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雨の夜に

――


「…………」


 雨音が、城内に響いていた。


 眠っていた筈の意識が現実世界に戻され、ぼんやりとした視界がその景色を映し出す。時計は日付をちょうど変えたところ。オキト城内に泊まり込みをしている者達も殆どが眠りについている頃で、今起きているのは見回りと門番の兵士くらいであろう。


 雨粒が張り付いては流れていく窓を、ルーティアはぼんやりと見つめていた。


 眠りにつこうと思えばつけるのだろう。だが、なんだかそれが勿体ないような気がした。

 決して、夜の雨が五月蠅くて起きたわけではない。その音を心地よく思ったからこうしてベッドから起き上がり、廊下に出てきて窓の外を眺めていたのだ。


 春が終わり、梅雨が訪れる。

 城外の闇の中では、大粒の雨が地面に降り注いでいるのだろう。見えずとも、それが音として聞こえてくる。

 松明の灯りが暗い廊下を幻想的に照らし、揺らめく。いつもいるオキトの城の中が、なんだか先ほどまで居た夢の世界と同じようにも感じる。

 そんな心地よい夜だった。


「……ルーティア?」


 窓の外を未だ見つめているルーティアに、声が掛かった。

 この時間に誰かから呼ばれると思っていなかった彼女は少し驚いて、声がした方向を振り向いた。

 そこには、同じ騎士団のリーシャが少し心配そうな顔をしてこちらを見ているのだった。


「……なんだ、リーシャか」


「なんだ、ってこっちの台詞よ。こんな時間に廊下に立ち尽くしてないでよ……!お化けかと思ったじゃない……」


 ふう、と安心した様子のため息をついて、リーシャはつかつかとリーシャの方へ歩いて行く。

 薄いピンクでダボダボと緩いボーダー柄のパジャマを着たリーシャ。どうやら彼女の寝間着らしい。寝るときまでジャージのルーティアとは違い、こういう時にまで洒落ているのだな、と、なんとなくルーティアは感心した。


「それで、どうしたのよ。何か考え事?」


「いや。なんとなく起きてしまってな。部屋の外を散歩していたところだ」


「あー、雨降ってきたからね。わたしも、うるさくて起きちゃったんだよねー」


「リーシャもか。……まあ、嫌いではないのだがな」


「雨の音?」


「ああ。リーシャは嫌いか?」


「んー……。いつもならこんな時間にたたき起こしてフザけんな、って思うけど……今日は、いいかな」


「……ああ、言いたいことは分かるぞ。今日は、確かに許せるな」


「あ、ルーティアも?へへ、考えてる事は同じだね」


 にひひ、と悪戯っぽく笑うリーシャと、それを察し、呼応するように笑うルーティア。


 そして二人は、示し合わせたように、同じ言葉を口にした。


「「 だって明日、休日だし 」」


――



 住み込みの騎士団員達の部屋が続く廊下。

 その一角に、簡素なベンチとテーブルが置いてある休憩スペースがある。

 普段は昼食をとる団員やテーブルに突っ伏して仮眠をとる兵士など、様々な用途で使われているスペースである。

 すぐ傍には給湯室もあり、魔法石ですぐに沸かせるケトルが置いてある。

 リーシャはそこで二人分のカップを用意して、今し方沸かした熱々のお湯を注ぐ。ティーバッグに入れた紅茶の紐をちょいちょい、と引くと濃く薄紅の色と優しい香りがすぐに立ちこめた。

 それをテーブルに置き、ルーティアの隣のベンチにリーシャも腰掛けた。


「すまないな、紅茶いれてもらって」


「ま、一人でぼんやり飲むのも悪くないけど。見かけておいてサヨナラするのもなんか嫌でしょ」


「うむ。紅茶とはいいアイデアだな。心が落ち着く」


「まあ、普通はダメなんだけどね。カフェイン入ってるらしいから、紅茶って」


「そうなのか?」


「うん。だからコレ、カフェインレスのやつなんだけどね。眠れないからってテキトーな紅茶を飲むのはダメよ、覚えておきなさい」


「うむ、覚えておこう」


 二人は紅茶が少し冷めるのを待って、ゆっくりと口に注いだ。

 暖かく、香り高い紅茶がゆっくりと口から鼻に匂いを伝えていく。芳醇な味と心地よい渋味がブレンドされ、舌に伝わる。そしてその温度は雨の少し肌寒い夜に冷えた身体をじんわりと温めてくれた。リーシャは満足そうに目を瞑って呟く。


「んー、美味しい。夜更かしして紅茶飲むなんて、なんか贅沢―」


「うーむ、私はやっぱり砂糖を入れないと駄目だな」


「相変わらず甘党ねー。わたしはこのままの味を楽しむわ」


「なんだか、大人だなリーシャ」


 年上のはずのルーティアは、何故かリーシャを尊敬した。



 金曜日の、雨の夜。

 ざあざあと降り続ける雨の音。

 二人は窓の外を見つめながら、「なんとなく」の話を続けた。

 穏やかな眠気と、明日が休みという安心感。その心地よさが二人の会話を潤滑油のように滑らかにしていくのだった。


「リーシャは……未だに私と勝負をしたいと思っているのか?」


「当たり前でしょ。この前は引き分けだったし、魔装石なんて邪魔なモノつけての試合だったしね」


「ふむ、まあな。しかし私に勝ったところでどうなるわけでもあるまい。何故そうこだわるのだ?」


「別にアンタに勝ってどうこうなるなんて期待はしていないわよ。ただ……実験をしたいの」


「実験?」


「わたしがどれだけ強くなったかの、実験。アンタと勝負するのが、わたしの実力を測るのにピッタリなの。他の騎士団員でわたしに適うヤツなんていないし」


「えー。それだけなのか」


「なによその心底メンドくさそうな顔は」


 ルーティアは口をへの字に曲げ、眉毛をハの字にしたなんともいえない表情をしている。


「……強く、なりたいのよ。なにがあっても、どんなことがあっても……大切なものを守れるように」


「……家族か?」


「うん。でも、それだけじゃないわ。城下町の人たち、動物園の動物、城の人たち、騎士団や魔術団の仲間……。ぜんぶぜんぶ、守れるくらい強くなりたいの」


「……いい心がけだな」


「……。逆に質問するわよ。なんでルーティア(アンタ)は、強く在りたいの?」


 不意の質問に、ルーティアは少し驚いた。

 強くなりたい(・・・・)ではなく、強く在りたい(・・・・)というのは……きっと、リーシャがそれだけルーティアの実力を認めての言葉なのだろう。

 その言葉の真意には気付かないまま、ルーティアは窓の外を見続けながら微笑んで解答する。


「同じだ。全部、守りたいからだ」


「……ルーティア。アンタ……その、孤児……なのよね。お父さんも、お母さんも、いない……」


 聞きづらそうに質問するリーシャの方を、ルーティアは安心させるように見つめた。


「気遣わなくていいぞ。別に私は、気にしていない」


「……なんで、強くなろうと思ったの?」


「……初めは、私を拾ってくれた国王への恩義かな。でも今は……少し違うかもしれない」


「少し、違う?」


「……いいや、同じ、か。リーシャと同じ気持ちだ。守りたい人がいて、その人が住む街を守りたくて、その街の人々も守りたくなって……。結局、守りたいものが連鎖していったのだろうな。だから私とリーシャは、同じだ」


「…………」


「こういう気持ちに気付けたのは、つい最近の事だ。強くなるために、強くなるという漠然とした考えに、理由をしっかりと付け足せるようになった事が……私は、本当に嬉しかった。

それは、マリルと……そしてリーシャ、お前と一緒に、休日を過ごすようになったからだ」


「……え?」


「感謝している。……そしてお前も、そう思ったから、こんな質問をしてきたのだろう?」


「……ど、ど、どういう事よ」


「少し前の私と、同じ疑問を抱いてきたという事だ。なんのために強くなるのかに気付いて、それに戸惑って……でも、それが楽しい。だろ?」


「…………」


 図星。という感じに、リーシャの顔は赤くなっていく。照れ隠しに紅茶を啜るリーシャの姿を見て、ルーティアはクス、と笑った。


「これからもよろしくな、リーシャ。一緒に……「守るために」強くなっていこう」


「……ふ、ふんっ。わたしはそんな言葉を望んで、こんな話をしたわけじゃないわ」


「ははは。そうだったか」


「……あー、もー。なんか暑くなってきた……!」


 顔を手で扇ぐリーシャを見て、ルーティアはまた笑った。

 そしてぽつり、と呟く。


「……頼むぞ、リーシャ。もし私が欠けても……きっと、その意思を……」


「ん?なにか言った?ルーティア」


「……いや、なんでもない」


 雨音が、その呟きを掻き消す。


 未だに、雨は夜のオキトに降り続けている。

 二人はそうして、金曜日の心地よい夜を静かに過ごしていった。


――


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