四日目 vsイヴァーナ・ウォーレック(2)
――
「……魔法剣士、ね」
二度目の攻撃で、それはリーシャにも理解できた。
右手を突き出して、眼前で小さく円を描くように振ったレイピア……。あれは構えや仕草ではなく、『魔法陣』を剣先で描いていたのだ。
直後に、空中に魔法陣が展開。
30cmほどの空中に浮かんだ円形の魔法陣から飛来したのは、拳より少し大きなサイズの『氷塊』であった。
段々と加速するタイプではなく、初めから150キロ以上の速度をもって襲い来る氷塊は、的確にリーシャの身体目掛けて飛んできた。
それが理解できていれば、リーシャなら避ける、撃ち落とすなどの行動は可能になる。
……だが。
「魔法陣で魔法を発動させるのが得意ですの♪普段は同じような動作で『氷刃弾』という氷の刃で敵の身体を貫いているのですが……殺傷能力が高いのでこの試合では禁止。『氷塊弾』という先ほどの魔法に変えております」
「……そりゃどうも。つまりはわたしの心臓や顔なんかにあの魔法が当たれば、致命傷と見なされてアンタの勝ちってワケね」
「まあ、お顔だなんて!ワタクシ、そんな残酷な事は致しませんわ。アナタの可愛らしいお顔がワタクシの氷魔法で凍てついて……ああ、考えただけで恐ろしい……っ!!」
しかしそう言うイヴの顔は、にやついたままであった。
氷塊弾を撃ち落としたリーシャの木剣の剣先は、凍り付いていた。
水をかけて冷凍庫で凍らせたように纏わりつき固まる氷は、あと数センチで剣を持つリーシャの握り手まで凍り付いてしまいそうになっている。
イヴは、その剣を見つめるリーシャに告げた。
「ワタクシの氷魔法は、ただ氷の塊を飛ばすだけでは御座いません。触れればその部分は凍り付く……。足に当たれば動きは鈍くなり、手に当たればまともに動かせないでしょう。凍傷というのは恐ろしいもので、サイアクの場合は壊死、なんて事も……。ああっ、それがリーシャ様のかわいいお顔に当たるだなんて、考えたくありませんっ!」
「……。御託はいいから、さっさと攻撃してきなさいよ……!」
いい加減、その態度や言動に腹の立ってきたリーシャは、ギリ、と歯を食いしばって言う。
そしてイヴも、その言葉に反応して……。
「…… かしこまりました♪」
レイピアを再び、円を描くように動かす。
ビュンッ!!ビュンッ!!
またしても、一瞬。
レイピアで描いた空中の魔法陣から氷の弾丸が発射される。
今度はリーシャの腹部付近に狙いを定めている。中段に構えたリーシャからは対応しづらい位置への攻撃だが……。
「ッ!!」
リーシャはそれを瞬時に判断。
左足を一歩後ろに、剣を左脇に下げ、右へと薙ぎ払う。またしても氷塊は撃ち落とされ、滑るように床に転がった。
しかし、次にリーシャの目に映ったのは、既に自分の目の前にきている二つの氷の弾丸であった。
「く、ッ……!!」
避ける。
右半身を前に出して、かろうじて避けた氷塊は掠めるようにリーシャの身体の後ろへ飛んでいった。
しかし、次の瞬間にはまた氷塊がリーシャへと襲い掛かってくる。
正確に身体に当たるように放たれる氷塊弾。既に回避行動をとっているリーシャだが…… 身体を一回転。スケートのジャンプのように飛ぶと、右方向に捻りながら木剣を振り、その氷塊を撃ち落とした。
「あはははッ!!素晴らしいですわ、リーシャ様ッ!! ワタクシの氷魔法にこんなにも対応できる方がいらっしゃるなんて!!」
そう笑いながらも、イヴは攻撃の手を止めない。
レイピアで次々に描く魔法陣からは、氷塊が次々と発射される。
本来であれば杖で緻密かつ正確に描かないと完成しない魔法陣を、イヴは僅か数秒でレイピアで描いている。
それは驚くほど素早く、そして正確。まるで新体操のリボンを操るような動きでレイピアの剣先を動かし、確実にリーシャの身体目掛けて発射される、豪速の氷塊。
絶え間なく襲い来る氷の弾丸を、リーシャは見極め、行動をとる。
回避、切り払い、回避…… その都度、行動パターンを判断して氷塊を身体に当てないように行動し、現に氷魔法は一度もリーシャの身体に触れてすらいない。
――だが。
「……す、すごい、リッちゃん……。でも……!」
マリルはその戦闘を見ながら感嘆の声を漏らすも……表情は不安そうだ。
そしてそれは、ルーティアも同じであった。
「……攻め込めない。これがあのイヴという剣士の戦法という事だな」
数秒で発射準備を完了する氷塊弾。その回避行動をとるだけで精一杯で、リーシャは先ほどから一歩たりともイヴに近づけてはいない。
「よ、避けながら近づいたりは、出来ないの……?ルーちゃん……」
マリルの疑問に、ルーティアは首を小さく横に振る。
「今の二人の距離、およそ10m……。あの距離があり、かろうじてリーシャはあの速度の氷塊に対応できている。この試合、何故こんなにも距離が離れて開始されたのか疑問だったが……成程、お互いのためだったというわけだな」
「……?お互いの、ため?」
「イヴの方は自分の魔法陣を完成させる事ができ、リーシャはその魔法を回避する余裕がある。距離が近ければ……リーシャはあんな風に回避が出来ないかもしれないんだ」
「……!あ、そうか……!あんな速度で撃ちだされる魔法だから……!」
「そう。これ以上リーシャが近づけば、身体に当たる位置も当然近くなり……より氷塊弾の見極めは難しくなる。だからリーシャは、あんな風に近づく事が出来ない」
「じ……じゃあ、リッちゃん、どうするつもりなの!?あの距離でひたすら魔法を回避し続けるしかないわけ!?」
「……うむ……」
未だ途切れない、イヴの迅速の氷魔法。
そして距離を詰められず、回避するしかないリーシャ。
「おそらくリーシャは、攻め込む機会を探っているのだろう。一つは、相手の魔力切れ。あそこまで連続で魔法を使っているのなら、相手の魔力が尽きるのも早いだろう。……しかし……」
「……あっ!!」
ルーティアの心配は、すぐに現実のものになった。
「――ッ!! ぐ、ゥ……ッ!!」
リーシャの脇腹を、氷魔法が掠めた。
瞬間、凍てつく身体。掠めるだけで凍り付きはしないが、その魔法は一瞬にしてその部位の体温を奪うように冷たい。
「うふふふッ……!ついに攻撃を避けきれなくなってきましたわねッ!!」
イヴは、にっこりと笑いながらも攻撃の手を休めない。
「……あ……!!」
マリルが、絶望の表情を浮かべる。
まずは、リーシャの木剣。
既に何度も氷塊を叩き落としたその剣に纏わりつく氷は、粘土をくっつけたように大きく、太くなり……その重量を増していく。
そのせいでリーシャは、回避行動の一つである『切り払い』を出来なくなってきていた。
次いで、リーシャの足元。
ゴロゴロと転がった氷塊が、リーシャの足元に散乱している。
もしも回避をしながらそれを踏みつけたりすれば……体勢が崩れ、最悪の場合転倒する。そうしたら、もうまともにイヴの氷魔法を受けるしかないのだ。
苦悶の表情を浮かべる、リーシャ。
回避の選択肢は、攻撃を受けるうちにどんどん狭められてきていたのだ。
ついに攻撃が掠めるようになってきてしまった、リーシャ。そして、その様子を見て余裕の笑みを浮かべるイヴ。勝敗の天秤は、ややイヴに傾いている事を観客が予見しはじめてた。
「……イヴの魔力切れの前に、リーシャが回避をしきれなくなる、か」
ルーティアはその様子をまばたきもせず見続ける。不安に襲われるマリルは、腕組みをするルーティアの手にしがみついた。
「り、リッちゃん……!苦しそう……!も、もうギブアップしたほうが……!」
「……。かもしれないな」
「じ、じゃあアタシ、宣言するからね!?リッちゃんがケガする前に言わないと……!」
「待て。……もう少しだけ、待ってくれマリル」
「だ、だってこんな状態じゃ勝負はもう……!氷魔法がリッちゃんの顔なんかに当たったらもう……!!」
「……。何か、あるらしいぞ、マリル。リーシャに考えが」
「……え?」
ルーティアは、見逃さなかった。
苦悶の表情を浮かべながらも、口元に笑みを浮かべた……リーシャ・アーレインの表情を。
「……素晴らしいですわ、リーシャ様。こんなにもワタクシ、この魔法を連続で使い続けた事は御座いません」
イヴは、攻撃の手を止める。
それが相手への敬意である事を理解し、リーシャも攻め込んだりはしない。その場に立ち、イヴの方を見据える。
それに、距離を詰めれば相手の思うつぼ。豪速の氷塊の回避が出来なくなる事は、誰よりもリーシャが理解していた。
「……あんた、すごいのね。レイピアで正確に魔法陣を描いて、こんな連続で何度も魔法を撃っても魔力が尽きない……。流石、国の斬り込み隊長をしているだけあるわ」
「お互いさまですわ。本来であれば決着はついている予定でしたが……こんなにも身体能力の高い騎士が……。しかもこんな子どもにワタクシの魔法が避けられ続けて……」
イヴは笑みを浮かべながらも、その目は怒りにも似た表情をしている。
「屈辱も覚えますが、それよりもワタクシ、嬉しいです。この才能ある幼い騎士を、捻りつぶせる事に」
イヴのその言葉に…… リーシャはふっ、と笑ってみせた。
そして、告げる。
「そう。でも多分……無理だと思うわよ」
「……は?」
「もう多分、わたしの勝ちだと思うから」
「……はあ?」
聞き間違いか、とイヴは疑う。
「強がりやハッタリが貴方の戦法でして?言っておきますけど、ワタクシはまだ数十分は氷塊弾を撃ち続けられますのよ。避けるしかない……まして、それすら難しくなっている貴方が、どうやってワタクシに勝つと?」
「初めからあんたの魔力切れなんて狙っていないわよ。もうアタシの戦法は決まっていて、その通りに行動していただけ。その準備が出来たから……親切に、宣言してやっているのよ。有難く思いなさい」
「……なん、ですって……!?」
リーシャは右手の凍り付いた木剣を下げて、左手でイヴを指さす。
その顔は…… まるで、勝利を確信したような、強い笑顔。
そして、観客に、国王に、イヴに…… そして、ルーティアとマリルに言うように、大きく透き通る声で、宣言した。
「この勝負、わたしがもらったわ。今度は、わたしから攻撃する番よ」
「戯言をほざくなァァァッ!!」
かつてない、連続攻撃。
数個、いや、数十の氷塊弾がリーシャ目掛けて撃ち込まれる。
笑顔のままのリーシャは、それらを難なく避けていく。
右へ。左へ。まるでダンスを踊るかのように、流麗に。
そして、回避行動をとりながら……。
リーシャは、ある『攻撃』を、仕掛けるのであった。
ガァンッ!!
「―― え?」
ひゅん、とイヴの顔を掠める、何かの物体。
それは、自分と同じような…… いや、先ほど自分が放ったのと全く同じ『氷塊』であった。
イヴの顔を掠めた氷塊は、そのまま―― イヴの背後にある壁にぶつかる。
勢いよくぶつかった氷塊は砕け散り、キラキラと光りながら道場の床へと零れ落ちていった。
「……むう……!!」
試合を観戦していたフォッカウィドー国王も、思わずうめき声をあげる。
思いもよらなかった、リーシャの『反撃』。その方法に。
「うーん、流石に身体に当てるのは難しいわね。……ま、やってりゃそのうち当たるでしょ」
「な……り、リーシャ……ッ!貴方……!」
「なにせこっちは、『魔法陣』なんて面倒なものを描かなくても攻撃が出来るんだからね。精度は低くても……数うちゃ当たる、ってコト」
「貴方……ワタクシの、氷塊を……ッ!!」
「厚手の靴はいてきて正解だったわ。おかげで、思う存分……」
リーシャは、その右脚を大きく後ろに下げて―― そして、前へと『蹴りだす』。
「この氷の塊をアンタに『蹴れる』んだからねッ!!」
まるでサッカーボールを蹴るように。
リーシャは再び、その氷塊を、思いきり蹴る。
速度こそやや落ちるが、鍛え抜かれた脚力とそれをコントロールする力。そして何より、抜群の運動センスをもって放たれた氷塊は、音を立てながらイヴの方へと向かっていく。
「―― くッ!!」
今度は、イヴの方が、回避行動をとる。自分の顔目掛けて蹴りだされた氷塊を、右に飛び込んで避ける。片膝をついた姿勢で体勢を立て直し、リーシャの方を睨みつけた。
そこには、先ほどまでの余裕のある笑みはない。
笑みを浮かべているのは……リーシャ・アーレインの方だ。
「わざとアンタの氷魔法を撃ち落としていたのよ。わたしが蹴りやすいように、床に転がしておくようにね。アンタはわたしの回避する範囲が狭くなっていると思って喜んでいたんでしょうけど……わたしは、これを利用してやろうと思ったのよ」
「わ、ワタクシが……あなたの、術中に……!?」
「致命傷にはならないでしょうけどね。でも、アンタの手元を狂わせて魔法陣を描くのを遅らせたり失敗させたりするには十分でしょ?……現にアンタ、今攻撃出来てないし」
「ぐ……ッ!!」
「わたし、守りながらとか避けながら戦うの苦手なのよ。だからここからは……わたしがこの戦いの主導権を握らせてもらうわ」
「え……」
「攻めて、攻めて、攻めまくる……!リーシャ・アーレイン本来の戦法にねッ!!」
勢いをつけたリーシャは、再び床の氷塊を思いきりキックした。
「ふざけるなああああああーーッ!!」
蹴りだされた氷を回避。今までにない速度で魔法陣を描き、氷塊弾を発射するイヴ。
それを回避し、回転させた身体の勢いを利用して再び床の氷をシュートするリーシャ。
その氷塊を回避しようとするイヴ。しかし無理矢理回避をして身体をかがめたせいで、魔法陣を描くスピードが数秒遅れる。
隙は逃さない。
リーシャはそれを見極め、姿勢を低くしたイヴに低い弾道のシュートをお見舞いする。
レイピアでシュートされた氷塊を防御するリーシャ。しかしその行動のせいで、魔法陣は描けない。
その応酬は続き、いつしか二人の間には、氷塊が飛び交う試合へと変化していた。
「り、リッちゃん……!!こんな方法が……!!」
「……ここからは、リーシャのターンだな。攻めるのがアイツ本来の戦闘スタイル……既に勝利へのパターンも立てている」
ルーティアの顔にも、思わず安心したような笑みが浮かんでいた。
「で、でも……これじゃあお互いに氷塊をぶつけあってるだけの雪合戦みたいで、どっちも致命傷には……」
決着のつくような試合展開ではない、とマリルは思う。しかしルーティアは、それを否定した。
「リーシャの方は魔法ではなく、単に氷の塊を蹴ってぶつけようとしているだけだ。だが……それは魔法陣を描くより、明らかに速く、連続で撃ちだせている。正確さはないが、イヴの方へ連続で撃ちだされているから――」
『その瞬間』を予知していたような、ルーティア。
リーシャの放った一発のシュートが、イヴの……
レイピアを持つ、右手に命中した。
「あぐッ!!」
強烈な、石のように固い氷塊の一撃を喰らった右手からは…… 思わず剣の柄が離れる。
カラン、カラン。
回転しながらイヴの身体を離れていくレイピア。
「し、しまッ……!!」
慌ててその剣を取ろうとするイヴの隙を、リーシャは逃さない。
獲物を狙う獣のように、真っ直ぐに駆けだす少女。
速く、確実に。
イヴが剣を取ろうと手を伸ばしたその右手目掛けて跳躍をし、そして――。
「ひ、ッ……!!」
イヴがそれに気付いた時には、もう遅かった。
一瞬で10mの距離は詰められ、空中から振り下ろされる、リーシャの氷が纏わりついた木剣。
その刃が、無防備な自分の右腕へと。
思わず恐怖に目を瞑るイヴ。
―― しかし。
ぴと。
「―― え……?」
冷たい。
ひんやりと、自分の右手首の辺りに、冷たい感触があるだけだった。
目を開いたイヴの目に映るのは……。
優しく自分の右手首に触れる凍り付いた木剣と、にっこりと笑顔を浮かべる、まだ幼さを残した少女であった。
「…… わたしの勝ち。強かったわよ、イヴ」
リーシャは、嬉しそうに言った。
フォッカウィドー国王は椅子から立ち上がり、高らかに宣言した。
「勝者、リーシャ・アーレイン!! 第一試合は、オキト国の勝利とするッ!!」
「「「 うおおおおおーーーーっ!! 」」」
決着を見届けた道場内の興奮が、一気に二人に押し寄せるのであった。
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