(3)
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翌日、城門前。
疲れは残っている。一週間動かしていない身体と、一週間動かしっぱなしだった脳。
慣れない仕事は言い知れぬ疲労へと変わり、寝て起きた今でも頭の重さ、肩の痛み、腱鞘炎気味の手などの不調へと変わっていた。
だが、それを上回る、解放感。
事務仕事を終えて、次回からはまたトレーニングや討伐任務など、ルーティアの本来の仕事に戻れる。
彼女にとって、こんなに嬉しい事はなかった。
「んー……!!」
大きく背伸びをして、太陽の光を身体いっぱいに受け止めたところで、マリルが集合場所に歩いてきた。
「やっほー、ルーちゃん。気持ちいい朝だねー」
「マリル。早いな、まだ集合時間じゃないぞ」
「そういうルーちゃんだって。いつから待ってたの?」
「待っていないぞ。二時間くらい前からトレーニングをしていたからな。今ちょうど、城の周りを走っていたところだ」
「ええ……」
身体をとにかく動かしたかったルーティアは、早朝からトレーニングに励んでいた。
皆が寝静まっている城内を抜け、城の周りを数周ランニング。
皆が朝食を食べる時間には、筋肉トレーニング。ダンベル、スクワット、チューブトレーニングなどを行い、全身を鍛える。
自室でシャワーを浴び水分を補給したところで、集合時間までもう一度城周りをランニング。そして、今に至る。
その途方もない体力に、呆然とするしかないマリル。
「散歩するんだけど、その上でまだ歩けるの?ルーちゃん……」
「いつも、朝のトレーニングメニューは三時間くらい使うからな。これでもぐっすり寝たかったし、略式にした。体力の心配はするな」
「……たくましいね、我が国の稲光の騎士サマは……」
散歩、という事でとりあえずルーティアは、マリルの行く先について行く形となっている。
何処に向かっているかはまだ教えられていない。というか、何処かに向かっているのかも定かではない。
とりあえず歩こう、というマリルの提案に乗り、今は城下町の大通りを進んでいるところだ。
早朝から朝に変わった時間。既に仕事に出かけた住民が大半だが、商店はまだ開店していない所が多い、そんな時間。
家先の掃除をする者や、飼っているペットの散歩をする者が疎らにいる程度で、まだ街は目覚めきっていない。
「ルーちゃん、今日はジャージじゃないんだね」
「ああ。前回色々とマリルとリーシャに見繕ってもらったから、適当に着てきてみたぞ」
「いいじゃん。相変らずなんでも似合うねルーちゃん。これじゃ、いつものアタシ達と反対だね」
ショッピングモールに買い物に行った際に選んでもらった服の中から、適当にチョイスしたものを着てきている。
今日のルーティアの服装は、黒のスキニーパンツと長袖のTシャツ。かなりラフな格好ではあるが、それでも普段ジャージしか着なかったルーティアにしては大きな進歩だ。
逆にマリルはイエローのトレーナーと黒のレギンスという、やや運動着に近い服装。いつもと逆転した服装に、二人は思わず笑う。
「服装はなんでもいい、って言ったけど、靴はしっかり選んできた?」
マリルが聞くと、ルーティアは少し足を上げて履いてきた靴を見せる。
「ああ、昨日『いつも使ってる靴で』とマリルに言われたからな。一応これは、履き慣れている靴だぞ。これでいいのか?」
ルーティアが普段使っているスニーカーだった。少々使い込んだものだが、マリルはそれがベストだという。
「新品のシューズはやめといた方がいいからね。履き慣れていない靴だと、足幅とか少し合ってない事があるのよ。少し歩くだけなら問題ないけど、長時間歩くとダメージみたいに痛みが蓄積してきちゃうから」
「ふむ、毒の沼みたいなものだな」
「あはは、そんな感じ。まあ、今日はあくまで『ウォーキング』じゃなくて『散歩』だからそんなに気を使わなくていいんだけどさ。念のためね」
「今日もよろしく頼むぞ、休日マスター」
「うむ、任されよう」
そのまま二人は、大通りを10分ほど進んでいく。
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「さ、この通りを曲がるわよ」
大通りを真っ直ぐに進み、店の数よりもやや住宅の方が多くなってきた辺り。
城付近は武器屋や防具屋、情報屋に酒場と城勤めの兵士用の店が軒を連ねているが、少し離れれば町人の住宅街。
クリーム色に近い白や、変わったところでは真っ赤に壁を塗った家や木造りのログハウスなど、個性溢れる住宅が並ぶ。
それをぼんやりと眺めながら歩く、というのもまるで美術館の絵を見ているように楽しいものだった。
マリルは角を左に曲がる。遠征以外あまり城下町を出歩かないルーティアには全く知らない未知の場所。
ショッピングモールが未知の要塞なら、この散歩は彼女にとって迷いの森といったところだろう。
マリルの後に続き、ルーティアも十字路を左に曲がる。
するとそこには、予想もしない光景が広がっていた。
「お……おおっ!?」
城から離れ、閑静な住宅街になっていくと思っていたが……状況は一変。
曲がり角で家に遮られて全く見えなかったが、そこには驚くべき景色が広がっていた。
賑わい。
明るく自分の店を大声でアピールする商店の数々。
買い物袋を下げた主婦の元気な笑顔。
香ばしい、なにかを揚げた匂いが漂ってきたかと思うと、煮物のような出汁の匂いもどこかから豊かに香る。
「……これは……!」
ルーティアは、天を見上げる。
アーチ状の大きな建造物のてっぺんに、その名は明るいフォントで描かれていた。
『下町いきいき商店街』
「これが……噂に聞いた、商店街か……ッ!!」
「いやいや、そんな未知のフィールドに踏み込んだみたいに鬼気迫らなくても」
マリルは苦笑いをして、一つツッコミを入れておく。
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