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――


長い人生の中で、誰しもが経験のあるであろう体験。


『何をやっても上手くいかない日』


偶然に偶然が重なりあい、予期せぬ出来事が連続する運が悪いとしか言いようのない一日。占い師にみてもらえるのならば、間違いなく『大凶』という一日。


それがまさに今日。ルーティア・フォエルに降りかかろうとしていた。


――


「……ふむ、こんなところかな」


 目の前には、緑豊かな草原と山々が広がる。

 オキト国内でもこの土地は農林業が盛んな地域で、都心部に向けての農作物の出荷などの拠点となっている場所であった。ルーティアを含めた数人の騎士団員の今日の仕事は、その土地に出向いての依頼任務であった。


「ルーティアさーんっ。こちらも調査完了しましたー!」


 草原の向こうから、元気な声をあげて手を振って駆けてくる女子が一人。

 騎士団のホープ、マグナ・マシュハートは、少し息を切らしながらルーティアの目の前に立ち止まる。


「ちょうどこちらも終わったところだ。そっちはどうだった?マグナ」


「数匹の魔物や魔獣と遭遇しましたが、特に問題ありませんでした。掃討して、魔術団からもらった魔法柵も設置完了しています!」


「うむ。こちらも、あらかた駆除が出来たのでこれから設置にかかるところだ」


 ルーティアとマグナの背後には、広大な畑が広がっている。

 ナスに、キュウリに、トウモロコシ。夏が旬の野菜が太陽の光を浴びて、見事に実っていた。


 今回の騎士団への依頼は、この地域の農家数軒からの魔物・魔獣の討伐であった。

 オキト国内でも屈指の大きな圃場を持つこの大農園では、数十人の農家が集まって同じ畑の中で作物を栽培している。

 しかし最近になり、魔物や魔獣に作物を食い荒らされるという食害が発生し始めていた。

 大草原や山に面した畑であるので、魔物・魔獣の侵入も容易な地域。近隣に生息する魔物達にその存在を感づかれてしまったようで、ネズミ型やイノシシ型の魔物の出現が後を絶たなかった。

 派遣されたオキト騎士団で、まず畑周りの魔物を駆除。次いで、畑の中の安全を確認したところで、魔術団から預かった『魔法柵』を設置していく。

 拳ほどの、平たい箱のような小さなその魔法アイテムは、およそ五メートル間隔で設置をしていくとその間に触れた物に対して電気系の魔法を浴びせるというトラップが仕込んである。魔石にたっぷりと魔力が注がれたこのアイテムの持続時間は、およそ一ヶ月。一瞬浴びせられる電撃で、並の魔物ならまず驚いて逃げ帰ってしまうという代物だ。

 ルーティア達数名の騎士団員は手早くこの作業を行い、ものの数時間で魔物の駆除と魔法柵の設置を完了させた。

 梅雨明けの暑い日差しの中、長時間の作業は遠慮願いたい騎士団であったが、ルーティアやマグナといった実力者の加わった仕事は、あっという間に片がついた。


「……む、そろそろ昼か。道理で腹の虫が鳴るわけだな」


「あはは。確かに、お腹すきましたね」


「ああ。……よし、それじゃあ全員集合!この後の仕事を割り振るぞ」


 今回の作戦は、ルーティアが指揮をとっている。

 マグナ達数名の騎士団員は、リーダーであるルーティアの元へ手早く集合し、次の作戦支持を待った。


「マグナ達は、近隣農家への作業完了を分担して行ってくれ。何人かは、魔法柵設置の最終チェックを行う事。誤って触れないように立て札の設置も忘れるな。いいな」


「「「 はいっ! 」」」


「割り振りはそっちで自由にやってくれ。その後は……騎士団長から、昼食代を預かっている。この辺りで各自自由に食事をとって、解散だ。少し早いが、今日の仕事はこれで切り上げてくれて構わないぞ」


 騎士団員達から、歓声にも似た喜びの声があがる。昼飯代も浮いてこれで仕事は終わり。団員達にとっては、ラッキーな一日となったであろう。


「あの、ルーティアさんはどうするんですか?」


「ん?私は、城に一足先に戻っておく。団長に報告をしなければいけないし、報告書も今日中に仕上げなければな」


「で、でもお昼くらい食べていかれた方が……」


 リーダーという役目であるルーティアが損な役回りとなるのが気がかりなマグナ。しかしルーティアはマグナに近づいて、気にするな、と肩を軽く叩いた。


「とりあえず団長への報告が済んだら、食堂で昼食をとってのんびりと報告書を仕上げておくよ。心配をかけてすまないな、マグナ」


「……。せっかくの外食のチャンスなのに、もったいないですよー……。なんだかルーティアさんに申し訳なくて、ボク……」


「気持ちだけ受け取っておく。どうせこういう予定になるとは思っていたし、覚悟はしていたさ。なあに、昼食が一時間遅れるくらいだ、なんてことはない」


「……すいません」


「謝る必要はない。それじゃ、マグナ、後の事はよろしく頼んだぞ」


 そう言って、ルーティアは畑の隅で待機をしていた小型の鳥車に乗り込む。

 時刻は十二時ぴったり。オキト城まで三十分、報告が終わればルーティアの言うとおり、一時には昼食にありつけるであろう。


 しかし、朝からの外での作業に、ガアの手綱を持つルーティアの腹が、小さく『ぐう』と鳴いた。


「……しかし、腹が減ったな……」


 昼は、何がいいだろうな。

 そんな事を考えながら、ルーティアはガアを走らせた。


――


「……む、あれは……」


 のどかな田園風景が続いていた道も、オキトの都心部へと差し掛かってきたところ。川を隔てればもうオキト城まであと二十分というその場所にかかる橋が…… なんと、見事に壊れていたのだ。


「よし、止まれ……。……一体どうしたんだ、これは」


 橋の長さは三十メートルほどとそこまで長い橋でもなかった筈で、朝方に騎士団が通りかかった時には全員が無事に渡れた木製の橋だ。しかしその中央部分の床が、まるで落雷に打たれたかのように綺麗さっぱりなくなっている。ガアはおろか、ルーティアがジャンプをしても渡れないほどの深い溝が出来ていた。


 ルーティアはガアをゆっくり止めて、鳥車から降りる。

 橋の入り口には、ヘルメットを被った作業員の男性が二名、図面を見て修理計画を立てている様子だ。ルーティアの姿を視認すると、一人がぺこりと頭を下げた。


「すいません。騎士団のルーティア様ですよね。いやー……運が悪いですよ」


「え」


「つい先ほど、この橋を大きなイノシシ型の魔獣が通りましてね。元々古い橋で建て替えの予定が来週に組まれていたんですが……中央部分が、大きな魔獣が通ったせいで壊れてしまったんです」


「つ、つい先ほどって」


「一時間ほど前に。かなり大きな魔獣で、一トン以上あったようです。ここの川は深いですが、流れはゆっくりで……器用に泳いで陸地について、山の方へ逃げていったようです」


 魔獣の安否はさておいて、困った事になった。

 この場所は四方を山地に囲まれていて、この橋に続くのは一本道に近い。左右は草むらと森林、そして山が広がっており、別の橋を通ろうにも今来た道を戻って別のルートを進む必要がある。ルーティアの記憶が正しければ、迂回をするだけで一時間以上はかかる事になる。


「修理は時間がかかりそうか?」


「ええ、残念ながら……。これだけ大きく壊れちまうと、向こう岸の作業員とも連携をとらなければですから。仮設の足場を作ろうにも、今は対岸の作業員の到着待ちです。数時間はかかるかと……」


「す、数時間……」


ルーティアの腹がぐう、と鳴る。あそこでマグナ達と昼食をとっておけば良かった、という後悔の空腹サインであった。


「……迂回するしか、ないか」


「お急ぎですか?ルーティア様。申し訳ありません」


「いや、仕方のない事だし、君が謝る必要もない。迂回路への道を教えてくれるか」


「分かりました。こちらの地図をお使いください」


 作業員から手渡された地図を持ち、ルーティアは急ぎ足で鳥車へ戻る。

 今から戻ってマグナ達と合流をするのも手だが、騎士団への報告はいち早く行わなければならない。

 橋の倒壊を他の騎士団員にも伝えたいところであったが、あいにく今日は現地解散。散り散りになってしまったメンバーを探して伝える事は不可能だし、今はオキト城へ戻る事を優先するしかなかった。


「もう少ししたら何人か同じ騎士団員も到着するはずだ。タイミングが合えば修理の手伝いもしてくれるだろう」


「助かります。今はとにかく資材と対岸の人員待ちで手出しが出来ませんので……。ルーティア様、お気をつけて」


 修理を手伝う事も出来ないルーティアは、とにかく早く迂回をしてオキト城へたどり着く必要があった。

 早く報告を。

 そして……早く昼食を。

 一時に城に到着するはずだった予定が、どんどんと遅れ出すのを実感して……もう一度、彼女の腹が鳴った。



 遠くなっていく鳥車を、作業員二人は眺めながら…… ひそひそと、話した。


「……ルーティア様、お腹鳴ってたよな」


「うん。稲光の騎士でも、腹は減るんだな」


 国の英雄として存在しているルーティアは、腹の虫一つでも驚かれるのであった。


――



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