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(3)

――


「な、に、よ、こ、れ……!!」


 地べたに這いつくばるように倒れるリーシャ。片膝をついて荒い息を吐くルーティア。

 そんな様子を見て、クルシュは手に持った紙にスラスラとペンで文字を書きながら満足そうな笑みを浮かべた。


「魔装具を使用した影響なのです。30秒ですから……大体、フルマラソンをマイペースで完走したくらいの疲労感や体力の消耗が負荷としてかかる事になりますね」


「はあ!?アンタ、デメリット取り除いたとか言ってたでしょ!?」


 怒りの表情で顔だけあげて吠えるリーシャにも、クルシュは全く動じない。


「取り除いたのです。命を削ったり何かを犠牲にしたりするようなデメリットは一切ないので、健康上は全く問題ないのです。ただし、まあ、使用後は常にそんな感じに一気に負荷がかかります」


「さ、き、に、い、い、な、さ、い、よ……!!」


 目の前でにっこりと微笑む少年が、リーシャにはまるで悪魔のように見えた。



「……ふう。キツいな、確かに」


 片膝をついていたルーティアは、なんとか呼吸を整えるとゆっくり立ち上がった。

 汗を手で拭うと、倒れ込んだリーシャのところへ近づいて行く。


 そして、竹刀を左手に持ち替えて、右手を彼女の顔の前に差し出した。


「今回はお前の勝ちだな、リーシャ。攻撃を当てたのはお前だ。強くなったな」


「…………」


 確かに、30秒の間に相手に攻撃が当たったのは、リーシャの肘鉄、一撃のみ。

 ルーティアが攻撃を繰り出した瞬間に魔装具の効果が切れ、強制的に試合は終了となった。


 ……しかし。もしあと1、2秒効果が続いていたのなら。

 竹刀の一撃が先に入ったのは、間違いなくルーティアの攻撃なのだ。


 そこに、リーシャは納得が出来ない。


「…………。引き分けよ」


「?」


「引き分けだって言ってるの。確かに攻撃を当てたのはわたしだけど、アンタはただ避けてただけで反撃してこなかったでしょ。舐めた真似して……!!」


「舐めてはいないぞ。あくまで今回は魔装具のテストだからな。自分がどのくらいの感覚でいつもの動きが出来るのかを試していただけだ」


「ふん。どうだか」


「……だが、長くは出来なかったな。リーシャ、お前の攻撃が魔装具の効果以上に洗練されて、より的確に、速くなっていたからだ。おかげで予定になかった反撃に転じてしまった」


「…………」


「まさかあそこで私が急に反撃に転じるとは思わなかっただろう。だから、あそこで対応できなかった。違うか?リーシャ」


「…………そうよ」


「お前自身の油断もあっただろう。だが……私も、お前の攻撃に、驚かされていた。以前とは比べものにならないくらい、剣や体術の腕が上がっている。……素晴らしかったぞ」


「…………。……その、わたしの顔ジッと見てそういうセリフ言うの、やめなさいよね……!!」


 リンゴのように真っ赤になっていくリーシャの顔を見て、ルーティアはくすっと笑った。


 なるべくルーティアの顔を見ないようにそっぽを向いて。

 リーシャはルーティアの右手をとって、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ今回は引き分けだな、リーシャ」


「…………そうよ。引き分け、だからね」



 二人のその様子に、王、マグナ、そしてクルシュの三人は、笑顔でパチパチと拍手で賛美を送る。


 クルシュは二人に向けて頭を下げた。



「魔装具を使用した戦闘データ。使用時間。そしてその後の負荷の状況など、詳しいデータがおかげ様でとれたのです。ルーティアさん、リーシャさん。ありがとうございました」



――



「だーーるーーーー……」


 騎士団の詰所に戻ったリーシャとルーティア。


 リーシャはあの練習試合以降何もする気持ちが起きず、ずっと詰所のソファに横になってうわごとを繰り返していた。

 既にこの「だるい」というセリフも5回は呟いている。


 一方のルーティアも、さすがに今日は日課のトレーニングをする気も湧かないのであろう。座って、自分の剣の手入れに勤しむ事にしていた。


「明日がお互いに休みで良かったな、リーシャ。私も、今日はぐっすり眠れそうだ」


 間もなく定時になる。

 いつもであれば騎士団に残って残務処理をしたり、トレーニングルームで一汗かいてから帰路につく二人だが、今日に限ってはそんな気持ちは起きない。

 魔装具使用の疲れは、フルマラソンを走りきったレベルの疲れ。そうクルシュは言っていた。明日の朝までには回復できるだろうか、とリーシャはふと不安になる。


「今日は定時にあがって、ご飯食べてお風呂入ってすぐ寝るわ。明日の昼まで寝れそう」


「いいことだな」


「ルーティアは明日どうするのよ。休みでしょ?また休日マスターと一緒?」


「いや、マリルは明日休みではないそうだ。魔術団の方で仕事があるらしくてな」


「どーせ書類仕事溜めすぎて団長に怒られて仕事にさせられたんじゃない?アイツのことだし」


 そう言ってリーシャはケラケラと笑う。……可能性は大いにあるな、とルーティアも心の中で同意した。



 あと5分ほどで仕事の終了時刻になろうかという頃。


 詰所のドアが開く。


 誰か団員が入ってきたと思い、二人は顔だけ入り口に向けた。


「あれ、国王。それに、マグナ」


 そこにいたのは、国王とマグナだった。

 先ほどのテストのねぎらいだろうか。だとしたら、実行主のクルシュがいないのはおかしい話だが。


 ルーティアは立ち上がり、二人の元に歩いて行く。リーシャは身動きができないようで、ソファに横になったまま顔だけ入り口に向けた。


 国王はニコニコと、二人に交互に顔を向けながら話した。


「やあ、二人共、お疲れ様。どうだったかな、魔装具のテストは」


「サイアクです。おかげで明日の休みはごろ寝で潰れそうです」


 リーシャの悪態に、国王は「悪かった悪かった」と慌てて謝る。その横のマグナも、申し訳なさそうに何度も頭を下げた。


「あの……ごめんなさい、リーシャ様、ルーティアさん!ボクの弟の実験に付き合わせてしまって……!」


 しかしその言葉にはリーシャは横になりながら手を横に振って否定をした。


「魔装具のテストは国策なんでしょ。マグナも、マグナの弟も悪くないってば。 悪いのはわたしたちにこんなテストをさせる許可を出した王様ですから」


「あ、あははは……リーシャ。今日はきついなぁ……。ワシだって、一応国のためを思って騎士団の仕事として二人に付き合ってもらったんだから……」


 不機嫌なリーシャの態度に、国王もさすがに罪悪感が湧いてくる。

 王は慌ててローブの懐から封筒を二枚取り出し、二人に急いで渡した。


「それ、今日の特別報奨金。慣れない魔装具のテストに付き合ってもらったからね。ワシのポケットマネーだけど、受け取っておいて」


「ありがとうございます、国王」


「きゃー、ありがとうございます、国王!これで新しいぬいぐるみ買えるー♪」


 一礼するルーティア。ソファで横になったまま手を足を伸ばして喜ぶリーシャ。機嫌が直った様子を見て、国王もホッと一安心したようだ。



 そして、そのタイミングで、王はまた申し訳なさそうに言う。


「……それで、報奨金、多めに包んでおいたからさ。もう一つだけ、頼まれて欲しい事があるんだ」


「頼み事、ですか?」


 国王の様子に、何か真剣さを感じたルーティアは耳を傾ける。リーシャもソファから身体を起こして身を乗り出した。



 言葉を発したのは、国王ではなかった。


 その隣にいる、マグナ・マシュハートだ。



「……その。明日……ボクの弟、クルくんの様子を、見てきてほしいんです。お二人に」



――


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