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【完結】最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。  作者: ろうでい
特別章 女騎士さん、北へ 《フェリー旅行》
52/121

前日(1)

――


「……そ、それじゃ、いくよ、ルーちゃん」


「ああ、いつでもいいぞ」


 ここは、城の中庭。

 頑丈な造りの壁に囲まれた正方形のスペースには、一面芝生が敷き詰められている。

 天空に伸びるようにそびえたつ城の外壁により日光は遮られ、休憩スペースには向かないがここで訓練を行う兵士も多い。


 マリルは、持っていたヒイラギの木の杖を地面に刺し、片手にもっていた分厚い魔導書を開く。

 ページにびっしりと書いてある細かくて小さな文字を指でたどりながら、その文字をゆっくりと読み上げていった。


「えーと……我、風の精霊に願う。吹きすさぶ風は刃。んーと、真空の刀にて悪を切り裂き、んー、我の力と……」


 たどたどしく魔導書の詠唱を読み始めるマリル。

 こんな読み方でも、マリルの身体の周りの芝生はざわめき始め、魔力が解放されていく。

 明らかに自然に発生したものとは違う、風。マリルの足元から吹く風は彼女のローブを揺らし、髪を撫で、空へと流れていく。その風は詠唱を続けるほど強くなっていくのだった。


「……よしっ。詠唱終わりっ。えーと、それで印をこう結んで、こう……だっけ。んー……!」


 魔導書を自分の足元に置いて、今度は印の結び方を記してあるページを見る。

 しかし足元に置いた魔導書のページは風魔法の詠唱によりパタパタと揺れ、めくれそうになる。マリルは必死でページを足で押えながら印を結んだ。


「あーもう!だから風魔法って嫌いなんだよぉぉ。魔導書見るの大変だし……!」


「普通の魔法使いは魔導書なしで詠唱もできるし印も組めるぞ。今まで見た中で一番発動が遅い」


「やめてよー!こっちだって必死なんだからー!」


 ファイティングポーズをとったまま呆れ顔になるルーティアを、マリルは半泣きで責める。


 それでもどうにか印を組み終わったマリルは、一息ついて地面に立てた自分の杖を再び手に取った。


 既に、マリルの周囲に吹き荒れる風は暴風と化している。

 身体の周りに吹いていた風は荒れ狂う突風と化し、縦横無尽に吹き荒れる。

 下位の風魔法ではあるが、魔法というものの威力はすさまじい。術者の魔力・体力を犠牲に長い詠唱を唱え印を組んだものは、術者の強力な武器と化す。


 それがいかにたどたどしく、ぎこちないものだとしても……。


「うっし、準備完了!!ルーちゃん、いくよーっ!!」


「うむ」


 トントンとルーティアは小刻みに小さなジャンプをしながら、マリルの魔法に対応する準備をした。


 そして――。



「でやああああーーーっ!!風刃裂斬(ウインドカッター)ーーーっ!!」


 マリルは両手で持ったヒイラギの杖を思いきり横に振るう。


 その軌跡をたどるように、何もないその空間に一本の線が生まれる。

 歪曲した一本の線に集中するように、マリルの周りに吹き荒れていた風は、そこに向かっていった。

 本来なら見えないであろうその風は、地面に生えている芝生が舞い上がって可視化出来ていた。


 そして……その線は、刃となる。


 ――キィィン。


 空気を削る、風の刃の音。

 舞い上がった芝生はその線に触れる事によってバラバラに切り裂かれる。


 初めは、ゆっくり。

 アクセルを踏むように、ギアが上がるように、その空気の刃は、加速していく。


 20mほど離れたルーティアの元へ。

 その風の刃は、彼女の身体を切り裂こうと。


 加速を続けていく刃はいつしか豪速となり、ルーティアへと襲い掛かる!



「!!」


 眼前。

 ルーティアの頬に当たる僅か1センチのところで、風の刃は通り過ぎる。


 それは、ルーティアが身体を半回転させ、ウインドカッターを避けたからであった。


 風刃裂斬(ウインドカッター)の魔法の強みは、可視化が難しい点にある。

 威力こそ低いが、風で生み出された刃は目で見る事は難しく、素早く動く魔物や目のいい魔物に効果的な風の攻撃魔法。加えて、風の魔法であるからその速度も他の攻撃魔法より速い。

 きちんと詠唱され、印を組まれたものであればまず避けることは出来ない。


 それを、避ける。


 揺れる空気を感じ、僅かに舞い上がってくる芝生を見て、判断する。

 風の刃が、どこにあるのか。半分は見て、半分は感じて。ルーティアは、それを回避した。



 ―― しかし。



「おりゃあああーーーっ!!」


 ――キィィン!!


 再び唸る、風の音。


 一度ルーティアを通り過ぎたウインドカッターは、マリルの杖によりコントロールされている。


 城壁にぶつかり、消滅するかと思われた風の魔法は方向を180度転換。

 再び、ルーティアの身体めがけてスピードを上げて襲い掛かる!



「よっ」


 跳躍。

 背後から寄ってきたウインドカッターを、上にジャンプをして回避する。


 もはやこうなると、頼りになるのは気配。あとは、勘。

 しかしそれだけの情報でも、ルーティアという騎士は魔法を避ける事ができるのあった。



「おりゃおりゃおりゃーーーーっ!!」


 風の刃は、マリルの杖により自在に動く事が出来る。

 上下左右、あらゆる方向からルーティアの身体めがけてウインドカッターは襲い掛かり、止まる事はない。


「ほっ、よっ、はっ」


 避ける、避ける、避ける。

 上下左右からくるウインドカッターを、まるで子どもと鬼ごっこをするようにステップを踏んで、かわす。

 あと1センチ、いや、あと数ミリで身体に触れられるのに、風の刃にはそれが出来ない。

 明らかに死角となっている位置からの攻撃でも、まるで見えているようにルーティアは回避を続けるのだった。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……!!」


 本来、一度の魔力の消費だけで済むはずの風刃裂斬(ウインドカッター)の魔法。

 しかしコントロールをして発生しっぱなしにする事により、マリルの体力と魔力は消耗を続ける事になってしまう。

 息切れ、めまい、終いには頭痛。既に空っぽに近いマリルの魔力で、どうにか攻撃を続ける風の刃だったが……。



「も、もうだめぇぇぇ……!」


 ばったり。

 マリルは芝生の地面に気持ちよく倒れ込む。

 そして、ウインドカッターも術者のダウンにより消滅。元の涼しく優しい風となり、空へとのぼっていった。


「……うむ、20秒ほどコントロールできたな。前回よりタイムが上がっているな、マリル。目標の1分コントロールは近いぞ!」


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


「よし、休憩したら次は火炎弾(ファイアボール)のコントロール訓練だな!がんばるぞ、マリル!」


「お、おにぃ……あくまぁぁ……」


 これは、ルーティアの訓練ではない。


 マリルの、魔法訓練だったのだ。


――


「おっ、やっとるね二人共」


 中庭に置いてあるベンチで休憩をしているマリルとルーティアの元に、国王が現れた。


 護衛だろうか、隣にはリーシャも一緒にいるが……何故か腕組みをして、難しそうな表情をしている。


「国王。リーシャまで。どうかしたのですか?」


 ルーティアは立ち上がり、国王の元へと歩んでいこうとするが、王は「座ったままでいいよ」とそれを静止した。

 マリルは元よりベンチから立ち上がれそうにないほどぐったりとしていて、視線だけそちらに向けている。


「ちょっと二人に話があってね。それと、リーシャにも関係ある話だから一緒に来てもらったの。先にリーシャには話は通しておいたんだけどさ」


 先ほどから難しそうな顔をして黙っているリーシャには、そういう事情があるらしい。

 いつも強気な彼女が考え込むような表情で常にいるのは珍しい事で、ルーティアもその様子から何かただならぬ話だという事はうかがえた。


 細かい内容の前に、リーシャは先に、二人に口を開いた。


「……わたしは、アンタ達二人に任せるわ」


「……??」


 話の中身はさっぱり分からないが、彼女の顔は真剣だ。


「もったいつけていても仕方ない。謁見室のテラス席で話そうか。侍女におやつでも用意させておくから、休んだらおいで」


 国王は「安心して」というように微笑み、踵を返して城内へと戻る。

 リーシャもそれについていき、二人は中庭から姿を消した。



「……なんだろうね、ルーちゃん」


「ああ。……しかし、なにか大きな話のようだな」



 夏になろうとする、暑い日差しの日。


 二人の気持ちを切り替えるように、涼しい風が芝を揺らし、頬を撫でていった。



――






「フォッカウィドーの国へ、交流試合へ……!?」


 謁見の間の端にある、テラス席。

 昼下がりの陽光が降り注ぎ、爽やかな風が吹く初夏の日。

 円形のテーブルにはルーティア、マリル、リーシャがそれぞれ座り、国王の方へと視線を注いでいた。


 国王は右手で自分の白鬚を弄りながら話を続けた。


「そう。かねてより、我がオキト国とフォッカウィドーの国は物品……特に野菜や果物の輸入輸出が盛んな国同士でね。あっちの国王ともワシ、交流が深いのよ」


 四人の前には侍女が紅茶を運んでくるが、誰も手はつけない。

 それほどまでに今の国王の話は唐突で、興味深い話なのだ。


「それでね。フォッカウィドーの国は大陸から少し離れた別の大陸にあるでしょ。国土面積が広くて、国として管理する土地も多いワケ。そこで、あっちの方の騎士団や戦士団の指揮や戦力を高めたり鼓舞するために、こっちの騎士団と交流試合をしたいんだって」


「ふむう。確かに、オキト国騎士団はこの大陸一の勇猛果敢な騎士が揃っていると聞きますからなぁ。是非参考にしたいという気持ちがあるのもわかりますねぇ」


 マリルは腕組みをして、何故か誇らしげに言う。


 しかし、ルーティアとリーシャの顔は難しそうだ。

 先に難色を示したのは、ルーティアだった。


「しかし、フォッカウィドーの国へは……移動が、かなり大変ですね」


「うん、そうそう」


 国王は頷く。


 47の国の中で、最も北に位置する国、フォッカウィドー。

 海を渡った大陸そのものが国土となっており、国の中で最も広大な土地を持つ国家。

 極寒、豪雪の地帯としても知られ、オキト国から夏のレジャーや観光に行く国民も多いとは聞くが……。


 大陸のほぼ中央に位置するオキト国と、最も北に位置するフォッカウィドー国。その距離は、遠く離れている。


 ガアで移動するとしても、三日はかかる距離だ。かなり時速の出る動物だが、常に最高速度で突っ走れるスタミナはない。休ませながら移動をしなければならない。

 オキト国のある大陸の最北端まで行き、船に乗り海を渡る。

 フォッカウィドーの国のある大陸に渡った後で、更に国王のいる城まで行くのに、一日。それを行きと帰りで往復するわけだから、相当な準備が必要となる。


 準備だけではない。道中には、未整備な獣道や森なども多い。

 そしてその道のりでは、魔物との交戦も避けられない。命の危険もあるであろう。


 ルーティアもリーシャも、腕には自信があるし、魔物との交戦も十分な訓練を重ねているから準備は出来る。


 しかし、道中でガアに何か危険があったら?移動手段を失ったら?その時は見知らぬ土地に放りだされる事となる。


 生半可な気持ちでは、フォッカウィドー国までは行けない。それを、二人とも感じていた。


「…………ん?」


 そこで、ルーティアに疑問が生まれる。


 フォッカウィドーの国へは、夏場にレジャーに行く国民が多い。それは、噂で聞いた事がある。


 しかし、騎士でも戦士でも魔法使いでもない国民が、どうやってそんな道を行き来して、レジャーや観光に出かけられるのだ?


「あの、国王。フォッカウィドーの国へは、どうやって移動するのですか?」


「……あ!ごめんごめん!二人とも、別の国に行くのはガアでしか行った事ないから、不安だよね!それで難しい顔してたんだ」


 ポン、と国王はパーにした左手を右手の拳で叩く。



「 『船旅』だよ 」



「ふ……船……!」


 それは、ルーティアも、リーシャも、そして休日マスターたるマリルでさえも、経験のない移動手段だった。

 国王は話を続けた。


「魔導飛行船っていう空の乗りものもあるから、それでレジャーに行く国民も多いんだけどね。フォッカウィドーの国王が、折角だからってチケットを伝書鳩で送ってくれたの。ほら」


 国王は、三枚のチケットをテーブルの上に並べる。


 そこには、こう記してあった。



『フォッカウィドー 魔導フェリー乗船券 部屋:セミスイート和室』



「せ……セミスイートッ!?」


 ガタッ、とマリルがテーブルから立ち上がって驚いた。隣の席に座っていたリーシャが驚く。


「なによ、どうしたのよマリル」


「魔導フェリーっていったら、今大陸で大人気の移動手段よ!観光目的で予約が殺到していて、予約に数カ月かかるなんて事も……。そ、その魔導フェリーの、セミスイートなのよ!?」


「なんなの?せみすいーと、って」


「いい?ホテルと同じで、フェリーにも宿泊する部屋っていうのがあるの。滞在する時間が長い船っていう移動手段では、必然的に宿泊する必要性が出てくるからね。

それで、部屋の中にもランクがあるわけ。一番高くて豪華で広い部屋っていうのを、一般的に『スイートルーム』っていうの。本来は寝室、リビング、応接間が一体になっている部屋の事なんだけど、最近は単なる『そのホテルで一番豪華な部屋』って意味で使ってる人もいるみたい。

それで、その次が『セミスイート』。要約すると、フェリーで二番目に豪華な部屋って事よ」


 国王はマリルの解説にうんうん、と満足そうに微笑んだ。


「人気の魔導フェリーだから、さすがにスイートルームは貴族や王族におさえられちゃってたみたいだけどね。セミスイートの和室を確保してくれたみたいなの」


「ゆ、夢みたい……!憧れの船旅、しかもセミスイートで移動できるなんて……!」


 マリルの目は、キラキラと輝く。




 しかし、そのマリルに、ルーティアは疑問を抱いた。


「あの、交流試合なんですよね。私とリーシャは分かりますけれど、どうして魔術団の、よりによってマリルまで?」


「ルーちゃん。よりによってとはどういう意味かな?」


 しかし、ルーティアの表情は真剣だ。

 国王はその疑問にも説明をした。


「船旅でフォッカウィドーの国へ観光へ行った事のある兵士や団員は、城にいなくてね。でもマリルは、何度か魔導飛行船で旅行に行ってるんだよね?」


「そうなのか?マリル」


 聞かれたマリルは、鼻息を荒くして胸を張った。


「トーゼン。休日マスターなら一人旅もマスターしてなくっちゃね。美味しい海産物、広大なラベンダー畑、美しい海……たっぷり堪能してきたわ」


「一人で?」


「勿論」


「寂しくなかったのか?」


「ちょっと。でも気兼ねなく行けたわ」


「不安とかは?」


「何事も経験」


「将来どうするんだ?」


「ステキな相手をさがし…… って、質問の趣旨変わってない!?」


 一人で最北端の国へ旅行に行くという発想自体信じられないルーティアとリーシャは、マリルへの心配を募らせていた。


「うおっほん。……本題に戻って、よろしいかね?」


 すっかり蚊帳の外になってしまった国王に気付き、三人は慌てて姿勢を正す。


「それで。フォッカウィドー国への渡航経験のあるマリルくんが同行すれば、ルーティアとリーシャも目的地の城まで安心して移動が出来ると思ったのだ。

それに……交流試合という名目だけでの移動というのは、流石にルーティアとリーシャにも忍びないとワシも思っての。マリルくんに、色々な案内も頼みたいのだ」


「……と、いうと?」


「ふっふっふ。目的地までおよそ3日間。往復で6日。しかし、交流試合をするためだけにこの行程をキミ達にしてもらうわけではない。つまり……」


 王は、高らかに。

 宣言をするように、その場で三人に告げる。




「 10日間!わくわくどきどき、初夏のフォッカウィドー、納涼ツアー!! 豪華船旅付きというワケじゃあああ~~!! 」




 三枚の乗船券をみせびらかすように高く掲げ、国王は盛大に言うのであった。

 

――

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