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(4)


――


「「「 わー……! 」」」


 タイミングを合わせたように、三人は感嘆の声を漏らした。

 大きな観覧車は、その円の頂点へと差し掛かる。小さな窓から見える絶景。夏に向けて一面緑に栄える山々と、高原。その下には観光施設らしきホテルや建物が健在し、温泉らしき湯気の立ち上っている場所も遠くに見える。

 まるで、自分が鳥になり空から下界を見下ろす気分。それが観覧車の魅力だった。


「うむ、観覧車、とはよく言ったものだな。これはなかなかお目にかかれない光景だ」


 勿論、生まれて初めて乗る観覧車にルーティアは静かに感動する。オキト城の最上階から見る城下町の景色とは違い、ゆっくりと回る観覧車からは少しずつ景色が変わり、見方も変わってくる。チギート国の有する雄大な自然に、そこに共存するようにそびえる建造物達。そして、なにより……。


「わー、アレなんだろ!?ほらあれ、丸い塔の周りを、ブランコがたくさんグルグル回っているわ!わたし、最初アレにしよっかなあ……!」


 リーシャは遠くの景色より、遊園地の敷地内アトラクションの物色に忙しいようだ。

 観覧車に乗る事で、普段の視点で見る事の出来ない遊園地の全景を拝む事が出来る。遊園地というものを殆ど知らず、ましてこの遊園地に入って間もない騎士二人にとっては、先々のプランを考える上でも観覧車という乗り物は役に立っているようだった。


「ルーティア、最初に観覧車っていうのはいいチョイスだったかもね。あー、次わたしの番かー。なににしよっかなーホント……」


「とりあえず無難に一番目につくものにしてみたのだが、これは楽しめるな。違う国の景色をこんなに高所から見る事もなかなか機会がない事だ」


 じゃんけんの一番勝ちは、ルーティア。次いで、リーシャの順番となった。そして最後に、じゃんけんで負けたマリルなのだが――。


「マリル。アンタ、随分口数少ないけど、どうしたの?」


 リーシャが聞くと、マリルは窓の外の遠景を見つめる首を動かさずに言った。


「……リッちゃん、ルーちゃん……。お、お願いだから……あんまり、揺らさないで、ね……」


「え。どうしたの?」


「あの……アタシ、あんまり、高いところが……」


 マリルは、高所恐怖症であった。想像力豊かで、つい高いところから落ちる自分を想像したりしてしまうのが原因である。


「なんだ。それならば、外で待っていれば良かったのに」


「なんか最初に乗る乗り物だし、テンション上がってつい一緒に乗っちゃったんだよぉぉ……。高いところ苦手なのすっかり忘れてたぁぁ……」


「忘れるものなのか、普通……」


 遊園地に来た高揚感というのは、時に人を狂わせるのだなあ、とルーティアはなんとなく感じたのであった。


――


「さ、次はアタシの番ね!トップバッターは……コレよ!」


 リーシャが指を指した先には『ジェットコースター』の看板。赤く、長い線路がその入り口から天空へと伸び、どこまでも繋がっている。小型の客車は、その道を走るために乗員を待っている状態であった。


「ふむ、先ほど走っているところを見たが……どうやら高速で走る魔導列車のようなものだな。乗ってみるとしよう」


「よし、アタシとルーティアは乗車決定!今は他に乗る人もいないし……思い切って最前列で行こう!」


「うむ。……それで、マリルはどうする?」


 ルーティアは、一応マリルにも確認する。

 マリルは目を点にしながら、ヒラヒラと手を振った。


「あはははー……。ごめん」


「無理に乗車する事もなかろう」


「謝ることないじゃない。無理に乗れなんて強要してないんだからさ」


 『ノリが悪い』だの『空気を読め』だのと言う輩は存在しない。三人が気持ちよく日頃のストレスを発散するため、という認識を三人とも持っているため苦手なものにあえて参加させるような行為は決してしない。それは、今日一日の暗黙の了解であった。


「ううう、ありがとう二人とも……」


「それじゃ、行ってくるわねマリル。あー、楽しみ!本でしか読んだ事のない乗り物に乗れるなんて……!」


目を輝かせながら入場口の階段を上っていくリーシャの後を、ルーティアがついていく。


 マリルは、その二人の後ろ姿を、なんだか保護者のような気持ちで見つめていた。


――


 ピロリロリロリロ!


 発車を告げる警笛が鳴り、客車がガタン、と音を立てて走り出す。

 最前列のリーシャとルーティアは、肩にかけた大きな固定用装置の取っ手をぎゅ、と握った。


「わー……ワクワクするね……!」


「むう……。な、なんだ、この緊張感は……!」


 ルーティアは、かつてない緊張感を味わっていた。

 ゆっくりとスタートした列車は再びガタン、と揺れると、上空へと進んでいく。赤いレールが斜め上へと伸びていき、その先は二人の視線からは全く見えない。

 空が近づき、地が遠ざかる。ガタガタガタ、と奇妙な機械音と振動をしながら、客車はどんどん上へ上っていく。既に、入り口付近で待機をしているマリルの姿がマメのように小さくなっているのが見えた。


「さー、いよいよ落ちる時ね。ドキドキしてきたぁ……!」


 ついに、上昇したその先が見える。急なカーブで車体は180度曲がりながら急角度で落下をしていく。そういうコースになっているらしい。

 その感覚が未だ掴めないルーティアは、ぐっ、と身構える。

 ドラゴンやオークと対峙する時でも、こんなに歯を食い縛ったルーティアを見た者はいないだろう。


(き、期待と不安が胸の中で渦巻いている。高速で落下をするというのは分かるが、一体どういう感覚になるんだ……!?)


 そうこう考えている間に…… 客車は高速で旋回をし、急速度で落下を始める!


「きゃーーーーっ!!」


「うおお……っ!!」


 両手を広げて風と落下スピードを全身で感じるリーシャ。

 安全バーを握りしめて目を見開き、うめき声のような、おおよそ可愛くはない声をあげるルーティア。


 マシンが落下をするのはほんの2,3秒に過ぎないが、ルーティアにはそれが永遠に続く落下のように感じる。


(速い!い、息が止まる……!それに……なんだ、この身体がふわっ、となる感じは……!)


 急速な下降に、向かい風が強くなりぶつかってくる。次いで、身体が上空に向かっていくような浮遊感。高速で過ぎていく高原の景色に、けたたましい機械音。

 客車は下降の勢いを使い、そのまま再び上昇。急カーブと急下降、再度の上昇を高速で繰り返していき、最後には――。


「きゃー!!すごーい!!」


「こ、これは大丈夫なのか!?」


 このジェットコースターの売り。ラストに待ち構える、身体が90度傾くような超急カーブが待ち構えていた。

 遠心力が加わり、車体から投げ出されそうになるスリルがスピードに加わり、興奮度が一気にピークに差し掛かり――。


「「 うわーーーっ!! 」」


 リーシャは、笑顔。ルーティアは呆然とした顔で、急カーブを終え…… 再び乗車口まで車体は戻ってくるのだった。


――


「はあ、はあ、はあ」


「あー、たのしかったー!まだジェットコースター、色々な種類があるみたいだし次も乗ろっと!!」


「はあ、はあ、はあ」


「……あ、ルーティア、大丈夫?怖かった?」


「はあ、はあ、はあ」


「つ、次はわたし一人で乗るからね。アンタは無理しないで――」


スピードとスリルを満喫したリーシャと、それを受け止めきれないルーティア。

 同じ初めての体験だったにしろ、感想の違いはあるようだ。膝に手をつき、肩で息をするルーティアの顔を、リーシャが心配そうに覗き込む。

 すると――。


「うむ、もう一回乗ろう」


「え」


 『怖い』と『楽しい』の感情は、どうやら紙一重で繋がっているようだった。


――



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