三日目(1)
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「んー、すがすがしいフォッカウィドーの朝。テラスで運河を見ながら飲むコーヒーのなんたる美味しいことか」
ホテルに一泊をした一同は、晴れやかな朝日を浴びる。
フォッカウィドー国から用意されたホテルはウォルター市街の中心にあり、テラスからは街の象徴たる運河が見渡せるという絶景のスポットであった。
料理も地元の食材を使ったコース料理が振る舞われ、加えて温泉付。このうえない待遇を受けたルーティア達。
広々としたテラスにはテーブル席と、ハンモックが一つ。
朝食を済ませた三人はホテルを出る前にそこで本日の日程を確認する事にした。
「今日はフォッカウィドーの首都、サホロの街にある王国城に到着せねばな。午後には到着するとあちらには伝えてあるが、間に合いそうか?」
地図を広げて問いかけてくるルーティアに、マリルは自信ありげに頷いた。
「街道も整備されているし、そう時間はかからないよ。今八時だから、もう少しホテルでゆっくりしても余裕で着けると思う」
「よーし。じゃあわたし、マンガの続き読むから邪魔しないでね」
ハンモックに揺られながら持参したマンガに夢中になるリーシャ。
「……一体どのくらい持ってきたんだ、お前」
「移動がメインになるって聞いてたし、持ってきて損はないでしょ?気になってたマンガ買いあさってきたんだから暇があるなら読んでるわよ」
「熱心な事で。マリルはどうする?」
「んー。そいじゃ旅立ち前にもう一回温泉入ってこようかな?こじんまりしてて落ち着く温泉で良かったのよねー。ルーちゃんはどうする?」
「軽く街をランニングしてくるかな。この後は移動と王国上の謁見がメインになるだろうし、身体を動かしておきたい」
「……熱心な事で」
三人はそれぞれに活動をする。
今日の午後には首都サホロの王国上で国王との謁見。城にそのまま一泊して身体を休め、交流試合は翌日となる。
詳細は、まだ聞かされていない。
どんな試合形式なのか。誰と試合をするのか。どんな目的があるのか。
ルーティアとリーシャは、単なるフォッカウィドー国とオキト国の交流試合という事しか知らないのだ。
――
鳥車はゆっくりとスピードを緩め、やがて停車する。
ルーティア、マリル、リーシャの順で三人は道に下り、そして見上げた。
「……ひゃー……」
マリルが感嘆の声を嬉しそうにあげる。
サホロの街はフォッカウィドーでもかなりの近代化をあげた都市ではあるが、その国を治める城はそれとは逆の形をとっていた。
それは、観光名所ともなるであろう、歴史的な建造物。赤レンガをくみ上げた大きな城だ。
「異国情緒があるわね~。これがフォッカウィドー城……この国を治める拠点ってワケね」
「随分オキト国と雰囲気が違うな。流石最北の地の城だけはある。立派な建物じゃないか」
ルーティアの言葉にマリルも頷く。
「築200年。諸外国の建築技術を取り入れた、当時としては最先端の建造物だったらしいわ。今でもその赤レンガで積み上げられた外壁は健在……古さを微塵も感じさせない、レトロモダンな作りよね~」
「レトロモダンってなんだ?マリル」
「古い作りの中にも先端技術や独特のデザインが息づいている事よ。厳密には違うんでしょうけれど、まあ古き良き時代を感じさせる建物、って意味かな」
「なるほどな」
古さの中の新しさ。ルーティアはその建造物の辿った歴史をなんとなく想像しながら、その城を見つめた。
二階建ての洋館にも似た建物で、オキト国と比べればかなり小さな城ではある。この建物がオキト国の数倍もある大陸の全てを治める拠点となっているというのは俄かには信じられない話ではあるが……とにかく、事実である。
時刻は正午。予定の時間ぴったりにはこの場所に到着出来た。
ガアを城付近の駐車係に預ける手続きをするマリルと離れて、ルーティアとリーシャはフォッカウィドー城を見つめながら話す。
「長い旅だったな」
「何いってんのよアンタ。旅が終わったみたいじゃん、これからでしょ?交流試合は」
「ああ、そうだな」
「……緊張、してる?」
少し不安そうに顔を見上げるリーシャに、ルーティアはふっ、と笑って見せた。
「少しな」
「アンタでも流石に緊張するのね」
「国の代表としてここにいるのだからな。無様な試合は出来ないし、背負っているものへのプレッシャーは感じている。威信と、名誉……なかなかに肩がこる」
「……そう、ね」
その言葉を噛みしめると、リーシャも不安になるのだろう。二人の騎士は、オキト国の代表としてここにいるという事実を。
しかしルーティアの顔は、笑顔のままだ。
「だが、わくわくしている」
「え?」
「異国の地への旅。これからも続く新しい事への発見への楽しみ。……そしてそれは、交流試合でも同じだ。出会った事のない技や、相手の流派。自分の剣がそれにどこまで通用するのかと思うと、わくわくするな」
「……ルーティア、あんた……」
「楽しくいこう、リーシャ。旅も、試合も、楽しんでこその休日だ。国の威信は二の次、まずは自分が出来る事をしっかりやって、解放するのが大切だ。自分を思いきり出してやろう、この地で」
「……そうね!……へへ、ありがと。ルーティア」
「……!ガラにもないな、リーシャ。礼を言われるとは思わなかった」
「あ!」
緊張していた自分が解れた安心感か、ついにっこりと礼を言ってしまったリーシャは、慌てて自分の口に手を当てた。
「わ、忘れろ!今のなんでもないから!アンタに礼なんて一言も言ってないからね!」
「努力はするが、マグナへの土産話として持ち帰るまでは覚えておこう」
「やーめーろーよー!!」
わたわたするリーシャに、笑うルーティア。
そんな二人の様子を、駐車処理を終わらせたマリルはしばらくにやにやと見つめていた。
――
「遠路はるばる、よくきたのう。オキト国の精鋭達よ」
謁見室の壇上の椅子では、フォッカウィドー国王が跪く三人を見下ろしていた。
先頭に立つルーティアは膝をついた形で一礼をし、顔を上げる。
「お招きいただき、光栄です、国王。オキト王国騎士団、ルーティア・フォエルとリーシャ・アーレイン。そして王国魔術団のマリル・クロスフィールドに御座います」
ルーティアの声に合わせ、一歩後ろにいる二人も一礼をする。
「よいよい。堅苦しい挨拶は抜きにしようではないか」
「では、失礼を」
ルーティアは立ち上がり、それを見て後ろの二人も真似をするように立つ。
壇上の国王に聞こえないように、リーシャはマリルにひそひそと声をかけた。
「ねえねえマリル。あれが、フォッカウィドーを統べる王様なのよね。さっき話してた」
「?そうだよ、リッちゃん」
「確かさっき鳥車で噂話してた時には、王様の圧倒的なカリスマと戦闘能力でこの未開の大陸を開拓したとかって」
「そうそう。すごい王様だよねえ。47の国のうち最も大きな領土を持つ国の、しかも大陸の開拓を自ら行った王様なんてさ」
「…………そうは、見えないんだけど……」
疑いの眼差しで、リーシャは壇上の国王をじっ、と見る
しわがれた声に、白髪。白くて長い眉毛は眼を隠し、たてがみのように伸びるのは口を覆うヒゲ。腰は折れ曲がり、杖をついて座るのがやっとに見える……「お年寄り」であった。
「フォッカウィドー開拓が国王が30代の時。国王として君臨したのが40歳……そしてそれが40年前の話だから、今は80歳くらいかな、王様」
「……武人だったって話はオキト国でも聞いてたけど、まさかあんなお爺ちゃんになっているとは思ってなかったわ……」
「ま、まあ、輝かしい武人としての歴史はあるわけだし、立派な人には変わりないよ」
「……うーん」
がっかりしたような、歴史の生き証人を見たようで感動するような、複雑な心境にリーシャは捉えられた。
そんな二人のヒソヒソ話を知ってか知らずか、立ち上がったルーティアは壇上の国王と談義を始めている。
「魔導フェリーでの旅は快適だったかのう?ルーティア」
「ええ。チケットをいただきありがとうございました。貴重な体験をさせていただきました」
「ふぉっふぉっ。それは良かった。わざわざオキト国から交流試合に出向いてもらったのだ、快適に過ごしてもらわねばな」
「お心遣い、感謝致します。……それで、国王。試合は明日という事で間違いないでしょうか?」
「うむ。今日は城内の宿泊部屋でゆっくり身体を休めてくれ。試合は明日の十時から、この城地下の道場で行うから、それまでは城の設備は自由に使ってくれて構わん」
「ありがとうございます。試合の形式などは、明日に説明をいただけるのでしょうか?」
「そうじゃな。……ああ、そうじゃ」
思い出したように、国王はポン、と手を叩いた。
「交流試合に参加する戦士は三人、既にこちらからは選抜しておる。今は明日のために調整をしておるところじゃ。……それで、じゃ。オキト国側は、交流試合をする『順番』を決めてほしい」
「……と、言いますと?」
「ただ事務的に練習試合をしてもつまらんじゃろう。明日の交流戦は三対三の『勝ち残り方式』にしようと思うのじゃが、いかがかな?」
「え」
先ほどからのフォッカウィドー国王の言葉に、マリルの目が点になる。
そしてマリルはルーティアの横に出て、国王に問うた。
「あ、あの……王様?オキト国からは、交流試合に参加するメンバーの詳細などは聞いておられますか?」
「いや。ただ、国の精鋭『三人』を派遣すると伝書鳩で伝え聞いておるぞ」
「さ……さん、にん……?」
交流試合をするのはてっきり、ルーティアとリーシャ、二人だけだと思っていたマリルは困惑した。
「あ、あの……その情報には少し誤りがありまして、その……アタシは……!」
「マリル、と言ったな。そなたもオキト国の優秀なる魔術師の一人なのだろう?どのような法術を使うのか、実に興味深いぞ」
国王はにこやかに微笑みながら、自慢のヒゲを右手でふさふさと弄った。
「ち、違うんですっ!あの、その、アタシはですね……付き添いで……!」
「謙遜するでない。47の国の中でも最も魔法研究の進んだオキト国の魔法使いなのじゃ、期待しておるぞ、マリル・クロスフィールド」
「え、あ、え……」
満足げに言うフォッカウィドー国王の様子に、次第に言葉を失っていくマリル。オキト国の魔法使いの「代表」として勘違いをされているという立場が、重くのしかかって否定が出来なくなってきてしまっている。
目を泳がせるマリルの肩をポン、とルーティアが叩いて、告げた。
「承知しました。それでは明日の交流試合は、三対三の『勝ち残り方式』で行われるのですね?」
「え……!」
自信たっぷりに言うルーティアを、呆然と見つめるマリル。
フォッカウィドー国王は深く頷いた。
「一人が勝てば、そのまま次の選手と戦ってもらうという形式になる。二つの国の戦力差を測る意味もあるのでな、このような試合にさせてもらった」
「つまり……状況によっては、どちらかの国の選手一人で、相手の国の三人を倒す、というケースもあるという事ですね?」
「ふぉっふぉっ。ルーティアよ、随分と自信があるようじゃな?」
深い眉毛の底から覗く、鋭い王の眼光。しかしルーティアは軽く首を横に振った。
「とんでもございません。フォッカウィドーの国の精鋭に、私が敵うかどうかが心配なだけでございます」
「……ふふ、面白い騎士じゃの。ルーティア・フォエルよ」
王は目をまた白く大きな眉毛の奥に潜ませ、玉座に座りながら右手を三人の方に差し出し告げた。
「今日はゆっくりと身体を休め、明日の試合に臨んでほしい。期待しておるぞ、オキトの騎士、ルーティア、リーシャ。そしてオキトの魔導士、マリルよ」
「はい」
ルーティアは自信ありげに微笑んで頷く。
「……」
リーシャはどう表情を作ったり返事をしたりすればいいか分からず、ただ無表情で頷く。
「……あ、え…… お、おまかせ、くださいっ!」
そして、その場のノリでただただ威勢よく返事をするしかない、マリルであった。
――
「どーしてあんなコト言ったのよ、ルーちゃんっ!」
その夜。
三人の泊まる宿泊部屋で、マリルはルーティアに詰め寄った。
赤絨毯の敷かれた広い部屋には大きくてふかふかのベッドが三台。装飾の施された化粧台や椅子などのインテリアはどれも豪華で華々しい。客人をもてなすための部屋だ。
白く輝くいかにも高級そうなテーブルをバン、と叩いて椅子から立ち上がって叫ぶマリル。状況 が状況だけに、珍しく荒ぶっている。
ルーティアは腕組みをして、薄く微笑みながらマリルに言った。
「オキト国から、フォッカウィドー国にマリルの話が伝わっていなかったのは理解できただろう?」
「そうねっ。おかげでアタシはオキト国でも選りすぐりのエリート魔法使いってコトになっちゃったけどねっ」
怒りの矛先をルーティアに向けるマリルだが、ルーティアは微笑みながらも表情は真剣だ。
「何かの手違いかもしれんが、こちらの国王に話が伝わっていないのは事実だ。では……マリルの事は、こちらからどう説明すればいいと思う?」
「う。……そ、それは……旅行コーディネーターとか、旅先案内人とか……」
「そんな大きな魔法使いの帽子や黒のローブを着こんでいてか?それに既にマリルは国の『精鋭』としてここに来ていると伝わっているんだぞ」
「うう……」
「手違いだと説明するのはいいが、私は初対面のあの国王がどんな態度に出るのか分からん。情報が間違って伝わっている事が分かっているのは私達だけだ。もし交流試合に来た『精鋭』が二人だけだと知れたら……最悪のケースだって起こり得るかもしれないんだ」
「さ、最悪って?」
「外交問題。こちらが招いたのに手違いの人員を寄越すとは何事だ、という具合にな。まあそれは最悪のケースだとしても……今回の交流試合が無かった事になる可能性だってあるんだ。フォッカウィドーの交流試合の選手は、既に三人手配されているのだろうしな」
「……ううう……ま、まあ、そうかも、しれないけど……」
ルーティアがああいう態度に出るしかなかったのも仕方なかった、という事が段々理解できたようで、マリルは椅子に座り直して肩を落とす。
そのマリルに今度はルーティアが椅子を立って近づき、肩をポン、と叩いた。
「幸いだったのは、試合形式だ、マリル。私がお前の正体を明かさなかった理由はそこにある。勝ち抜き方式の試合……つまりは、マリルが戦わなくて済む可能性があるという事だ」
「え……?」
顔を上げてルーティアを見るマリル。
そこへ、奥のドアから部屋に戻ってきたパジャマ姿のリーシャが髪をバスタオルで拭きながら歩み寄ってきた。
風呂上りの湯気を立ち上らせながら、二人が座るテーブルの空いている椅子に座りマリルとルーティアを見て言う。
「つまりは、わたしとルーティアでフォッカウィドーの選手三人を倒せばいい、っていう話でしょ?」
リーシャの顔に緊張感はなく、ただただ風呂上りのサイダーの美味しさを感じているだけの様子だ。
そしてそのリーシャの言葉に、ルーティアが頷く。
「そうだ。国王は試合に出る『順番』を決めておいて欲しいと言っていたから……私かリーシャが一番手で出て、出なかった方が二番手で出ればいい」
「つ……つまり……アタシが、大将、ってコト……?」
「そうなるわね」
にっこりと笑うリーシャ。
マリルは絶望にも似た表情をリーシャに向ける。
「そ……そりゃあルーちゃんとリッちゃんの強さはアタシも重々知ってるけど……さ、流石にフォッカウィドーの精鋭三人を二人で勝ち抜けるっていうのは……む、難しいんじゃないの?」
「でしょーね。ま、その時は大将として頑張んなさいよ、マリル」
「は……恥さらしに、ならない……?アタシの実力で……」
「なるでしょうね、あはは」
「リッちゃん、なんでそんな無邪気に笑えるの……!?」
そんな会話をするマリルとリーシャの間にルーティアが入って、もう一度、マリルの肩を叩く。そして顔は、リーシャの方に向けた。
「さっきも言ったが、マリルが国の代表選手ではないという事は無礼に値するかもしれない。あちら側に悟られないよう……私達二人で、あちらの選手三人を倒すんだ。いいな、リーシャ」
「わかってるわよ。……ま、わたしが三人とも蹴散らせちゃうかもしれないしね」
リーシャは両腕を頭の後ろに置いて、余裕の表情を浮かべる。
しかし、鋭い眼光をルーティアに向けた。
「で、アンタとわたし。どっちが先鋒で出るのよ?」
ルーティアは腕組みをして真剣な表情に戻る。しかし首を傾げて……リーシャに聞いた。
「じゃんけんでもするか?」
「いいね。そうしましょ」
その二人の様子を見て、マリルは再び慌てた。
「ちょ……ちょっと!?アタシの立場がかかってるのよ!?二人とも真剣にやってくれない!?」
しかしそのマリルの言葉は二人には届いていないようで、ルーティアとリーシャは……。
「「 じゃーんけーん、ぽん。 あーいこで、しょっ。 あーいこで、しょっ 」」
楽しそうに、手を出しあうのだった。
「…… 誰か、助けて、ください……」
マリル・クロスフィールドは、最北の地でなにものかに向けて祈りを捧げるのだった。
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