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【完結】最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。  作者: ろうでい
特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》
64/121

四日目 vs国王(1)

――


 静寂。


 試合が開始されたというのに、道場の中には何の音も流れていない。


 10mの距離を置き、対峙するオキトの女騎士と、フォッカウィドーの国王。

 木刀を中段に構えて相手を見据えるルーティア。

 右手は杖を、左手は折れ曲がった腰の後ろに置き、それをまるで孫を見るような微笑みで見る、ルベルト国王。


 おそらく、この道場の中で…… いや、この世界の中においても最も腕の立つ剣豪同士の試合。

 それを見届けようと、道場内で見守る兵士たちも固唾をのんでその様子を見ている。



「ねえねえ、リッちゃん。試合始まってるのになんで2人とも動かないの?」


 そんな疑問を抱くのは、この場ではマリルくらいのものだった。

 場の空気を察し、ひそひそと隣で腕組みをするリーシャに囁いて尋ねる。


 リーシャは、ルーティアと国王の様子を険しい表情で見つめたまま答えた。


「……。まずは単純な理由として、アイツの癖ね」


「ルーちゃんの?」


「相手の出方を見てから自分の戦術を即座に組み立てるのがいつものルーティアよ。だからこそ、相手から攻めてこないのならばこんな風に攻めあぐねる状態になるわ」


「あー、なるほど!お互いに今は様子を見ている状態なんだね」


「声大きいわよ。静かにしなさい」


 戦士ならば誰もが見ておきたいであろう、世紀の一戦。それを感じていないのは、おそらくこの場ではマリルだけであろう。

 慌ててマリルは口元に手を当てて、俯いて視線だけルーティアに移す。



「……ルベルト国王も同じですわ。私達に稽古をつける際にも、決して自分から攻めてはきません」


 リーシャとマリルの隣で同じく試合を見つめるイヴも呟く。


「相手の攻めを全て見極め、受け止め、弱点を炙り出しにして稽古をつけていただきます。剣術だけではありません。ワタクシの魔法剣や、シェーラの召喚術も全て……」


「え!?じゃあ、あのおじいちゃ…… こ、国王が、イヴとシェーラの修行に付き合ってたって事!?」


 マリルには信じられなかった。

 杖をつき、腰が曲がり、その場に佇んでいるだけに見える老人。

 その老人が、イヴの魔法攻撃やシェーラとフェンリルの攻撃の指南をしていたというのだから。


 そして…… イヴの隣にいるシェーラが、信じられない言葉を呟くのだった。



「……ワタシも、イヴも。未だに国王との試合で勝った事は…… 一度たりとも、ない」



――



(…… 隙だらけだな)


 未だに木刀を構え、動かないルーティアはそう思った。


 正面から。フェイントをかけて背後から。跳躍をして上から。

 どの方向から斬りかかっても、斬撃がヒットするような『隙』が国王にはある。


 しかし、だからこそ攻め込めない。

 何故ならば…… その隙は、あえて国王が出している事に、気づいているからだった。


(攻め込ませて、相手の出方で対応してくるタイプか。自分と同じスタイルの相手がこんなにもやりづらいものだとは思わなかったな)


 今まで試合をしてきた相手の大多数は、まず騎士団のエースであるルーティアを倒そうとする血気盛んな相手。攻めるのはいつも相手からだった。

 リーシャは、自分と逆で攻めてから相手の出方を見て次の一手を考えるタイプ。だからこそ自分とはパズルのピースが合うようなバランスのいい試合が出来ていた。


 そして、今。

 ルーティアは、初めて…… 自分と同じタイプの剣士と対峙している。互いに出方を伺い、相手の太刀筋を見極めて反撃に転じようとしている。

 そしてそれがこんなにもやりづらい事だというのも、ルーティアは生まれて初めて感じていた。


(この隙…… 国王は、あえて出している。どこからでも攻め込めるように(・・・)思わせておいて、私に攻め込みやすいような演出をしている。だが……)


 杖をついた、よぼよぼの老人。そこに攻め込むのに気が引けるという事ではない。ルーティアが感じているのは、それとは全く別の、隠された『殺気』。

 太刀を浴びせようとすれば、逆に自分のどこかしらに隙が生まれてしまう。それを、自分も相手も狙っているのだ。

 国王はあえて『隙だらけ』という攻め込みやすい状況を相手に感じさせられるように仕向けている。

 既に試合が始まり一分が過ぎようとしていてもその状況は変わらず、構えるルーティアと杖をついたルベルト国王がただそこに立ち尽くしているだけという風景が続いているのだった。



(…… 仕方がない……!)


 動き出すしか、ない。


 それを先に決心したのは…… ルーティアだった。




「……!動いたッ!」


 先にそれを見極めたのは、リーシャ。


 その言葉の後、すぐにルーティアの身体が動く。



 国王との距離を縮めるための、前進。

 だがそれは単なる直線の突進ではない。

 僅かに身体を左右にブレさせながら走り、フェイントをかける。中段に構えていた木刀は、相手に太刀を見極めさせづらい『脇構え』に変え、対応をしづらい攻撃方法へと変化させていく。


 移動速度も驚異的だ。

 10mの距離は瞬きをする間にはもう詰められ、ルーティアの身体は既に国王の眼前にまで迫っている。


 そして、左へとステップで移動。

 正面から斬り込ませると思わせておいて、左から国王の脇腹目掛けて薙ぎ払いをかける――!



「……ッ!!」



 国王が動いたのは、ほんの僅か。


 ただ、自分の持っている杖を地面から離し…… 杖先を上に持ち上げただけ。

 たったそれだけの動作が、ルーティアの横薙ぎの軌道をとらえ、そして受け止めた。


 そしてその衝撃を受けた杖と王の身体は、まるで地面から生えた大木のように微動だにしないのだった。



「あ…… あのスピードに、対応できるの……!?」


 リーシャは驚きを隠せない。


 あれは、ルーティアの実戦の動きのスピードだ。

 正面から斬り込んでも対応できる人間は限られてくるのに、更にフェイントをかけて左から、太刀筋の見極めづらい位置から攻撃を仕掛けている。

 それを、杖を動かしただけで受け止めた国王。まるでそこに攻め込むのは当然、と言わんばかりに、国王はにっこりと微笑んでいる。


「……我が国の国王は、最強。強さのみで王の座についた、超実力派の戦士……。衰えは経験へと変わり、あらゆる攻撃を知り尽くし、対応できるのですわ」


 イヴの言葉通り、ルベルト国王の様子に動揺はない。試合開始の時と変わらぬ、表情と佇まい。杖をほんの少し上に上げただけで、ルーティアの斬撃は受け止められた。



「……はァッ!!」


 少しの間をおいて、ルーティアは次の一手に転じる。

 杖に受け止められた剣先を離し、身体を横に一回転。ターンをした遠心力を使った、逆方向……右からの薙ぎ払いを放つ!


 パァンッ!


 木と木のぶつかり合う激しい音が道場内に響いた。

 国王の杖は逆方向からくるルーティアの木刀を跳ね除けるように、下から半円を描いて動いた。先ほどと同じ、動きを読んだような杖の動き。


 跳ね除けられた木刀の力は、殺さない。

 上段へと上げられた剣先を、持ち手を変え、一気に斬り下ろすルーティア。これもすさまじいスピードの斬撃だった。


 だが、国王は揺るがない。

 その場に立ち尽くしたまま、杖先を自分の頭の上へ。

 振り下ろされる木刀に僅かに触れた杖先を、ほんの少し右に動かして…… 斬撃の軌道を変える!

 ルーティアの斬り下ろしは国王に触れる事なく、地面へと軌道を変えていった。


「ッ!!」


 地面に剣先が触れるその僅か前。

 ルーティアは低く、身体を屈める。

 今度は剣にかかった勢いを完全に殺し、その場に停止。

 変わりに行ったのは、低い体勢から繰り出す右脚の『足払い』であった。

 これは流石に予想外の攻撃…… しかも、上に出された杖先では、この攻撃には対応できない。そうルーティアは読んだのだった。


 しかし、それすら、国王には通じない。


 老人は、ほんの少し、ピョン、と跳躍する。

 縄跳びを跳ぶようなそのほんの僅かな動きで、ルーティアの足払いは空を切り、またしてもかわされるのだった。


 そして、国王は頭の上にある杖先を……。


 今度は回避のしづらい低い体勢になったルーティアへと、振り下ろす。


「!!」


 その動作を、今度はルーティアが見極める。


 回避にとった行動は……後方への、バク宙。

 振り下ろされる杖を足で横から払いつつ、身体を一回転させ、距離をとった。


 宙返りをして着地をしても、ルーティアの体勢が崩れる事はない。

 1m程の距離をとって、再び木刀を中段に。


 そして距離をとったルーティアに国王が向かっていく事はなく、試合開始から変わらずに…… 老人は微笑みながら、その場に立っているのみだった。




 再びの、静寂。


 攻防は一瞬の出来事だったが、ルーティア・フォエルとルベルト国王の実力を道場内に知らしめるのには十分な時間だった。


 達人同士のやりとり。

 相手の攻撃を見極め、回避し、次の一手を考える。それを、コンマ数秒で思考し実行する決断力。

 弛まぬ努力と全ての才能がぶつかりあった、一瞬。

 それが道場内の兵士達を驚愕させ、震え上がらせた結果の静寂だった。



「…… なに、いまの」


 マリルは呆然としたままリーシャに尋ねた。

 何の魔法もない、人間同士の戦いでここまでのスピードを見た事は未だになかったのだった。


「…………」


 リーシャは、腕組みをしながら唇を噛みしめている。

 自分の実力が、果たしてこのレベルまで達しているのか。それを疑問に思った時点で、まだ自分の中に未熟さがある。その悔しさを感じたからだった。


 そしてイヴとシェーラも、試合をする国王と対戦する騎士の様子を、瞬きすら忘れて見守るのだった。




「ふぉっふぉっふぉっ。やはり戦いは良い。血が滾り、活力が漲る。まして相手がオキト一の騎士となれば、尚更じゃ」


 上機嫌で笑う国王に、ルーティアも構えを解かずに微笑んだ。


「……ご謙遜を。まるで子どものようにいなされてしまい、驚いています」


「いやいや。これでもワシも必死じゃよ。反撃の手を打つのにここまで苦労する相手もなかなかおらんからのう」


「その割には、涼しいお顔でしたが……?」


「老体なものでの。動きを最小限にして防御をするのが精一杯なのじゃ。冷静に相手を見極めるには、極力体力を使わずにおらなくてはな」


「……フッ」


 齢80を超えて、あの動き。

 実力に加え、才能……何よりも経験が生んだであろう、国王の力。

 殿(しんがり)を自ら務めるだけはある。この老人はこの国の誰よりも……強い。それをルーティアは、肌身で感じていた。




「……とはいえ、それだけでは試合は面白くならんのう。防御に徹するだけでは、ちと盛り上がりに欠けるわい」


「……?」


 国王の殺気が、消えた。代わりに戦闘を一時中断するような、柔和な雰囲気が国王から感じられる。


 国王は首を横に向け…… マリルと、リーシャの方を向いて、口を開いた。



「オキトの国から、土産があると伺っているのだが、お持ちではないかの?」



「みやげ……?」


 その言葉は、マリルとリーシャに向けられていた。

 そして、マリルは思い出す。フォッカウィドーに向かう前、クルシュから預かっていたものがあった事を。


 『あちらの国王に魔法道具を依頼されていたのです。試作品ですが、国王に渡しておいてください』


「あ、あああっ!ご、ごめんなさい!忘れていました!」


 マリルは慌てて、後ろに置いておいた自分の荷物を漁り、麻で出来た小袋を取り出した。

 チャラ、と金属の音が僅かに小袋の中で奏でられる。


 国王はその様子を見ると、「構わん構わん」とにっこり笑う。


「すまぬが、その小袋…… こちらに向けて投げてもらえるかのう?」


「え……ええ?構いませんけれど……今は試合中……」


「その試合に使うものなのじゃよ。マリル殿。遠慮せず、思い切り投げてくれ」


 少しの躊躇をした後…… マリルは、国王に向けて小袋を下から投げる。

 コントロール良く顔の前に飛んできた袋を、国王は杖を持たない左手で受け取った。


「感謝する、マリル殿。 ……これで、面白くなるわい」



 国王は、そう言った。

 

 そして、袋の中に手を入れ…… その中身を取り出す。



 ―― そこには。



「あ……」


「あああああああっ!!」


 リーシャも、マリルも、その道具を知っていた。だからこそ、驚く。


 そしてルーティアも、その道具を視認する。国王の手に握られたその腕輪の名前を…… ルーティアは呟いた。



「魔装具……!!」



 緑色に煌めく宝石のついた腕輪が、道場の照明に照らされた。



――



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