最終日
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瞬く間に、時は過ぎていった。
ルーティア、マリル、リーシャは、このフォッカウィドーに降り立った地、ウォルターの港町にもう一度戻ってくる。
魔導船に乗り、再びオキトへと戻るためだ。
来たときと同じ船が港に停泊し、三人は受付を済ませた。
帰りの船のチケットも、フォッカウィドー国王により手配済み。同じ和室のセミスイートの方が落ち着いて帰れるだろう、という国王の気遣いもあり、三人は同じ船の同じ部屋でガニータ国の港まで戻る事となっていた。
時間に余裕をもって受付を済ませた3人は魔導船舶事務所から出て、大きく背伸びをした。
そして、あっという間に過ぎた9日間の事を思い返すように、船とは反対方向のフォッカウィドーの大地の方を見つめる。
「生まれて初めての旅行も、もう終わりかぁ」
リーシャが少し微笑んで、ぽつりと言った。悲しげでもあり、嬉しそうでもあるその顔をマリルが覗き込む。
「寂しい?リッちゃん」
「……半々。もっといろんなところ回りたかった気持ちもあるけど、早くオキトに帰ってマグナ達に会いたい気持ちもあるわ。……あー、あと帰りの船も楽しみだなー、って気持ちもあるかな」
「フォッカウィドーも、四十七の国の中で最も広い面積を持つ場所だからな。九日程度では回りきらなかったのが悔しいところだ」
ルーティアもリーシャに賛同する。
ノーヴォリーヴェの温泉ホテルスイートルームを堪能した三人は、残りの四日間もたっぷりとフォッカウィドーの国を楽しんだ。
綺麗に透き通る湖に行き、湖畔用の魔導船に乗って雄大な自然を楽しんだ。
フラーノの街ではマリルがどうしても行きたいというラベンダー畑を散策。色の違う、美しい紫のラベンダーがどこまでも広がり、グラデーションを織り成す様を見ながらのラベンダーソフトクリームは絶品だった。
また、グルメも存分に堪能。
海の幸だけではなく、ラーメンが人気のフォッカウィドー。特に塩ラーメンは絶品で、サホロの街に戻った三人はフォッカウィドー中の名店が集まる商業施設でラーメンの食べ比べを決行。ここでもまた、ルーティアの食欲に驚かされる事になる。
果物も有名な産地が揃う。夏の近いこの時期は収穫の最盛期。三人は女子らしく、サクランボやメロンに舌鼓を打った。
観光、温泉、散策、買い物……。
マリルの案内で、騎士二人は未だかつてない長期間の『旅行』を満喫し、九日間という行程はあっという間に過ぎた。
本来の目的は交流試合。しかし結果としてこれは、オキトの、そしてフォッカウィドーの両国王がプレゼントをしてくれた、最高の休みだった。
今までの人生で、ここまで長い休みも、異国の地を旅する事もしなかったルーティアとリーシャは旅の『初めて』を沢山味わった。楽しい、美しい、美味しい……世界がこんなにも広く、知らない事だらけだった事にワクワクした。
そして、その漁夫の利にありつくように旅をしたマリルもまた、フォッカウィドーの魅力に再度取り憑かれたようになる。一人旅を既に経験し、二回目のこの地への旅行。だがオキトに戻ったら既に三回目の予定を組み込もうかと画策をしているのだった。
そして、九日目。
最終日に見る船は、初日に見た船よりなんだか少し切なく見える気がする。
「ルーちゃんは、どう?早く帰りたい?」
マリルに見られると、ルーティアはふっ、と笑った。
「そうだな。ここまで長く、国王や城の人々の顔を見ないのは初めてだ。早く帰って、無事を伝えないと」
「……そうだね」
「この旅が終わるのは寂しいが……きっと、終わりがくるから楽しいんだ。そしてまた、次がくるから楽しみになるんだろう」
「うーん。アタシは永遠に休みでいて欲しいけどなぁ」
「ははは。マリルはそうかもしれないな」
ルーティアとマリルは、笑い合う。
「早く帰ってお土産渡さないとね。……ごめんね、ガア。鳥車がすっかり重くなっちゃって」
リーシャが撫でたガアは、気持ちよさそうにその手に顔を擦り付ける。
チョコレート菓子、海鮮珍味、ポテトスナック、メロンのお菓子、ガラス工芸品、ワイン……などなど、自分用のお土産と城の者や国王に配るお土産で鳥車は大分重たくなってしまった。
帰りのガアは、少しゆっくりめに走らせてやろう、と相談をする三人だった。
事務所の前でベンチに座り、風を浴びながらのんびりとそんな会話をする三人。
すると、唐突に。
「おねえさまーーっ!!」
「……!げ。この声は……」
数日前に聞き覚えがある、大きな猫なで声。
港への入り口から小型のガアが引く鳥車が、こちらへと猛突進してくる。
三人の座るベンチの前にそれは急停車したかと思うと、鳥車の中から勢いよく人影が出てきて…… リーシャへと抱きついてくる。
「ぎゃー!!」
「おねえさまーーっ!!間に合って良かったですわっ!お姉様達がフォッカウィドーを去る日だとお聞きして、ワタクシ、サホロから車を飛ばしてきたんですのよっ!!」
「な、なんで……ぐ、ぐるじい……」
「なんで、なんて聞かないでくださいっ!ワタクシだってお姉様と休日を過ごしたかったのに、仕事があって城を離れられなかったワタクシの気持ちも考えてくださいましーーっ!!」
「ぐえええええっ……!!」
涙を流しながら、まるで最愛の人に会ったかのようなイヴ…… イヴァーナ・ウォーレックは、リーシャの腰に回したその両手をきつく絞めた。抵抗する間もなく、リーシャはただただ、その締め付けを受けるしかないのであった。
「い、イヴちゃん……よくサホロから、ここまで……。見送りにきたの?」
冷や汗を流すマリルに、イヴは鼻息荒く答える。
「勿論ですわ。まあ、国王からの直々の指示でもありますし。『世話になったのだから船の見送りに行ってこい』と」
「? 世話なんて別にしていないぞ」
「ふふふ。交流試合で、色々と学ぶ事も多かったので。それにワタクシ、ルーティア様とはまだ刃を交えておりません。その挨拶も兼ねてですわ」
「ふむ、なるほど」
納得したように、ルーティアは頷いた。
そして、抱きつかれたままのリーシャの口からは魂のようなものが浮き出ている。
鳥車から、もう一人がぴょん、と外に出てきた。
それはサホロの城で戦ったもう1人。召喚士の、シェーラ・メルフォードであった。
試合をした時とは違いローブを身にまとっておらず、Tシャツにデニムパンツというラフな格好のシェーラからは、あの暗い印象が微塵も感じられなかった。
「間に合って良かった」
銀髪の少女は、三人を見てにっこりと笑った。
「シェーラも来てくれたのか」
「うん。わたしもみんなの事、見送りたかったし」
その手には、紙袋が二つ握られていた。
それを手渡すように、シェーラはマリルとルーティアの方へ近づいてくる。
「これ、サホロ名物のバウムクーヘンとチーズケーキ。王様がお土産に渡して
きてだって」
「わ。なんだか申し訳ないなぁ、ありがとうシェーラちゃん」
嬉しそうに受け取るマリルに、シェーラも微笑んだ。
「まだ鳥車の中にたくさんあるから。オキトの城の人たちに配って、だって」
「……すまんな、ガア。帰りの荷物がまた増えるぞ」
ルーティアが撫でると、ガアはやれやれ、といったため息をついた。
「……ちょっとは、助けようと、じなざいよ……っ!!」
そして、放置されたようにイヴに抱きつかれたままのリーシャは、救いを求めるように言うのであった。
――
「でも、残念。ルーティアとは試合をしたけれど、リーシャともマリルとも試合が出来なかったから」
ベンチに座ったルーティア達と、それに対面して立つイヴとシェーラはしばらくそこで話し込む。
出航までの時間はまだ少しだけ余裕があり、しばらく五人はそこで語り合う。
海からくる風は少し冷たいが、寒いほどではない。この国を離れる三人は、それを惜しむようにこの国の二人と話を弾ませていた。
しかし、シェーラのその言葉にマリルの肩がびくっ、と強ばる。
リーシャは、わざとらしくマリルの方を見ながらにやけた。
「そうよねー。わたしもシェーラと戦えなかったのは残念だけど、シェーラも召喚術士としてマリルの魔法は見ておきたかったわよねー」
「うん。マリルは、オキト一の魔法使いなんでしょ?ワタシとフェンリルがどこまで通用するか、試してみたかった」
真っ直ぐで無垢な少女の瞳から逃げるように、マリルは後ろの船を見ながら必死に笑って余裕を作る。
「ほ、ほ、ホントよねー……!勝ち抜きなんて対戦形式じゃなかったら、アタシの魔法をフォッカウィドーに知らしめてあげられたのになー!残念だなー、ホント……」
「……嘘は自分を苦しめるだけなのね」
そんなマリルの姿を見て、一つ、人生の教訓を得るリーシャであった。
「国同士の戦力差を図るための勝ち抜き方式での試合でしたが……そういう意味では、ワタクシもまだまだ甘かったのですわね。氷の魔法剣だけでお姉様に勝とうだなんて……」
自分を戒めるように握った拳を見つめるイヴに、ルーティアが首を振った。
「いや。イヴもシェーラも、十分過ぎる程に強かったぞ。今回オキト側が勝利できたのは、タイミングや試合形式がたまたま上手くいっていただけだ。違う条件下だったらイヴやシェーラが勝利をするパターンも幾つもあった筈だ」
「……そうなのでしょうか」
「ああ。魔法剣も、召喚術も、私達の国でお前達以上に使いこなしている人間はそうそういない。きっとそうなるまでに、相応の努力や苦労をしてきたのだろう?」
「……はい」
「だからこれからは、私達のような異なる戦法や武器を使う人間と、たくさん試合を重ねていけばいい。そうすれば自分の強さも弱さも、身体が覚えてきてくれる。そうすれば……次に会う時には、私やリーシャが負けるかもしれない」
その言葉に、シェーラがこくり、と頷いた。
「うん。ワタシ、もっとフェンリルと一緒に強くなりたい。召喚術を、もっと使いこなして……色んな人と、戦ってみたい」
そしてイヴも、力強く微笑んだ。
「今回の試合で、ワタクシもシェーラも、『楽しんで』試合をするという気持ちを初めて感じましたの。だから、試合や修行以外にも……色んな事を楽しんでみたい。そう思うようになりました」
イヴのその言葉を、ルーティアは嬉しく思う。
そして、同意を求めるようにマリルの方を見た。
「それには、とっておきの方法があるんだ。なあ、マリル?」
そしてマリルは、今度は自信満々に答えた。
「イヴちゃんもシェーラちゃんも、『お休み』を楽しむようになりなさい。そうすればきっと、今よりもずっと、強くなれるわよっ!」
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そして、出航の時間。
魔導船に乗り込んだルーティアとリーシャとマリルは、甲板から港の方を向く。
そこには、大きく手を振るイヴと、手を背中の方で組んで見送るシェーラ。
イヴは涙を浮かべながらリーシャへ声を送る。
「おねえさまーっ!ワタクシ、必ずオキトへ行きますわーっ!その時はきっとワタクシはお姉様を超えてみせますわーっ!!」
「は、はは……。期待してる、わよ……」
ぎこちない笑いを浮かべながら、リーシャもイヴに小さく手を振った。
引っ込み思案な性格だったはずのシェーラも、口に両手を当ててメガホンにし、精一杯の大きな声で三人を見送る。
「ルーティアー、リーシャー、マリルー。ワタシ、がんばるからねー。みんなもがんばってねー」
「……あはは。なんかシンプルだけど、深い言葉なのかもね」
十三歳の少女が送る精一杯のエールに、マリルは頬を掻いた。
そしてルーティアは、大きな声を二人に送った。
「二人とも、必ずもう一度、試合をしよう!その時を、楽しみに待っているからなー!」
出航の銅鑼が鳴り、汽笛が唸る。
大きな船体は港からゆっくりと離れ、やがて向きを変えていく。
向かう先は、大海原。そしてその先にある、オキトの国へと進路をとった。
「さ、帰りも呑むわよー!まずは売店チェックに行こうかなっ。帰り道もしっかり楽しまなきゃ♪」
ウキウキした様子のマリル。
「……食べ過ぎで少し身体が鈍っているわね。わたしはトレーニング、かな。……ああ、でもレストランで甘いアイスも食べたいし……悩むわね」
そういうリーシャも、帰り道を満喫しようとなんだか楽しそうな様子だ。
ルーティアは、一歩前に出て、甲板の中央からフォッカウィドーの大地を見る。
海から見る大陸は、どこまでも続いているように、長い。
その雄大な大地に別れを告げるように、呟いた。
「また来るからな、フォッカウィドー。イヴ、シェーラ、ルベルト国王……。
そして、数々の美味しいものと、観光地。
私は決して、お前達を忘れないぞ」
旅。
別れを告げる代わりに、『思い出』を持ち帰る、休日。
ルーティアは、また一つ、休日を学んだのだった。
―― 特別章 女騎士さん、北へ 完
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この後、『エピローグ』をもう一話投稿し、特別編は終了となります。
読んでいただいた方、本当にありがとうございます……!
詳しくはまた後日書きますが、これにて「最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。」の『第一章』を終わりにします。
まだまだお話は続けていく予定なので、よろしければお付き合いください……!




