(5)
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「くくく……。アタシの中で遊園地といえば、『コレ』よっ!」
マリルが指し示す、黒一色の壁の建物には『お化け屋敷』の文字が赤く書かれていた。
おどろおどろしい音楽と、時折聞こえる建物の中からの悲鳴。入り口のすぐ隣にある出口からは、安堵のため息を漏らしながら出てくる者や、泣き顔のまま出てくる子どもが見える。
「お化け、屋敷。見たところ、ここは乗り物がないようだが建物の中にあるのか?」
ルーティアの疑問に、マリルが楽しそうに答える。
「いや、ここはウォークスルー型のお化け屋敷みたいね。つまりは、自分の足で歩いていくって事。ライドマシンのあるタイプもあるんだけれど、やっぱり恐怖感を存分に味わうには自分の足で歩く事が一番よっ」
「ふむ、なるほど。……それで、お化け屋敷とは、なんなのだ?」
ガクッ、と一昔前のお笑いのようにずっこけそうになる身体をどうにか踏みとどまらせ、マリルは咳払いを一つして説明に入る。確かに今までの乗り物とは違い、中身の全く見えないこのアトラクションはルーティアにとっては未知の世界であろう。
「お化け屋敷。つまりこの建物の中は、幽霊やら怪物の住処となっていて、アタシ達はその中を恐怖に慄ながら進んでいくというワケよ!」
「何故だ?なんなら倒して進んでいく事が出来るのに。怪物の類いなんだろう?」
腰の鞘から刀身を抜き出そうとするルーティアを、マリルは慌てて止める。
「わーっ!ダメダメ!あくまでお化けや怪物は、いるっていう『フリ』なの!魔法駆動式のカラクリ装置とか、役者さんとかが幽霊を演じているだけなんだから」
「なんだ。幽霊型のモンスターがいるわけではないのか」
それならば、とルーティアは再び剣を鞘に戻した。
「しかし、『フリ』と分かっているのならば恐怖を感じるワケではあるまい。しかも恐怖を感じるからと言って、何が面白いのだ?」
「ふっふっふ。確かに理屈で言えばそうよ。この中に本物のお化けがいるわけない、そして怖いだけであるのなら面白いワケがない。……でもね、人間は時に、頭で理解している事でも処理できない事があるのよ」
「……??」
そうは言われても、ピンとこないルーティア。本物のお化けはおらず、恐怖を感じるかも定かではない。仮に恐怖を感じたとしても、それが面白いかどうかも分からない。しかしマリルは、ここに入りたくてたまらないようだ。
「とりあえずルーちゃん。間違ってもこの中では武器を抜かない事と、応戦態勢をとらないこと。つまり、何があったとしても『受け入れる』か『逃げる』しか出来ないんだからね。しかも、建物の中は駆け足禁止。危ないから、歩いて進んでいく事。いいわね?」
「……うーむ、分かった」
「ふふふ、どんな表情になるか楽しみだわ……。……ん?」
マリルが視線をお化け屋敷の方へ戻すと…… 何故かここに来てから今まで、一言も言葉を発していないリーシャが青白い顔で建物の方を眺めていた。
「……リッちゃん?」
「!! わ、わああっ!な、なによマリル!!」
「いや、普通に話しかけただけなんだけど……」
どうやら、先ほどまでのルーティアとマリルの会話には全く参加をしていなかったらしい。
「リッちゃんはどうする?お化け屋敷、入る?」
「え」
なにやら様子のおかしいリーシャに、マリルは聞いた。しかしリーシャは腕組みをしながら目を閉じて小馬鹿にしたような笑い顔を浮かべる。……うっすらと、冷や汗のようなものが顔に滲んでいるようにも見えるが。
「と、と、トーゼンじゃない!わたしも入るわよ!」
「いや、怖いなら別に無理しなくても……。アタシとルーちゃんだけで……」
「怖いわけないでしょ!?なんでわたしがお化け屋敷なんかに、び、ビビんなくちゃいけないのよっ!」
「や、まあ……。でも、ホントに無理は……」
「無理なんかしてないわよ!ほら!サッサと……いくわよ!!」
まるでロボットの動きのように、ギクシャクと入り口に向かっていくリーシャ。非常にゆっくりしたその足並みに、マリルとルーティアもついていく。
「リーシャ、一体どうしたんだ?」
ひそひそとマリルに話すルーティアに、マリルも小さく返した。
「……多分、リッちゃん……苦手なんだと思う」
「なら入らなければいいじゃないか……」
「弱みを見せたくないのよ。特にルーちゃんの前で」
「……大丈夫なのか」
「本人が行くって言っているんだからしょうがないじゃん……。とにかく、ついて行こう」
そんな二人のひそひそ話しも耳に入らないほど、リーシャの顔は強ばっていた。
――
プシューーーーッ!!
突然、三人の目の前から吹き出すガス装置の風。そして下から勢いよく、ワイヤーに吊られた骸骨が現れた!
「きゃあああああああっ!!!!」
確かに、ルーティアもマリルも、少し驚いた。
だがそれ以上にリーシャの悲鳴の方が大きく、驚くタイミングを失ったというのが正直なところだった。
しかもリーシャは驚きすぎて、なりふり構わずルーティアに抱きつき……しかもしくしくと泣き始める。
「う、うえええ……。び、びっぐりじだぁぁ……」
「や、やめておけば良かっただろう、まったく……」
「だってぇ……だって……」
なるべくお化け屋敷の中の景色を見ないように顔をルーティアの胸に伏せるリーシャ。そのままルーティアは、一緒にゆっくりと進んでいく。
恐怖をかき立てるような不気味で静かなBGM。そして突然現れる仕掛けの数々に、リーシャの精神はどんどんとすり減っていき、ついにプライドも壊れてルーティアに抱きついて泣き始めるところまできてしまった。
「まいったなぁ、非常口ないんだよねこのお化け屋敷……。結構進んじゃったし、もう戻るより進んだ方が……」
マリルも、流石にリーシャが可哀想になってきてどうにかしたいという様子だが……もうこうなっては、進むしか方法はない。
数mしかないであろうお化け屋敷内の道も、リーシャにとってはまるで数百mのように長く感じられる。
「!! あ、あ、あれぇ……っ!!」
目の前には、白いカーテンのような布が天井から幾重にも下げられている。それを掻い潜るように進んでいった先には……なにやら人の背中のような影がうっすらと見えていた。
驚かせるような仕掛けだけではなく、こういった先に見える恐怖を煽る、というのもお化け屋敷の手法の一つなのである。
その心理にリーシャは見事に入り、先に見える人影がどんな事を仕掛けてくるのか分からない恐怖に震え、思わずルーティアの腕をとって力強く握りしめる。
「うむ……。アレは、確かに怖いな」
「どんな動きしてくるか分からないからね……。でもあの横を通り抜けないと次の部屋に進めそうにないし……行くしかないね、こりゃあ」
ルーティアとマリルも、流石にゴクリと生唾を飲み込んだ。
「ルーティア、マリル……。アタシ、目つぶってるから……進んでぇぇ。お願いだからぁぁ……」
恐怖の限界値の近いリーシャは、もはやそうする事でしか先に進めなくなっているらしい。こうなってくると『可哀想』という感情しか湧いてこない二人は、とにかくリーシャを励ましながら進む事に手一杯になり、おかげで感じる恐怖も半減しているのだった。
「分かった分かった。しっかり掴んでいろよ。進むぞ」
「うん……ありがと……」
動物園などでも人格の変わるリーシャであったが、このお化け屋敷ではまた違った意味で性格が変わる。泣き顔で、ライバルであるルーティアの腕を必死に掴む彼女は、もはや妹や子どもというくらいに弱い存在にも思える。
そして。
先ほど見えていた白いカーテンの人影まで……あと布一枚。
プシューーーーッ!!
先ほどと同じようにガスが噴射され――。
「ケケケケケケ!!」
女性のカラクリ人形の血まみれの顔が、ぐるん、と半回転して血走った目をこちらに向ける。
その音に思わず目を開けてしまい、それを見てしまうリーシャ。
「ふぎええええええええええええええ!!!!」
もはやなんの声なのか分からない絶叫が、お化け屋敷内に響き渡った。
――
「…………」
放心状態のリーシャは、真っ白になりながら外のベンチに座り込んでいた。
そこへ、飲み物を買ってきたルーティアとマリルが戻ってくる。
「ほ、ほらリッちゃん……。冷たいお茶買ってきたから、少し飲んで落ち着いて。ね?」
「……う゛ん……」
光沢のない瞳をどこか遠い空の彼方に向けながら、リーシャはマリルから受け取ったお茶を口に入れる。
「……お前、グールやゾンビ属の魔物は平気で倒すじゃないか。なんでアレはダメなんだ?」
素朴な疑問をリーシャにぶつけるルーティア。するとリーシャは、少し怒ったような泣き顔になり、ルーティアを睨んだ。
「ああいうのは目に見えて動きがスローだからいいのよ……っ!お化けなんて今まで見た事もないし、倒せるかどうかなんて分からないし……っ!びっくりするの嫌いなんだもん……しょうがないでしょっ……わたしだって、わたしだってぇぇ……!!」
「あー、分かった分かった。悪かったって」
もはやメンツもプライドもないリーシャの姿に、ルーティアは謝る事しか出来ない。
「……つまり、自分がどうしても倒せないかも、って思うのが怖いワケね……」
その特殊な恐怖の感じ方に、まあリッちゃんならそうか、と妙な納得をするマリルであった。
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