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(1)

――


「ルーティアさん、リーシャさん。二人共、お渡しした物は腕に装着してもらえましたですね?」


 静かな室内に、声が響く。

 女性とも思える高い声だったが、その声の主は、少年であった。


 白く、正方形の室内には余計な物は一切置いてはいない。

 家具や道具といった調度品や、何かを置いてある棚なども置いてはおらず、おおよそ人が生活しているとは考えられない、ただ真っ白な部屋。


 その部屋の中には、五人の人間がいるのみ。


 まずは、オキト国国王。真剣な表情でその場に立ち事の成り行きを見つめている。

 マグナ・マシュハートは、部屋の中央を固唾を呑んで見守っていた。これから何が起きるのか、不安でたまらないといった表情だ。

 そして……マグナと国王の前に、一人の少年が立っていた。

 魔術師のローブは彼には大きく、ぶかぶかの裾は床についてしまっている。手には、バインダーに挟まれた紙とペンを用意。何かをメモする様子だ。

 オレンジのショートカットの髪はやや中性的で、一見すると女の子とも見間違いそうになる。

 その髪に隠れそうになる瞳は大きく、可愛い印象もあるが表情は真剣そのものであった。


 名を、クルシュ・マシュハート。


 騎士団のマグナ・マシュハートの弟であり、魔術団きっての上級魔法使い。

 年齢は12と幼いが、才能は既に開花。天才と言われるその魔力と知識であらゆる魔法学に精通する神童である。



 そして、国王、マグナ、クルシュに見守られ、部屋の中央で竹刀を構える人物が二人。


 ルーティア・フォエル。

 リーシャ・アーレイン。


 対峙する二人の手首には、蒼く光る大きな宝石が中心に埋め込まれた腕輪が装着されていた。



「ああ、着けているが……それで、どうすればいいんだ?」


 ルーティアの質問に、クルシュは答える。


「今日は、お二人にその腕輪の能力テストを行っていただきたいのです。『魔装具』と呼ばれるその腕輪は古の魔法呪物に僕なりのアレンジを加えた装備品です。それを装着した上での戦闘テスト……練習試合をしていただき、その効果を見せていただきますのです」


 クルシュの言葉に、リーシャは顔をしかめた。


「まほうじゅぶつ~?大丈夫なんでしょうね、これ」


「呪いの類の効果は僕の方で解除しておいたのでご安心ください。既に騎士団・戦士団・魔術団の団員数名でテスト済ですので、これは最終テストだと思ってください。安全は保障済みです」


 クルシュは手に持ったデータを目で追いながら、言葉を続ける。


「太古の時代はその魔装具と呼ばれる装備品を使い、使用者の命を削って身体能力を飛躍的に上げたり魔力を向上させたりしていたのです。戦争のため、国のためにそれを装備した戦士や魔法使いは命を捨てて戦ったとか」


「そ、そういう効果は取り除いてるんでしょうね……」


 その言葉にリーシャは青い顔で身を震わせる。クルシュは冷静に答えた。


「質の悪い、精錬もロクにしていない魔石を使っていたからそういうデメリットが発生していました。現代の魔法技術や精錬加工技術を使い、身体的・精神的なダメージは排除出来ています。もう一度言いますが、テスト済なのでご安心を」


「じゃなければワシ、魔装具を使った戦闘テストなんか二人にさせないよ~」


 王はケラケラと笑ってみせた。その様子に、魔装具を装着した二人はなんとなく安心して息をつく。



「それで……このまま竹刀で、いつも通り練習試合をすればいいのか?」


 ルーティアが聞くと、クルシュは首を横に振った。


「少しお待ちを。使用方法があるのです。それにその前に、その魔装具の効果を説明しておかなければ危険なのです。おそらく……お二人の想像する以上の効果がありますので」


「へえ。強くなるって事?重いもの持ち上げられるようになるとか?」


 リーシャは興味深そうに、腕につけた魔装具を見つめながら聞いた。その言葉にも、クルシュは首を横に振る。


「魔装具にも種類があるのです。今日つけていただいているのは『青』の魔石の魔装具。効果は『加速(メヒルート)』……お二人の身体能力、主にスピードを短時間ですが飛躍的に向上させます」


「加速?」


「およそ30秒ほどの効果ですが、その魔装具は装備するものの身体を羽のように軽くします。次いで、その身体の軽さについていけるように走る、剣を振る、跳躍するなどといった動作も普段の数倍の速度で行えるようになるのです」


「……マジで。なんか聞いているだけだと、ピンとこないけど」


 リーシャもルーティアも、魔装具の装着経験はないので半信半疑の様子だ。


「やってみればおそらく理解できると思うのです。今回のテストでは、騎士団きっての実力者であるお二人が魔装具によりどれだけ戦闘力が向上できるのかをテストします」


「それで、王も視察に来られているのですね」


「うんうん。まあ、クルシュくんの加工した魔装具なら安心できるんだけどね。一応、さ。もしなにかあったらワシ、困るし」


 王としても、国の軍事力としてこの魔装具のテストは確認しておかなければならない。まして、ルーティアとリーシャという騎士団の要に何かあれば一大事である。

 笑顔ではいるが、娘のような存在の二人の実験に、身体はそわそわと落ち着きなく動いていた。


「王様は分かったけど、なんでマグナまでいるのよ」


 リーシャの言葉にマグナは汗をかいてぎこちなく笑う。


「ぼ……ボクは、リーシャ様とルーティアさんになにかあったら嫌だなぁ、と思って……。ボクの弟の作った魔装具でケガなんかしたら大変だなぁ……って」


 マグナの言葉に、先ほどまで真剣だったクルシュは頬を膨らませて不機嫌になった。



「おねえは心配性なのです。僕が何かしようとするとなにかと後ろから覗いてきたり心配してついてきたりするのです」


「だ……だって、クルくんの魔法で何かあったらボクだって嫌だし……。もし失敗なんてしたら……」


「失敗なんてしないのです。たまにしか」


「たまにするじゃないか!この前だって家から煙がたくさん出て、ボヤ騒ぎになっちゃったし!」


「あれは失敗ではないのです。『(アシャン)』の魔法の実験をしていただけで、むしろ成功したのです。おねえが大騒ぎしたのが悪いのです」


「ボクに何も言ってくれないんだもん!クルくんの部屋からあんなにたくさん煙が出てたら心配するのは当たり前じゃないか!」


 終わらない二人の喧嘩に、王が「うおっほん!!」とわざとらしい大きな咳払いをしてみせた。

 はっ、と気付いたマグナとクルシュの二人は、慌てて距離をあける。


「マシュハート家の二人。姉弟喧嘩なら、あとでワシが聞いてあげるから今は待っていなさい。あとで謁見の間でちゃんと話し合うこと。いいね?」


「「 ……はーい…… 」」


(……先生みたいだな)


 王に論され、元気がなくなる二人を見て、ルーティアは色々大変だなぁと他人事のように思った。




「……んで。始めたいんだけど。どうすればいいのよ」


 呆れ顔のリーシャに、クルシュは気を取り直し、コホンと咳払いして答えた。


「使用方法を説明します。腕輪についている青い魔石そのものが、効果時間のタイマーになっています。つまんで捻ると、魔石が半回転するようになっていますので、使用するときはいっぱいまで回してください」


「タイマーとは、どういう事だ?」


「回転させた魔石はゆっくりと30秒かけて元の場所まで回って戻る仕組みになっているのです。回りきれば効果が自動的に消えますので、今日のテストもそこまでにします」


 それを聞くと、リーシャはつまらなそうに言う。


「えー、30秒だけってことー?つまんない」


「魔石が再使用に必要な魔力を充填するまで、およそ24時間かかるのです。テストは一日一回のみ。……それに」


 次の言葉を続けるのに、クルシュは微笑んでみせた。


「おそらく……30秒でも、大変だと思うのです」


「「 …… ?? 」」


 怪しげなその言葉に、今の二人は首を傾げるしかなかった。




「―― ま、なんにしても、念願の練習試合ね、ルーティア。覚悟しなさいよ」


「ほどほどにな。慣れない魔装具のテストなのだから、無茶はするなよリーシャ」


「分かってるわよ。でも、軽めのケガくらいなら覚悟しておいてね」


「次の休みの日に響くから、勘弁してほしいな」


 にやりと笑いながら、トントンと軽く跳躍してウォーミングアップをするリーシャ。

 ふう、と溜息をついて、竹刀を正面で構えるルーティア。


 二人の会話が終わった後。クルシュの声が、部屋に響く。


「それでは、同時に魔装具のタイマーをスタートさせてください。時間は30秒、効果がなくなった時点でただちに練習試合を中止すること。いいですね?」


 コク、と少しだけ、ルーティアとリーシャは頷く。

 真顔のルーティア。ワクワクと微笑むリーシャ。

 二人はお互いの左腕につけた腕輪の、青い宝石に竹刀を持った右手の指を添えた。



「3、2、1…… 試合、開始!!」



 クルシュの言葉を合図に、二人は腕輪の魔石を、同時に思いきり捻った。




――


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