴクリ。

 三人は、それらを見比べながら、高まった食欲を抑えきれずにいる。


「それじゃあ……いいわね。自分の食べたいお肉を鉄板の上に乗せて、焼けたら食べましょう。生のお肉を掴む時は必ずトングを使って、食べるお箸で間違って掴まないように。いいわね、ルーちゃん、リッちゃん」


 こく、こく。

 もはや返事をする事すらままならず頷くだけのルーティアは、トングを使って自分が食べたい……『カルビ』を三枚ほど鉄板に乗せる。マリルはロースを、リーシャはハラミをそれぞれ円形の鉄板に自分のスペースを作り、数枚乗せていった。


 炎が、肉を炙る。

 赤い肉が激しい音を立てて脂を跳ねさせて焼けていく様。そして立ちこめる煙と香り。トングでひっくり返せば、こんがりと焼けた肉と程よい焦げ。それを口に放り込みたい欲求をぐっ、と我慢して……。

 ルーティアは、三枚のタレカルビが焼けていく様をジッ、と見つめる。


 マリルとリーシャの肉も焼け…… いよいよ、宴が始まる。


「それじゃあ…… 始めるわよっ! かんぱーいっ!!」


「「 かんぱーーーい!!」


 生ビールと、ウーロン茶と、水のグラスが重なり、音を鳴らす。


 いよいよ、血肉の晩餐が開始された。


――



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