五日目(2)
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「「「 …… わあ …… 」」」
ルーティア、マリル、リーシャの3人は、感嘆のため息を漏らす。
そこは紛うことなき、スイートルーム。
暖かな太陽の日差しが木の優しい色に差し込む室内。
リビングルームには大きなソファが置かれ、走り回れるほどに広い。
その奥にはキングサイズのベッドが鎮座する。部屋を隔てて、セミダブルベッドが2つ。家族を想定した構造のようだったが、それでもあまりにも広い室内。
洗面台やトイレには大理石が遇われ、隅々まで埃1つなく清掃が行き届いている。
そしてなにより……このスイートルームの一番の特徴は。
「へ…… 部屋に露天風呂がついている、だと……!?」
バルコニーかと思い部屋を出た瞬間、目に入るのはファミリーサイズの露天風呂だった。
外から丸見えにならないよう、多少木の板の柵は置かれているが露天風呂の前には雄大なフォッカウィドーの山々が広がっている。
冷たい空気と風に、温泉の湯気が踊るように舞う。
微かに香るのは、硫黄の香り。
ノーヴォリーヴェの町はこの硫黄泉が有名であり、古くから解毒・殺菌・病の改善などに用いられてきた名湯だ。
「まさか、部屋にいながら硫黄温泉を楽しむ事ができるなんて……」
ルーティアもマリルも、その『温泉付スイートルーム』という豪華絢爛な場所にただただ驚くばかりだった。
部屋を見回りながら、あちこちに感嘆のため息を漏らす2人。
そして、テンションが上がり大きなベッドに着の身着のままゴロンと横になるリーシャ。
「さいっこう!ね、ね、後でじゃんけんでどのベッドにするか決めようよー。わたしこの大きいベッドがいいなー」
「お前……既に寝そべっておいて、じゃんけんで決めるもなにもないだろう」
「え?じゃあわたしに譲ってくれるの?ルーティア」
「駄目だ。そこから離れろ。私もおっきいベッドに寝てみたい」
子どものようなやりとりをするルーティアとリーシャに、マリルも加わる。
「あー!アタシもじゃんけんするからねっ!2人だけで勝手に話進めないでよ!」
「ぶー。ここは交流試合で頑張った人に譲ろうとか、そういう気持ちはないわけ?」
「それとこれとは話が別っ!一応旅のプランとか部屋の交渉とか調整してるのアタシなんだからねっ。公平にじゃんけん!」
国王が用意したのは、ノーヴォリーヴェ屈指の巨大ホテルのスイートルーム。
部屋に温泉が付き、24時間いつでも入る事ができ、アメニティも充実。
また、部屋に常備されている『魔石型冷気貯蔵倉庫(通称:冷蔵庫)』には、飲み物やデザートが用意されており、いくらでも飲食していいのだという。
至れり尽くせりの待遇に感謝するしかない3人。
今日の宿泊施設に関してはまるで考えていなかった一行にとってはまさに天からの……いや、国王からの恵みというとてつもないサプライズの僥倖であった。
フォッカウィドーの旅も、目的を達成し後はこの異国の地を楽しむだけとなった3人。
それぞれ、疲れの種類は違うものの今はこのノーヴォリーヴェの温泉で身体を癒やそうと心に誓う。
ちなみに、じゃんけんはリーシャが勝利。
キングサイズベッドは最年少がいただく事となった。
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「夕食ー!!」
時計が17時を示す。
ガアで長距離を移動し、クマ牧場ではしゃいだ3人のお腹はエンプティ状態だ。
時間を確認すると部屋を出て、階段をおり、長い廊下を浴衣姿で進む。
既に部屋の露天風呂を満喫し温まった身体が食べ物と飲み物を欲していた。
浴衣姿を女子らしく「かわいいー!」「似合うー!」などと褒め合う余裕は3人にはない。
飢えた獣のように、3人は食事会場へと突き進むのだった。
早足で歩きながら、ルーティアがマリルの方を見ずに問いかけた。
「マリル。そういえば食事の形式については国王となにやら相談をしていたな?」
「ええ。スイートルームの宿泊では部屋での食事が一般的だという事だったのだけれど、今回は形式を変更させてもらったわ」
その言葉に、リーシャが反応する。
「部屋での食事…… 何故断ったの?」
「フォッカウィドー城の食事は、殆どがコース料理だったでしょう?客人をもてなす料理……確かに豪華でとても美味しいものだったけれど、そればかりを戴き続けるのもどうかと思ったのよ」
「ええ。確かに……気にしないでいいと言われたけれど、マナーや礼儀を気にしつつ料理が運ばれるまで待つ食事、というのは些かわたし達にとっては不向きだったかもしれないわね」
リーシャの見解に、ルーティアも深く頷く。
廊下を早足で歩いていく3人の表情は、空腹と期待によりとても真剣なものとなっている。
まるで戦の前の作戦会議のような物々しい雰囲気。
それはある意味、フォッカウィドー城での交流試合よりも緊迫したものなのかもしれない。
が、今話しているのは、今日の夕食についての話だった。
「それで……あえて部屋での食事をとらず、会場まで足を運ぶ料理、というのはなんなのだ?マリル」
「ええ。このホテルではむしろ部屋での食事よりも『名物』となっている食事形式があるわ。ルーちゃんやリッちゃん……そして私には、むしろこちらの方が性に合うと思って、国王に変更をお願いしたの」
「……名物。一体どんなものなのかしら。期待させてくれるわね」
「ふふふ…… 一流のシェフが作る豪華な料理は、確かに一流の味。でも……なによりも幸せなのは『その時求めているものを腹一杯食べる』という事に尽きると思うのよ」
そして3人は、たどり着く。
フォッカウィドー城の試合を行った会場にも匹敵する程の、大広間。100人は宿泊が出来るだろうという巨大な空間だ。
赤色の見事な絨毯とシャンデリア調の照明が明るく室内を照らす。
そしてその室内を、浴衣姿の宿泊客が縦横無尽に歩く。その人々の手には。
ある者は刺身を。
ある者はエビチリを。
ある者はデザートのプリンを持ち。
ある者は目の前で焼かれるステーキを嬉々として受け取り。
ある者は目の前で揚げられる天麩羅を涎を押さえながら受け取る。
そう、その食事形式とは。
マリルが、会場を背にして…… 2人にその名を告げた。
「 これが、『バイキング』よ! ルーちゃん、リッちゃん! 」
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