五日目(3)
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「ば、バイキング……」
その名を聞かされ、ルーティアは驚く。何故ならば……。
「……とは、一体どういうものなのだ?」
聞いてはみたものの、その形式の食事を全く知らないからであった。
マリルは眼鏡をくいっ、と上げて照明に鏡面を光らせた。
「『ビュッフェ』という呼び方もあるのだけれど、意味が少し違うので『バイキング』と呼ばせてもらうわ。『ビュッフェ』とは、好きなものを取り、その分を精算するスタイルの食事の事よ。そしてこの『バイキング』とは……ずばり言えば、『食べ放題』よ!」
「た……食べ放題、だと……ッ!?」
ルーティアは戦慄した。
大皿に並んだ色鮮やかで新鮮な野菜。
赤、橙、白が輝く海の幸、刺身。
シェフが腕によりをかけて作った見事な料理の数々。
目の前で焼かれるステーキに、食欲をそそる音を立てて揚がる天麩羅。
芸術作品のような見事な造形のデザート達。
「あ、あれらが全て……食べ放題だというのか、マリル」
「ええ。さっきも言った通り『ビュッフェ』は場所によっては取った分の料理を精算するスタイルのものもあるの。異国などに行った際には注意が必要ね。
でも……『バイキング』は我が国で作られたサービスの名称で、そのものズバリ、食べ放題の意味よ。だからこの会場にある料理のどれを、どれだけ食べても……値段は変わらないの」
「そんな……。採算がとれるのか、そんな形式で」
「ふっふっふ。その疑問にも答えるわね。
一般的なレストランというのは、給仕係が注文を受け、シェフがオーダー通りの料理を作り、給仕係がそれを運ぶ……。それが不定期に連続して起こっていく、というのは実はものすごく手間やコストがかかる事なの」
「確かに。1人の注文だけで数人のウェイターやシェフが動く事になるわね」
リーシャが納得したように頷く。
「対して、このバイキングという形式の食事方法は、あらかじめ用意された料理を客が自由に持っていって良い、というサービスになるわ。
つまりシェフが先に用意をしたものを、客が自ら席へ運び、食事をとる。……つまりは」
「ウェイターの分の手間がなくなり、シェフも決められた料理をあらかじめ作るわけだから時間と人件費の節約になるという事か……!」
ルーティアの頭に閃光が走る。
マリルは、その意味に気付いてもらった事が嬉しいようで、笑顔で頷いた。
「そしてその分のコストを料理一点に還元できる。だからこそ、レストランでの食事と似たような値段設定でも採算がとれるの。
客としても、レストラン一回の来店では食べられないくらいの豊富な種類から自由な料理を選択できるという利点も生まれる。……Winwinの関係、ってヤツね。そしてこういったホテルでも、このバイキング形式の夕食や朝食の提供はポピュラーなものになっているわ。なぜなら……」
「その分コストがかからず、人件費もかからない。更に客の満足度にも繋がる、というわけね……!!」
「その通り、リッちゃん。優秀な生徒を2人ももててマリル先生は嬉しいわ」
「いつから先生になったのよ」
と、リーシャがツッコミを入れたところで…… 3人の腹がきゅう、と音を立てた。
「……講釈じゃ、お腹はいっぱいにならないわ。とにかく今は……席につきましょうっ!いいわね、ルーちゃん、リッちゃん!」
「ああ!」
「分かったわ!」
かつてないチームワークを発揮する、オキトの戦士達だった。
――
受付の従業員に部屋番号を伝え、指定された席につく。
素早くウェイターが席に来て、メニュー表らしき薄く大きな本を渡してきた。
「メニュー?ここは食べ放題の場ではないのか?」
ルーティアがウェイターに聞かれないように、マリルに小さな声で質問する。
「ふふふ、メニューを開いてみれば分かるわよ。居酒屋に行った事のあるアタシ達なら、分かるでしょ?」
「あ」
その言葉にピンときて、ルーティアはメニューを開いた。
生ビール、地酒、地ワイン、カクテル…… それは、アルコール飲料のメニュー表だった。
「成程。まずは一杯というわけだな」
「そういう事。えーとアタシはそれじゃあ…… 生ビールを大ジョッキでお願いしますっ」
マリルは何故か毎回、最初に頼むものは決まっているのにメニュー表を必ず見てから注文する。ルーティアにはおなじみの光景だった。
「じゃあ私は……このマリブミルク、というものをもらおうかな」
「……ま、また甘ったるいカクテルを……。しかも南国系……。一杯目に頼むものじゃないと思うんだけど……まあ、いいわ……」
凜とした表情と、頼むモノのギャップに苦笑をするマリル。だが、これもおなじみの光景。
※マリブミルク……ココナッツの風味豊かなリキュール『マリブ』を牛乳で割ったカクテル。早い話がココナッツミルクで、杏仁豆腐の味わいにも近い。非常に飲みやすいが、アルコールはしっかり入っているので注意が必要。
「まったく、これだから酒呑める奴らは。折角異国の地に来てるんだから、地のものを頼まないでどうするのよ」
メニュー表の上から頭を出しフフン、と見下した顔を見せるリーシャ。
「あ、確かにそうね。でもリッちゃん未成年じゃん、どうするの?」
マリルの問いかけに、リーシャは自慢っぽく言った。
「ブドウジュースよ」
「……格好をつけて言うものではないと思うのだが……」
「わたしだってワインってかっこよく言いたいわよっ!でも言えないんだからしょうがないじゃないっ!ちゃんとワイナリーが作ってるヤツなのよこれ!!」
ルーティアの苦笑に、リーシャが激怒した。
「まあまあ。飲み会と同じく、思ったとしても人の頼むものにケチはつけない。休日を楽しむうえで、マナー以前に大切にしなきゃいけない事よ。いいわね、ルーちゃん、リッちゃん。
あー、あと、飲み物の注文は宿泊代とは別になるから注意が必要ね。でもまあ……アタシ達は……くくくく……!」
「「 ふふふふふ…… 」」
お金の心配をしなくていい、という事がこれほどまでに愉悦に浸れる事だとは思わなかった、3人であった。
ウェイターに飲み物の注文を伝えると、マリルが席を立つ。次いで、ルーティアとリーシャも立ち上がり、料理のコーナーを見据える。
「さあ……それじゃあ、宴の始まりよ!好きなものを、好きなだけ…… バイキングを存分に楽しみなさい!我が弟子達!!」
特に師匠でもないマリルが高らかに宣言し、3人はそれぞれに散るのだった。
――
「……むう……」
歩みながら、ルーティアは思考を巡らせる。
手にはトレー。その上に、仕切りのついた皿が1つ。バイキングプレートと言われるこの皿は、様々な料理を少量ずつとれるように用意されたものである。
皿1つで、6種類の料理を盛れる。
更に小鉢を数個トレーに乗せてサラダ、惣菜、刺身などの料理も取れるようにした。
加えて、『ライブキッチン』と言われるシェフが目の前でステーキなどを調理してくれるコーナーもあり、その皿は乗せる時に提供されるためそのスペースを残しておく。
食べ放題。
つまりは、トレーの上の料理を全て食べ終えたとしても、また取りに戻れるという事だ。
しかし……。
(初めのこの一手……外したくない……ッ!)
自分が何を食べたいか、どういう食べ方をして、次の料理に繋げていくか。
食べ放題とはいえ、この初手にそれを凝縮させたい。それが、バイキングに訪れた人間の心理だった。
ルーティアは戦術を組み立てるように、自分の食べ進める姿をイメージする。
(まずは、サラダ。これは絶対だ。地の野菜が食べられる上に、腹にエンジンをかけるという意味ではやはり野菜は外せない。
そしてやはり……フォッカウィドーという場所であるのならば、海鮮もので攻めていきたい。……む。刺身を盛り合わせて海鮮丼という手もあるのか……!)
行き交う浴衣の宿泊客のトレーを見ながら、ルーティアはそれを参考にしていった。
やはりフォッカウィドーのホテルという場所柄もあり、観光客達は鮪やサーモンなどの刺身や、イクラやウニなどをほぼ全員がトレーに乗せている。
ルーティアもその流れに沿おうとする。
だが…… ある誘惑が、彼女を揺らがせた。
(だがやはり……好きなものだけは、どうしても取りたい……!!)
そこは……キッズコーナー。
唐揚げ。ポテトフライ。ミニハンバーグ。ミートソーススパゲティ。
更にプリンやゼリーなどのスイーツも充実したコーナー。
子ども達が目を輝かせて飛びつくそのコーナーに、吸い寄せられるように女騎士も向かってしまう。
(だ……駄目だ、やはり……抗えない……ッ!!)
見れば見るほど……その黄色や茶色の料理達は、ルーティアを誘惑した。
油が照明に煌めく唐揚げ、ポテトフライ。まるで宝石のような艶を出す見事な黄色のオムレツ。こんがりと焼けたハンバーグには、赤いケチャップをたっぷりのせる。
(エビフライ…… グラタン…… おお、カレーもあるではないか。ふふふ、ここはご飯茶碗に直接……!!)
魔術に取り憑かれたような目つきでキッズコーナーの料理を次々ととるルーティアだった。
その様子を、キッズコーナーで料理をとる子ども達が恐怖に近い目で見守っている事に、彼女は気付いていない。
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「……さすがルーちゃん」
「相変わらずの小学生メニューね……。しかもなに、その量……」
引きつった笑顔を見せる2人に、ルーティアは悲しげな顔をする。
「だって、だって……っ!こんなにいっぱい唐揚げ食べていいっていうんだもん!フライドポテト食べていいっていうんだもん!私に地のものを堪能しろと言われても無理なんだっ!どうしても……っ!大好きなものにいってしまうんだーーっ!」
「うーむ、これもバイキングの魔力か。まあそれも楽しみ方の1つよ、ルーちゃん」
「食うなって言ってるワケじゃないんだから。泣き言言わないの」
「うううう……」
すっかりマリルとリーシャに慰められているルーティア。
マリルの取ってきた料理は、フォッカウィドーの名物と酒を楽しむモノで多く構成されていた。
定番の刺身やにぎり寿司、イカソーメンなどの海産物を中心に、メンマなどのおつまみ、ローストビーフなどのさっぱりした肉料理など、品数は多岐に及ぶ。
リーシャはサラダやパスタ、ステーキにロールキャベツなど豊富な料理をバランスよくとろうという試みのようだった。品数を多くしようというより、好きなものを多めにとってくるという傾向にある。
バイキングの好みは人それぞれ。好みのものを腹一杯食べられるという贅沢を3人とも享受しようと思った、最初のターン。
個性はあれど、これこそ3人にとっては最高のディナーとなるものなのだ。
ビール、マリブミルク、ブドウジュースがそれぞれに運ばれてくる。
食べたい気持ちをぐっ、と堪えて…… ルーティアが先導してグラスを前に出した。マリルとリーシャも、その後に続く。
「それでは……国王の恩義によって、このような場所に宿泊する事が出来た。その有り難さと、旅の仕事を終えた事…… なにより、この地の恵みをいただく事に感謝だ。 乾杯!」
「「 かんぱーいっ! 」」
3つのグラスが交差し、綺麗な金属音が鳴った。
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