五日目(4)
――
食べる、食べる、食べる。
飲む、飲む、飲む。
交流戦を終え、緊張から解かれた胃袋と舌はただひたすらに食物を欲している。
室内露天風呂で火照った身体は水分を欲し、乾いたスポンジのようにアルコールやジュースが染みこんでいく。
サラダを。漬物を。刺身を。寿司を。唐揚げを。パスタを。ローストビーフを。天ぷらを。ハンバーグを。エビチリを。オムレツを。
舌鼓を心の中で打ち鳴らしながら、次々に頬張り噛みしめた。ジューシーな食感と、溢れ出る幸せな味。自然と笑顔がこぼれる。皆、美味しいものを腹一杯食べるという満足感を心ゆくまで味わうのだった。 (ほとんどルーティアだが)
生大を。生中を。芋焼酎を。白ワインを。赤ワインを。ハイボールを。甘いカクテルを。ジュースを。
バイキングという戦場の中で、一時の安らぎと爽快感をもたらすアルコールや飲み物。オアシスで水を飲んだ時のような安堵感が包み込み、また料理への箸が進む。快感の溜息をつきながら、3人は酔いしれた。 (ほとんどマリルだが)
「い、イクラのお寿司を何貫でも食べていいだなんて……っ」
リーシャは、その黒い装甲を身にまとった酢飯に乗る赤い宝石達を頬張る。
単に食べ放題というだけではない。海も、大地も、自然豊かなフォッカウィドーの地からとれる食材達は、そのどれもが一級品。同じ食材でも、鮮度や質が違うと時として全く違う味を演じてくれる時がある。
このイクラとて、例外ではなかった。
どれも大粒の赤い宝石は、ほのかな塩味のあとにまったりとした甘みを舌に感じさせてくれる。噛みしめると弾力をしっかりと感じるそれから溢れ出す旨味が、酢飯や海苔と調和し、
絶妙な味を演出していた。
「美味しい……!プリプリしてて、甘い!今まで食べてきたイクラと全然違う……」
3貫もとってきたイクラの軍艦巻きは、あっという間にリーシャの口に入ってしまった。
それをマリルが嬉しそうに見る。
「フォッカウィドーに来て、海鮮モノ苦手だった人が食べられるようになった、っていう話もよく聞くわ。同じ素材でも味が全く違うみたいね」
「うん。……あの、わたし、そのウニっていうのが変な味がしてどうも苦手だったんだけど……1つもらっていい?マリル」
「もちろん。これも安物とは全然違う味だよー?リッちゃん」
マリルは快諾し、ウニの軍艦巻きが乗った自分の皿を差し出す。
今までリーシャが見てきた、茶褐色の水気のないウニとは違う。光沢をつけたような輝きのあるオレンジ色からは、その味が想像できない。
だが、一口食べれば……。
「……!!おい、しい……!すっごいなめらかで甘い……!しょっぱくも苦くもないし……な、なんなの、これ……!」
「初日にもアタシ朝一で食べたんだけど、やっぱフォッカウィドーのは違うわねー。本当に濃厚な甘みだけなのよ。それにほんの少しのワサビと醤油をつけて食べて…… 芋焼酎の水割りを……」
マリルは言いながら、自分のウニの軍艦巻きに箸で山葵を乗せて、醤油を数滴垂らす。噛みしめて、味わった後にグラスに半分残った冷えた芋焼酎の水割りを口に入れ。
「…… くぁぁぁ~~!!さいっ、こう……!!」
「……なんか、いいわね。ダブルで味わってるみたいで」
早くお酒の飲める歳になりたい、と少し思うリーシャであった。
「……にしても」
そんなマリルの様子を見つつ、リーシャは自分の隣に座るルーティアの様子をチラチラと横目で見る。
自分もマリルも、飲み物を楽しみながら料理を少しずつつまんで味を楽しむようなスタイルで食事をしている。
だが、横の女騎士は『食べ放題』の看板を背負っているような食べっぷりを披露している。山盛りにして持ってきた唐揚げとフライドポテトとチャーハンは、もうトレーのどこにも存在していないのだ。
「ルーティア……。アンタ、ちゃんと味わって食べてる?」
「んぐ。ふぉふぃろんら。ふぇんふふまひ」
「……そう、良かったわ」
勿論だ、全部美味い、という言葉もしっかり聞き取れるくらいの仲にいつの間にかなっているリーシャとルーティアであった。
アルコールが回る事を避け、次の飲み物は冷たいお茶にしたルーティアは食物を流し込むようにコップを一気飲みする。
「ふう。流石フォッカウィドーだな。全部美味しかったぞ」
「……結構、どこでも食べられそうなもの取ってきてるけどねアンタ」
「そんな事はないぞ。唐揚げは衣がサクサクしてて中はジューシー。フライドポテトはカリカリに揚がっていて塩加減も抜群だった」
「……そう。本当に良かったわ」
もはやツッコむ事にも疲れたリーシャであった。
ほどなくしてマリルとリーシャの持ってきた料理も空になる。
フォッカウィドーの幸が盛りだくさんの豪華バイキング。ルーティアほどではないものの、当然マリルもリーシャもこれで終わりにするつもりは無かった。
「さ、二回戦といきましょうか。……ちなみに、2人は何で攻めるのか決まってる?」
「うん。……あ、マリル。ひょっとして『アレ』を狙ってるわね」
「む、マリルとリーシャも、同じ方を見ているな。ともなれば、『アレ』で攻めていくのだな」
どうやら、テーブルから3人が見つめる視点は同じのようだった。
この温泉ホテルのバイキングの名物となっている『ソレ』の食べ放題はやはり人気らしく、宿泊客が挙ってそのコーナーに押し寄せている。
ホテル側もそれは予見しているようで、『ソレ』がコーナーから尽きたら次々と補給をする準備が出来ているようだった。空になれば次のものが即座に運ばれてくる。
バイキングでしかなかなか経験できない、ある食材の食べ放題。それは……。
――
「…………」
「…………」
「…………」
ハサミで切り、スプーンでほじくり出し、白と赤の身を剥き出す。
ある者はそのまま、ある者は酢で、ある者は醤油で、それを口に運ぶ。
なによりも、その食感。柔らかく、しかし噛みしれば味が染み出るように溢れる。
固く尖った鎧の中にはぎっしりと宝物が詰まっている、その名は。
「カニってなんでこう、テンプレ通り無口になるんだろうね」
そう言うマリルの視線は、自分がハサミを入れているカニの足に釘付けだった。
このホテルバイキングの名物ともなっている『カニ食べ放題』。
海の幸豊富なフォッカウィドーのカニを幾らでも食べていいというのであれば、宿泊客が寄りつかないわけがない。
そして、それを持って行ったが最後。賑やかだったテーブルは一転して、静けさが包み込む。
「…………ん」
「…………そうね」
おそらくそれは、カニの身を上手く全て剥き出したいという願望が為す集中力のため。
そして、そうして剥き出した身を早く口に運びたいという欲望が、人を無口にさせるのだ。
無礼にならない程度に盛られたカニの足の山を、切り崩すように3人はカニを剥く作業を行う。ただひたすら集中して。
「あ、マリルのそれいいなぁ」
リーシャがマリルの皿を見ると、剥かれたカニの身が10は軽く超えて盛られている。
「ふふふ、アタシは貯めこんで解き放つタイプなのよ……今までの苦労が報われるような至福の食事タイムが訪れるのを楽しむの……」
「よし、真似しよ」
リーシャも、そのスタイルを自分のものにしようと決めたらしい。
「うう……上手く剥けない……」
ボロボロに折られたカニからスプーンを使ってこそげ落とすように身を出すルーティアには、威厳も風格もあったものではなかった。
「間接の少し上にハサミで切り目を入れて、引き出すみたいに折るのよ。そうすれば……ほら」
見ていられないリーシャは、椅子を近づけてアドバイスする。
一本の足の数カ所の間接。その上にハサミで切れ込みを入れ、折るようにすれば身ごと引き出す事ができる。紅白に輝く柔らかな身が姿を現した。
「……すごい……いいなあ……」
「ほら。あげるわよ。修行が足りないわねルーティア」
「精進します」
相変わらず、食事になると立場が逆転する2人の騎士を、マリルは微笑ましく見つめていた。
――
「うーむ、ここまで満足する食事をしたのも久しぶりだな……!」
ご満悦の表情で食後の暖かい紅茶を啜るルーティア。
そのトレーには、プリンとゼリーの空き容器とケーキの包み紙が数十は置いてあった。
それを見ながら、リーシャは少し恥ずかしそうに同じく紅茶を飲む。
「アンタ何個デザート食べたのよ……。これで満足してなかったら人間性疑うわ」
「あははは。まあ、ルーちゃんもリッちゃんも満足してくれたようで良かったよ。バイキングにして正解だったでしょ?」
「うむ。部屋で上質な料理を提供されるのもいいものだが、好きなものを気の向くままに食べるという時間は、何物にも代えがたいな」
「食事に正解なし、ね。その時出会ったものに感動するのも、食べたいものを好きなだけ食べるのも、大切な事。またひとつ、休日の選択肢が増えたわね」
マリルのその言葉に、ルーティアの耳がぴくりと動く。
「む。という事は、ホテルでなくてもバイキングをしている場所があるということか?」
「もちろん。そういう形態のレストランも今は増えているし、ランチやディナーのバイキングだけを食べに来るというコースを用意しているホテルもあるわ。オキトにもたくさんあるはずだから、今度行ってみようね、ルーちゃん、リッちゃん」
「おお……楽しみだな」
「コイツが少し自重するという言葉を覚えたら行ってあげてもいいわよ」
「あははは」
そんな会話をしながら、3人は食後の紅茶タイムを楽しむのだった。
異国の地の、和やかな時間を享受するように。
――




