一日目(2)
――
そして、小一時間後。
船のエントランスで合流をした三人は、その船内を見渡す。
まるで、豪華ホテル。
巨大な螺旋階段が伸びる吹き抜けのフロアは無数の照明が明るく照らし、ここが船内である事を感じさせない。
1~3階はガアの収容スペースや、積み荷の置き場所。4~6階が乗員たちの過ごすスペースとなり、今いるエントランスも4階から6階までの吹き抜けとなっている。
巨大な船の船内は、外から見るより更に広く大きく感じる。
行き交う人々は貴族のような恰好をした紳士淑女。身に着けた服も貴金属も高価そうなものばかりだ。
かと思えば子ども連れのファミリーや、筋骨隆々の男性の姿も目立つ。おそらくはリーズナブルな部屋に泊まる層や、ガアに積み荷を乗せて大陸から大陸へ運ぶ運送屋など、色々な人々が混じるのであろう。
船の中は、一つの街のような喧噪と明るさを生み出していた。
「はええ……」
思わず感嘆の声を漏らすリーシャ。
「え、えーと……この船にどれくらい乗るんだっけ?」
「フォッカウィドーの港町に到着するのが、明日の朝の四時半ね。十二時に出向だから……十六時間くらい乗る事になるのかな?」
マリルの答えに、リーシャの口は半開きになりっぱなしだ。
「……三日乗ってろって言われても全然過ごせるんだけど、わたし。なによココ……すごく綺麗だしオシャレだし……本当に船の中で、海を走るの?コレ……」
「とーぜん!ふふふ……優雅な船旅がアタシ達を待ってるのよー♪どう?ルーちゃん」
マリルの問いかけに、ルーティアは思わず笑顔になって答える。
「……マリルと色々な場所で休日を過ごしてきたが……スケールのでかさは今までで一番だな。移動まで、楽しみになるとは……」
「いいこと言うねー、ルーちゃん。いやー、王様も粋な事してくれるわよねー♪こんな豪華な船旅でフォッカウィドーまで交流試合に行くなんて……最高じゃない!」
「この後はどうするんだ?マリル」
「もちろん、本日のお宿……客室を探訪するわよー!セミスイートの和室!どんな部屋か見てみましょー!」
ハイテンションなマリルの呼びかけに、思わず同じくテンションの上がるルーティアとリーシャも「「おー!」」と答えた。
――
「 …… なに、ココ…… 」
また目が点になるリーシャ。
受付で渡されたキーを回して、三人は今日泊まる船室へと入る。
五階に位置するセミスイートの和室。
そこはまるで……船とは思えない、一つの立派なホテルの部屋だった。
入り口から入ると目に付く、鮮やかな緑の畳。それが広々、六畳も広がっている。
横についている扉を開けばそこは、バスルーム。白い大理石の浴槽と、黒石造りの床。トイレも併設されたユニットバスだ。
押入れまでついており、中にはふかふかした敷布団が三つに羽毛の掛け布団が三枚。枕も当然ついている。
そして部屋の奥には何やら重たそうな扉が一つ。
そこを開けると……。
「て…… テラス……ッ!?」
眩しい太陽が差し込む、テラス。
眼前には広く、どこまでも続く海が広がる。涼しく爽やかな潮風が頬にかかり、海の香りを感じさせた。
「……ち、ちょっと……すごすぎるわね、コレ……。マジでこれタダで乗っていいのかしら……」
流石のマリルもここまでの部屋を想像していなかったようでにやけ顔を止めるのに必死だ。
「……これでセミスイートなんだろう?スイートルームって一体、どうなってるんだ……」
ルーティアも腕組みをしたまま驚き、固まっている。
テラスに集合する、ルーティアとマリルとリーシャ。
船の中とは到底思えない本日の宿に、興奮を抑えきれなくてうずうずとしている。
三人の気持ちは、一つだった。
それは……。
マリルが、その気持ちを代表して告げた。
「それじゃあ……船の中の探検を始めるぞー!!」
「「 おおー!! 」」
さっきからずっと、探検隊のようなテンションになる三人だった。
――
魔導フェリーの船内は、まさに小さな街であった。
ルーティア達の宿泊する個室は4~6階にそれぞれあり、ランクが違う。
6階にはスイートルーム、5階にはセミスイートや一般客室、4階には仕切りのみ存在するカプセル型のベッド部屋など、料金によって部屋のタイプも様々にあるようだった。
宿泊部屋は基本的に船の船首側半分に存在し、後方の半分は船内施設が点在している。
レストランは安価のメニューを選択し注文するタイプのものとグリルと呼ばれるコース料理を提供するタイプのものに分かれ、好みや財布の事情に応じて選択できる。
それ以外にもカフェスペースで軽食を注文する事も可能で、船内のカフェタイムには飲み物でリラックスした優雅な時間を過ごすのもいいだろう。
乗客用の売店も存在し、大きさは小さな城下町の店となんら変わらない大きさ。土産だけではなく酒類やつまみ、菓子などもここで購入し部屋で楽しむ事が出来る。
それになんといっても、この船の目玉は……。
「暖簾、という事は……」
6階で発見した、青と赤の暖簾に気付くルーティア。リーシャもそれに反応する。
「お風呂があるってコト!?」
うんうん、とマリルが頷きながら説明する。
「この魔導船の売りの一つよ。大浴場があるの。しかも小さいながらも露天風呂やサウナも完備。露天では海路を進むところを見ながら潮風を楽しむお風呂……という唯一無二の体験が出来るってワケよ。くー、今から楽しみー!」
「部屋にもバスルームがあったが、大きな風呂に入れるのも素晴らしいな……。どちらを利用するべきか」
「いっそ両方使っちゃうのがいいと思うよ。なんせ到着は明日の早朝。出港してからは船旅のゆったりした時間を自由に過ごせるんだから」
「なるほど……」
自由な時間。
言いようによっては船内に「拘束される」とも捉えられるが、逆をいえば限られた時間と場所の中で時間を「どう使うか」という楽しみにも変換出来るわけだ。と、ルーティアは考える。
風呂。売店。レストラン。更にこの船にはゲームコーナーや広々としたオープンデッキも存在し、過ごし方には困らないだろう。
「あと20分くらいで出港ね。どうするの?マリル」
リーシャはエントランスの時計を見上げてマリルに聞いた。
マリルは腕組みをしたまま人差し指を立てて二人に告げる。
「なにか希望があるならそっちを優先するけれど、アタシの考えた出港の時間の過ごし方、聞きたい?」
「ああ」
「ここは休日マスターサマに任せるわよ」
ルーティアとリーシャの同意を得て、マリルは「ありがと」と小さく言って話を続けた。
「アタシのプランとしては……まず、売店で買い物。そいで部屋に戻って、出港を待つ」
「え。部屋に戻るの?それに買い物って、何を?」
「ま、ま。話を聞いてよ。それで納得できたのなら、出港はこのプランで決まりってコトで」
マリルは二人に一歩近づき、自分のプランの説明を始めた。
――
「「「 かんぱ~~~~いっ!!! 」」」
大きな汽笛の音に合わせて、ルーティアとリーシャとマリルは自分の持つ缶を合わせる。
先ほど見た、自室のテラスに戻った三人。
手には売店で購入をした飲み物。
マリルはフォッカウィドーの地産ビール。ルーティアはアルコール度数の少ない果物系チューハイ。リーシャはこの船特製のサイダーだ。
喉を鳴らして、それらを飲む女子三人。
同時に巨大な魔導フェリーはゆっくりと、大海原へと進みだす。
港を離れ、大きな波飛沫を立てながら海を進みだす船。
段々と速度を上げ、カモメと並走をするフェリーのテラス席から、その景色を眺める。
あっというまに港から、そして大陸から離れていく魔導船。心地よい潮風と波の音を聞きながらその絶景と共に飲む冷えた飲み物は、格別の味だった。
「くああああ~~っ!!アタシの夢だったのよ~、船のテラスでお酒飲むの!しかも出港しながら飲むなんてサイコーっ!!」
「いい提案だったな、マリル。やはり休日マスターには従っておくべきだ」
「ううう、ありがとねルーちゃん、リッちゃん……アタシの夢に付き合ってくれて……」
既に缶の半分を飲み干しているマリルの顔は、実に幸せそうな顔だった。
ルーティアはテラスの柵に両肘を乗せながら、離れ行く大陸を眺めている。その隣に、リーシャも寄ってきた。
「……いい景色だな」
「ホントね。今まであの大陸にいたのが、あっという間に今は海の上、かぁ……。なんだか現実感ないわねー」
「……ああ」
「……不安?ルーティア」
潮風に乱れる髪を左手で抑えながら、リーシャが聞く。
少し考えて……ルーティアは首を小さく横に振った。
「いいや。国の事も、これからの事も……全ては、私達を信じてくれる人達が、作ってくれた機会だ。だから私も、その人達を信じる事にした。だから不安はないよ」
「そ。良かった。アンタが不安がってちゃ、折角の旅も思いきり楽しめないものね」
「リーシャはどうなんだ?不安か?」
「……ちっとも。優秀なマグナが国を守ってくれてるからね」
「……ああ、そうだな」
二人の女騎士は、離れ行く大陸を微笑みながら見送った。
「……ぷは~っ!飲み切った~!マリル、次ハイボール缶いきま~すっ!」
「早っ!あのねえ、ちょっとは情緒に浸りなさいよアンタ!」
「浸ってるからこんなにお酒がすすむんじゃな~い。景色が最高のおつまみよ~、むふふふふ」
「……どうなっても知らんぞ」
赤ら顔で缶を開けるマリルを、呆れ顔で笑うしかないルーティアだった。
――
「さ~、お待ちかねランチタ~イムッ!」
船内のレストランに移動をした三人。
出港が12時という事もあり、昼食をとる乗客は多い。
だが船内にはレストラン、グリル、カフェに加えて売店で買ったものを客室やデッキで食べるという選択肢もあり客が分散され、どこも混雑はしていなかった。
テラスで優雅な出港の時間を過ごした三人は、少し遅めのランチタイム。
ここのレストランはカウンターで料理を注文。サイドメニューや飲み物を取り、最終的にトレイに乗った全ての料理の値段を計算して支払って席につくというスタイルだ。
ルーティア達は思い思いの料理を自分のお盆に乗せて、レストランから外に出る。
レストランの中だけではなく、外に出たオープンデッキに設けられた席で食事をとる事も可能である事から、三人は外で昼食をとる事にした。
マリルは特製のカツカレーとミニサラダ。それに……あれだけ飲んだというのに、ハイボール。
リーシャはフォッカウィドー名物の塩ラーメン。たっぷりと乗った岩海苔と蒸し鶏が特徴のさっぱりとしたラーメンだ。
そして、ルーティアは……。
「……アンタ、朝食もかなり食べてたわよね。……なにその量……」
「一応、名物は網羅しておこうと思って」
「家族で食べるボリュームよソレ。お一人様用とはとても思えないんだけど……しかも食べ合わせ無茶苦茶だし……」
リーシャが呆れるのも無理はない。
トレイを二つ、両手で持ってきたルーティアの料理は……。
フォッカウィドー名物の、ザンギと呼ばれる鳥のから揚げ定食。更に名物のブランド豚の豚丼。
そして小鉢にはミニサラダ、冷奴に……マグロの刺身に、いかそうめん。
揚げ物に焼肉、野菜に刺身に豆腐ととても一人で食べる量とは思えない無茶苦茶なセレクトと量であった。
「うーむ、流石ルーちゃん。早くもフォッカウィドーの名物を堪能しようとは、やりおるのう弟子よ」
「ありがとうございます師匠」
感心したように頷くマリルに微笑んで頷くルーティア。
「……初日から網羅してどうすんのよ。まだフォッカウィドーに入ってすらいないからね、言っておくけど」
目を合わせず、自分のラーメンを呆れながらすするリーシャであった。
――
「ふ~、流石に満腹だな」
「アレで満腹じゃなかったら恐ろしいわ」
満足そうに歩くルーティアにツッコミを入れるリーシャ。
昼食を終えた三人は、レストランから出てエントランスを歩く。
「さ、この後は自由時間よ。各々好きな事しましょうよ。どーする?リッちゃんは」
マリルが聞くと、リーシャはうーんと考えて。
「それじゃあ……わたしはオープンスペースで本でも読んでようかな?」
「お、いいねえ。潮風を浴びながら読書。何読むの?」
「ふふふ。こんな事もあろうかと、沢山持ってきたのよ……マンガ」
「ま、マンガ持ってきたの、リッちゃん……」
「この前クルシュと一緒にマンガ喫茶に行ってからすっかりハマっちゃってね……。この日のために本屋さんで読みたいマンガ沢山買ってきたのよ。海風と波の音を聞きながらのマンガタイム……至福だわ」
怪しく微笑むリーシャ。そういえばリーシャのバッグがなんだか自分より多い気がしたのも納得するマリルだった。
続いて、ルーティアにもマリルは質問する。
「ルーちゃんはどうするの?」
「トレーニングルームが船内にあったな。あそこに行こうと思う」
「た、食べたばっかりだよ?もう運動するの?」
「私は基本いつもそうだ。食事をした後でもすぐ動ける訓練も兼ねているからな。ランニングマシンがあったから一時間ほど走ってこようと思う」
「……立派な事で……」
「マリルはどうするんだ?」
「私は……部屋で海でも見ながらのんびりお酒とおつまみ楽しんでようかな~、と」
「……まだ飲むのか」
「あはは、もうこうなると止まらないのよね~。……あ、じゃあルーちゃん、トレーニング終わったら一緒にお風呂行かない?」
「お、いいぞ。リーシャもどうだ?」
ルーティアが誘うと、リーシャも頷いた。
「それじゃあ一時間後に部屋に集合ね」
「うむ。それじゃあ、とりあえず別行動だな」
三人はエントランスでそれぞれに分かれ、船内の時間を楽しむ事にした。
――
「ふいいいいい……。さいっ、こう……♪」
時刻は、15時。
風呂に入ろうとする乗客も少ないのか、船内の露天風呂には三人以外誰もいなかった。
耳に聞こえるのは、海を進む船が水をかきわける波しぶきの音。
風が風呂でのぼせそうな身体を適度に冷やしてくれ、無限にお湯を楽しめそうな気分になる。
見渡すのは絶景。午後の太陽が海面を照らし、キラキラと宝石のように輝く海。
どこまでも続く水平線。底の見えない、美しいマリンブルー。
こんな露天風呂は、三人とも生まれて初めてだった。
「……船旅をしながら、露天風呂を楽しめるなんて思ってもいなかったな。改めてものすごい船だ」
ルーティアは自分の頭の上にある煙管を見上げながら嬉しそうに呟いた。
「昼の三時にお風呂入る事なんてないからねー。なんだか贅沢な時間の使い方ー、って感じだよねー」
マリルは湯船に浸かり、海面を見つめながら言う。
船で出来る事は多いようで少ない。
基本的には食事や酒を楽しむ以外は読書やトレーニングルームやゲームルームなどでの気分転換くらいのもので、あとは持参したもので読書や趣味のものを楽しむくらいのものだ。
だが、それがいいのだとルーティアは思った。
自分の身の周りが物で溢れていると、知らず知らずのうちに自分はその物に対して何らかのアクションを起こしてしまう。
仕事であったり、勉強であったり、鍛錬であったり……自分の時間をどう使うかに囚われてしまい、何もしていない事がまるで罪のように思えてしまうのだ。
船での時間の使い方は、逆だった。
限られた場所、限られた物、限られた時間。
そこで何かに囚われるのは、勿体ないという気分になる。
到着は、明日の早朝。
それまでどんな時間の使い方をしよう。
身体を休めるのも、ぼーっと海を眺めるのも、好きな物を食べるのも、軽く運動をするのも、罪ではない。
船の中に、自分を捕まえる仕事や債務観は存在しない。どんな風に過ごそうと、思いのままなのだから。
「んー、こんなに羽伸ばしてるの久しぶりかも。ゆっくりマンガ読んでお風呂入って……あー、あがったらおいしそうなアイスでも売店で買っちゃおうかなー」
露天風呂の中で、リーシャが気持ちよさそうに伸びをする。
その様子をマリルはじーっと見つめて。
「……ううむ、リッちゃん。初めて一緒にお風呂入ったけど……」
「……なによ、マリル」
「十代の肌というのはどうしてこうぴちぴちと潤っておるのかのう……。実に神秘的じゃ……」
「わ。ち、ちょっと……なにすんのよっ」
リーシャの腕をとって、マジマジとその肌の質感を見るマリル。ぷにぷにと二の腕を摘んだり、すーっと指を這わせてみたり。
「んひぃぃっ!く、くすぐったいってばあ!あはははは!」
「……はあ。アタシにもこんな時代があったのよねえ……」
「いいじゃない。マリル、まだ二十代なんだし。そんなに老けてみえないわよ」
「……慰めになってない……」
ぶくぶくとお湯に口を埋めて泡を出すマリル。
そんな様子を見て、湯船に足だけ入れているルーティアは笑顔で溜息をついた。
「ま、リーシャはまだ発達の途中だしな。肌は綺麗でも、胸のほうは、な」
「ぐむむ」
リーシャは湯船に肩を入れて、自分の胸を恥ずかしがって隠す。
そしてじっ、とマリルとルーティアの胸元を見て……。
「……。二人とも、いつぐらいから大きくなったのよ」
「リーシャくらいの歳の頃に大分、かな」
「……!!」
リーシャに電流走る。
「じゃ、じゃあわたし、かなり小さめってコト……?」
ショックを受けるリーシャにマリルがお湯の中を進んで近づいて、肩をぽんぽん、と叩いた。
「大丈夫よ、リッちゃん。小さい事が悪いとは限らないから」
「……どういうコトよ」
「色々な世界が世の中にはあるの。この海のように果てしなく広い世界が、ね」
「なに壮大な話にしてるのよ」
三人は露天風呂に浸かりながら、優雅(?)な時間の会話を楽しんだ。
――
「……ふう」
時刻は、あっという間に夜。
三人は夕食を終えて、部屋に戻ってきた。
灯りのついた和室に、協力をして三人分の布団を敷いた。
テラスに一人でいるルーティアがちらりと見ると、窓からは室内で談笑をするマリルとリーシャが見える。
時刻は20時。船の到着時刻が朝の4時半である事から、そろそろ布団に入らなければならない。
寝る前に夜風を浴びたくて、ルーティアはテラスに出ていた。
片手には売店で買った暖かい紅茶。やや寒い外の海風に、暖かい飲み物を飲むこの時間もまたたまらなく心地よかった。
船旅。
そしてこれから行く場所は、未知の大陸。
初めての大地。初めての道のり。初めて歩く街。初めて出会う人々。
そして、待っているのは……交流試合。
自分の腕が、フォッカウィドーの地でどれほど通用するのか。
不安はない。むしろあるのは、楽しみだった。騎士としての血が騒ぎたつ、戦いへの渇望。
……だが。
「……フォッカウィドー、か」
美味しいものに、どれだけ出会えるだろう。
綺麗なものを、どれだけ見れるだろう。
旅の先にあるものに、つい胸を躍らせるルーティア。
随分と自分も変わったものだな、と自嘲気味に笑う。
部屋への重いドアを開けると、マリルが笑顔で迎えてくれた。
「夜風、気持ちよかった?」
「……ああ。少し寒いが、身が引き締まったぞ」
「身体、冷やしすぎないようにね。なんならちょっとお風呂いってくれば?」
「そうするかな。……なんだ、二人でトランプしてたのか?」
マリルとリーシャの手には、5枚ほどのトランプ。
どうやらババ抜きをしているらしく、リーシャは真剣な顔をしてマリルの持つカードのどれを取るかを悩んでいた。
「……ぐむむむ……」
「ほらほらー。悩んでないで早くとりなー?リッちゃん」
「うっさいわね……!……アンタの事だから絶対意地の悪い事企んでるんでしょ……」
「べつにー?考えすぎじゃないのー?」
リーシャはマリルの持つカードに手をかざしながらぶつぶつと呟く。
「……普通なら絶対に真ん中にジョーカーは置かない。でもマリル、アンタだったら絶対に裏をかいて絶対真ん中を引かせようとする。でもわたしはその裏の裏をかいてその両隣のどちらかを……うううう……」
「頭フットーしてるよリッちゃん」
「……ううううう……。ええいっ、コレよっ!!」
リーシャが引いたそのカードは、5枚のトランプの右端。
そして、そのカードは。
「あっ」
ルーティアがそう言った時には、既に。
ジョーカーは、リーシャの手の中にあった。
「……うわーん!!」
普段は見れない悔し泣きを見せるリーシャ。
人のなかなか見れない表情を見れるのも、旅の楽しみの一つなのだろう、とルーティアは思った。
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