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(3)

――


「このたびは、なんとお礼を申し上げてよいか……。本当に感謝致します、オキトの国の方々」


 積もった雪に負けないほど白く立派な眉毛と髭の村長は、深々と頭を下げた。


 ガナーノ国の山間部に位置するこの村は、6月になるこの時期でも雪が残っているという特異的な場所だ。

 その寒さを利用し、オキトなどでは栽培できない高冷地の野菜や山菜を生産するのがこの村の特徴だったのだが……。

 近年発生した氷龍の出現により、山周辺の気温が急低下。降雪と、太陽を覆う曇天により畑が使用できなくなり、村の存亡に関わる危機に陥っていたのだった。


 ガナーノ国からの要望により、オキトの騎士団・魔術団選抜メンバーによる氷龍の討伐任務。

 特にルーティア・フォエルの手腕は大陸全土の王国に広まるほど有名になっており、今回の依頼も彼女の腕を買われてのものだった。


「いえ。ガナーノ国の野菜や果物は、オキトの民の食の基盤となっておりますので……今回協力が出来た事はこちらにも幸いです。依頼をしてくださり、有り難うございます」


 ルーティアが頭を下げ、周りの団員達も村長達、村人に向けて一礼する。


「いやいや、そんな。命を顧みず伝説の氷龍の討伐にあたっていただいたオキトの方々には、感謝してもしきれませぬ。おかげでこの村もしばらく安泰ですじゃ」


 そう言いながら、村長は懐から小包を取り出し、ルーティアの方へ杖をつきながら歩み出た。


「これは、今回の謝礼ですじゃ。オキトの国王にもくれぐれも感謝を……」


 しかしルーティアは、村長の差し出した謝礼を受け取らず、優しく掌で返すようにする。


「今回の任務はオキト国とガナーノ国の友好のため、無償で行うようにと指示を受けております。どうか、その謝礼は村のためにお使いください」


「そんな……。せ、せめて団員の方々で分け合っていただけるように……」


「いえ。そんな事をすれば、国王に我々が処罰されてしまいます。今後とも変わらず、オキトに美味しい野菜と果物を輸出していただければ十分です」


「ルーティア様……。本当に、ありがとうございました……」


 村長の戸惑う表情を笑みで返し、団員達は次々と待機していた鳥車に乗り込む。

 踵を返し、ガアの方へ歩いて行こうとするルーティアの服の裾を、子どもが引っ張った。


 見れば、村の小さな女の子が、手に干し柿の入った袋を持っていた。


「あのね、これ、おいしいからみんなで食べてほしいの」


 どうやら、女の子の家族が作っているこの村の特産品らしい。

 少女の後ろには、申し訳なさそうに手を前で組む農家の夫婦がいた。


 屈託のない少女の様子に、ルーティアは穏やかに笑った。


「ありがとう。みんなで美味しく食べさせてもらうよ」


 ルーティアは屈んで、少女と目線を合わせてそれを受け取り…… その干し柿の入った袋を掲げながら、オキトの団員達に叫んだ。


「みんなーっ! 最高の報酬が手に入ったぞ!食べながら、オキトに戻ろう!!」



「「「 おおおーーーっ!! 」」」


 マリル達、オキトの団員達は鳥車の入り口から顔を出し、次いで右拳を掲げ、喜びの声を上げるのだった。



――



「さむ……」


 オキト城までは、ガアで5時間ほど走って到着をした。


 謁見の間にて今回の討伐達成の報告を国王にすると、国王からは労いの言葉と特別報酬の金一封が全員に贈られる。

 その場で、選抜メンバーは解散。騎士団員も、魔術団員もそれぞれの詰め所へと戻っていく。


 団員達が全員、謁見の間から出て行くのを見送る、国王とルーティア、マリル。

 最後の一人が出て行きドアが閉められると、ルーティアは身震いをした。


「あはは、さすがのルーちゃんも寒かったねー、今回は」


 最前線で氷龍と戦ったルーティア。

 外傷はなくとも、あれだけの冷気を身にまとった相手との戦いで身体が芯から冷え切ったようだった。

 ガナーノ国からの帰路では団員達の手前もあり気付かなかったが、こうして城に帰ってきて安心すると寒気が襲ってくる。


「だ、大丈夫?ルーティア。風邪引いちゃった?」


 オキト国王は、相変わらず父親のようにルーティアを心配する。

 6月だというのにブランケットを羽織る女騎士の姿は、あの一瞬でドラゴンを倒した時の凜々しい姿とは対照的な様子だった。


「いえ、風邪というワケではないのですが……こう、身体が冷えているというか。ご心配をおかけして申し訳ありません、国王」


「オキトも梅雨に差し掛かって、ちょっと寒くなってきたからね。なかなか身体も温まらないでしょ……今回もお疲れ様、ルーティア」


 オキト城の窓からは、曇空からシトシトと小雨が降る様子が見える。

 五月まで暖かかった気候も、梅雨時期には春先に戻ったかのようにほんのりと寒く変わってくる大陸の気候。衣替えをして、長袖のジャージをしまい込んでしまった事を後悔する騎士団のエースであった。


 氷龍を討伐。山の農村を旅立ったのは午前の十一時の事で、現在……オキト城の時計は、十六時半を示している。

 出張をして帰還した団員達には休暇が与えられ、今日の任務は終了。明日一日は休日となっていた。


「……ドラゴンの湯でも行ってこようかな」


「あー、いいんじゃないかな。冷えた身体を温めるのには、温泉がいいね。いっておいで、ルーティア。マリルも連れ添える?」


 ドラゴンの湯。

 ルーティアとマリルが初めて出会い、そして初めて『休日』を過ごした場所であった。あそこの温泉であれば、氷山で冷え切った身体も芯から温められるであろうと考える、ルーティア。

 その時の彼女から考えれば、自分から「温泉に行こう」などと言い出すようになるなど、考えられなかった。オキト国王は、ルーティアが自分の身体を気遣えるようになった事に少し感動しつつ、マリルの方を見た。


 しかし、マリルは何かを企んでいるように…… にやり、と笑って首を横に振った。


「……国王。それならばいっその事、あそこ(・・・)へルーちゃんを連れていくのは、如何でしょうか?」


「……あそこ?あそこ、って一体……」


 国王が怪訝な顔をして、マリルを見つめた。しかしマリルは、自信ありげに続ける。


「冷え切ったルーちゃんの身体。夕方のこの時間の業務終了。そして、明日は休み……あの場所へルーちゃんを案内するには、いいタイミングかと思います。国王、許可をお願いします」


 そして、マリルのその言葉に国王はハッ、と気付いた。


「ま……マリル、まさか……あの場所へ、ルーティアを!?ま、まだ早いんじゃあ……!」


「いえ、ルーちゃんはフォッカウィドーの温泉も経験し、驚くべきスピードで休日の満喫方法を取得してきております。あの場所へ行くには、頃合いかと」


「でもあの場所は……果たしてルーティアの身体に合うかどうか……!」


「いえ、ルーちゃんならきっと大丈夫です。きっと、最高の休息を得られるかと思います」


 なんだか盛り上がる国王とマリルに、恐る恐る手を上げて質問するルーティア。


「……あの。二人とも、一体なんの話を?」



 そして、マリルが答える。


「……ルーちゃんを、案内する時が来たという事さ。ドラゴンの湯の……『二階』へ……!!」


「……!?」


 その言葉に、ルーティアは一歩身を引いた。


 ドラゴンの湯。一人でも何度か訪れたスーパー銭湯であったが……未だにルーティアは、あの温泉施設の二階に何が存在しているのかは、知らなかった。

 階段には何やら書いてある立て札が置いてあったが、彼女自身も温泉目的で来ているので二階へ行こうとする興味すら沸いておらず、そこに何が書いてあるのかは見た事がなかった。

 まるで、封印されたようなその場所に…… 今回、マリルとルーティアは足を踏み入れようというのだ。


「マリル……ドラゴンの湯の二階には、一体何があるのだ……!?」


 ついに、その謎を解き明かす時がきたようだ。


 そしてマリルは、城の天井を指さして―― 告げる。



「行くわよ、ルーちゃん! 『岩盤浴』 へ!!」



――



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