(4)
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少年。
クルシュ・マシュハートは、城下町を歩く。何処かを目指しているように、その足は迷わず進んでいる。
その後ろ。
住宅、店先、屋台。至るところの、影に二人の人物が潜みながら、クルシュの後ろをついていく。
ルーティアとリーシャである。
自分の持っている私服の中で、最も黒い服装をして目立たないようにしているつもりのようだが、快晴となった今日では明らかに怪しい人物と化している。
ちなみにルーティアは勿論、黒のジャージ。リーシャは何故か黒のゴシックロリータ調のドレスのような服装。二人の対比が余計にうさん臭さを醸し出している。
極め付けに、目にはサングラス。
二人の想像する、『スパイっぽい格好』のようだ。
「……気づかれていないわね」
「ああ。変装までしたのだ。いかに魔術団の神童といえど、そうそうは気付かれないはずだ」
マリルがいない二人の行動と格好を止める者はいない。
戦闘においては天才ともいえる二人ではあるが、諜報活動に関してのセンスはゼロに近いようだ。
何故、二人がこんな事をしているのか。
話は昨日、詰所で行ったマグナの相談事が発端である。
――
「……弟の休日を監視して、何をしているのか調べてほしい?」
不審そうな顔を浮かべるルーティアに、国王が説明を付け足した。
「知っての通り、クルシュ・マシュハートは魔術団の神童と謳われる期待株じゃ。特に法術や魔法薬、魔装具の開発に関して国に多大なる貢献をしてもらっておる。……しかし、姉のマグナから、少し気になる事を相談されてな」
国王に続いて、申し訳なさそうな顔を浮かべるマグナが話す。
「……クルくん、お休みの日になると決まって怪しげな建物に出入りしているんです。朝から出かけていて、帰りは夕方か、遅くなる時は夜まで……」
「何をしているのか隠しているのか?」
ルーティアの質問に、マグナは首を横に振る。
「隠している、ってわけではないと思うんです。何処に行っているのかはボクにも教えてくれるし……。でも、その中で何をしているのかを聞いても「なんでもないのです」とか「きにしないでほしいのです」なんて言っていつもはぐらかされて……」
「建物が分かっているなら、中に入って事情を聞いてみればいいじゃない。弟はここで何をしているんですか?って」
リーシャもソファから顔を出して、話に参加してくる。
「そ……それが、どうしても怖くて……。建物に入るのもそうなんですけれど、クルくんがもし何か危ない事をしていたらと思うと……それを知るのも、怖くて……っ」
「あーー……」
気持ちは、なんとなく分かる気がする。
マグナが弟思いなのは、上司であるリーシャが一番良く把握していた。
騎士団と魔術団に通うマシュハートの姉弟。マシュハート家は、この国とは別の国の剣の名門一族の家系らしい。
厳しい訓練を積んだのち、47の国の中で最も精鋭であるオキト国の騎士団と魔術団に修行として派遣されているのだとか。
城下町で2人暮らしをしているマグナとクルシュ。
魔術団での信頼が厚く、職務に没頭をしているクルシュに姉のマグナはいつも世話を焼いているのだそうだ。
炊事、洗濯などの家事。弁当はいつもマグナが手作りをしているらしく、騎士団の仕事も終わればすぐに自宅に帰り、夕食の支度をしているそうだ。
大変じゃない?とリーシャはそれを聞いてマグナに言った事がある。
マグナは笑顔で、クルくんのためですから、と返したそうだ。
溺愛と言っていいほど弟の事を思っているマグナの事を、リーシャは心のどこかで尊敬していた。だからこそ、部下として信頼をおいているのだ。
その弟が、なにか危ない事に手を出しているのだとしたら…… それを直視する勇気が湧かないのも無理はないのだろう。
国王は腕組みをして、考え込むように顔をしかめながら二人に告げた。
「尾行をしようにも姉のマグナがついていったんじゃすぐにバレちゃうだろうしねぇ。そこで、諜報活動も行っている騎士団のエース二人として、任務をお願いしたい」
「任務として、クルシュの尾行をして彼の休日の様子を突き止めてこいということですか?」
ルーティアの質問に、国王は頷く。
「明日の休日は返上。その代わりに翌々日からの二連休の有給休暇を報酬として二人に授けよう。更に、特別任務としての報奨金もプラス。悪い条件ではなかろう」
「マジで……!?大盤振る舞いですね、国王!」
リーシャは驚きながら、ソファから飛び起きた。
明日の休みはなくなるが、代わりの二連休に報酬とくれば、受けない手はないだろう。
それほど、時期魔術団の期待のエースの素行というのは国としても懸念しなければならないということか。
ルーティアもそれを感じ、胸に手を当てて頷いた。
「引き受けます、国王」
リーシャも同じく頷きながら国王に近づいてくる。
「うむ……それでは」
国王は、二人に向けてビシッと指をさして命を下した。
「ルーティア・フォエル!リーシャ・アーレイン!両名にクルシュ・マシュハートの尾行及び素行調査の任務を命ずる!これは極秘任務であるゆえ、決して二人の姿をクルシュに発見される事がないよう、慎重に行動するのじゃ!よいな!」
――
「―― さっきから、僕の後ろでなにしてるんですか。ルーティアさん、リーシャさん」
ジットリと怪しむ目で、クルシュは振りかえった。
「―― なに!?」
慌てて近くにあった家の影に隠れるルーティアとリーシャ。
しかしクルシュは溜息をつきながらその家まで足を戻し…… 二人の前に立った。
「…………」
「……は、はは……や、やっほー、クルシュ。昨日はどうも……」
黙り込むルーティア。とりあえず取り繕うリーシャ。
しかしクルシュは、何もかもお見通しのようだった。
「王の目も節穴ですね。諜報活動と戦闘活動の人員は分けて考えないといけないと苦言を呈しておくのです」
「……気づいていたのか、私達に」
「バレないと思っているほうがどうかと思うのです。ヒソヒソ街の人に怪しい怪しいと呟かれていたのがこっちの耳にまで入ってきました」
「…………」
俊敏に動いて決して姿は見せていなかったはずだが、街の人には思いっきり見られていたかもしれない。迂闊だった、とルーティアは今の自分の格好を後悔した。
「……で。どうしたんですか。騎士団のエースのお二方が僕の後ろからコソコソと」
「やー……ははは。く、クルシュは普段、どういうお休みをしているのかなーと思ってさ。ちょっと気になって後ろから」
動揺してつい尾行活動の内容まで話してしまうリーシャ。発見され、目的まで知られた事に頭を抱えるルーティア。
そして、二人のその様子に更に呆れるクルシュ。
「大方、おねえが心配しているのですね。ボク、お休みの日はほとんど家にいませんし、おねえが心配しているのも分かっているのです」
「……いや、それは、その、別に……」
「取り繕わなくて結構です。なんとなく分かってますから。……それに、僕は別に心配されるような事は、していませんし」
クルシュはくるっと踵を返すと、またスタスタと歩きだす。
「ついてくるのならついてくればいいです。僕が何処に行っているのか、キチンと説明しますから」
「「……え?」」
意外なその言葉に、二人は驚きながらもクルシュのあとについていった。
そして、三人は到着する。
マグナの言っていた、怪しげな建物。
黒い壁に、全体が窓張りしてあるのにカーテンで一切の中身が見えない、その建物はどう見ても怪しかった。
しかし、クルシュはその建物の名前を二人にはっきりと告げた。
「お二人は知らないでしょう。……ご案内するのです。 ―― 『マンガ喫茶』へ―― 」
少年は、怪しく微笑んだように見えた。
――
突然の後書き申し訳ありません。
この「最強の女騎士さんは、休みの日の過ごし方を知りたい。」なのですが……この七話が終了と同時に、少しの間休載に入りたいと思います。
理由としましてはまず、リアルが少し忙しくなってしまいストックが底をつきそうなのが一つ。
もう一つが、この七話が終わると「大長編」になる予定があるからです。具体的に申し上げますと20部分以上繋がったお話になりますので、ちまちま投稿するのも失礼な話だと思い、投稿する際には、ばばーっと一挙公開にしようと考えています。
それなので、およそ二週間~一カ月程度の休載をしてからラストに「劇場版」のようなものを投稿してこの作品を〆たいと考えています。
楽しみにしていただいている方がもしいらっしゃいましたら申し訳ありません。今まで毎日更新を続けてきたのですが、一旦大長編へのチャージ期間としてお休みをいただきます。申し訳ありません、よろしくお願いします。
引き続き、七話のほうはお楽しみいただければと思います。




