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(2)

――



 時刻は、22時を過ぎる。

 コーヒーブレイクをしたおかげで仕事も順調に進み、終わりがそろそろ見えてきた。

 あと数枚報告書を書けば一週間の事務仕事は全て終わる。長い長いマラソンのゴールがようやく近づいてきたのだ。


 ガチャ。

 その時、騎士団事務所のドアが開いた。

 こんな時間にこの部屋を訪ねてくる者がいるのは珍しく、ルーティアは入り口の方へと振り向く。



「やっほー。ルーちゃん、まだ仕事やってる?」


「! マリル。どうしたんだ、こんな夜中に」


 見れば、まだ仕事着である黒のローブと黒の魔法使い帽子を被ったマリルが事務所へと入ってきていた。

 右手には暗い城内を照らすランタン。左手には、なにかが大量に詰め込まれた袋を持ち込んできている。


 笑顔のマリルはルーティアの隣の空き机の椅子に腰を下ろし、机の上にランタンと袋を置く。


「アタシも居残りでさ。こっちは仕事終わったから、ルーちゃんの様子見に来たの」


「なんで私が騎士団に残っていると分かったんだ?」


「リッちゃんがさっき、魔術団に顔出してきたのよ。アンタ仲良しでしょ、これルーティアと一緒に食べて、ってさ」


 マリルは先ほど机の上に置いた袋から沢山の品々を取り出す。

 チョコレート。クッキー。キャンディー。水筒の中には、目が覚めるというペパーミントの紅茶が淹れられていた。


「さっき道具屋で買ってきた差し入れだって。自分で渡せばいいのにね」


「……リーシャから、差し入れか。アイツ、あのまま帰ったと思ったら……心配してくれていたのか」


 先ほど休憩室で会話を交わしたあとすぐには帰らず、道具屋で差し入れを調達してくれたらしい。

 自分で渡さず同じく居残りのマリルと一緒に、というのが彼女の許すプライドの範囲なのだろう。有難い事に変わりはない。


「愛されてるねー、ルーちゃん」


「愛されてはいないと思うが、後で礼をしなくてはな。ちょうど腹も減ってきたところだし、一緒に食べよう」


「いいねー。禁断の深夜の夜食。ダイエットなんか知ったことかー、ってね」


 頭をフル回転させなければいけない今のルーティアには、糖分が何よりも必要だった。

 この時間の夜食は控えていたが……今日くらいは、いいだろう。

 ルーティアとマリルは自分自身に『今日だけ』という免罪符を出し、リーシャの差し入れに手をつけるのだった。



――



 仕事終わりのマリルも、結局ルーティアに付き合ってくれた。

 騎士団の仕事はあまり分からないのだが、書き終えた書類を提出先ごとにまとめてくれたり誤字脱字のチェックをしてくれたりと十分作業の助けとなる。


 23時過ぎ。

 ルーティアは板チョコレートを口に入れ、頭に鉢巻をきつく巻いて眠気を振り払いながら、最後の報告書の、最後の一文を書くことに力を込める。

 自分のサインを右下に書いて……。


「おわったぁぁぁぁぁ~~~~!!!!」


「お疲れ、ルーちゃん。一週間よく頑張ったね」


 『巣ごもりの週』の仕事は、無事に全て終わった。

 これでここ数カ月の、そして数カ月先のやるべき書類仕事が全て終わった。圧倒的な解放感が、ルーティアの心に押し寄せる。

 次こそは、溜め込まないようにしよう。数カ月前に思った事を、今一度心に強く誓うルーティアだった。二度と、こんな仕事をしないで済むように。


「ありがとう、マリル。おかげで日付が変わる前に仕事が終わった……。本当にありがとう……」


「うむうむ、困った時はお互いさまよ。今度『ケラソス』でお酒奢ってね」


「好きなだけ飲んでくれ。もうこっちはおかげで怖いものなしだ」


 ルーティアは椅子にだらんと背を預け、恍惚の表情で欠伸をする。


 事務仕事は全て終わり。

 明日からは二連休。

 未来が、全て明るく見える。

 これこそ、至福の金曜日の時間であった。


「もう今日は遅いから居酒屋って感じでもないしねー。あっ、ルーちゃん、明日空いてる?」


 マリルは時計を見て少し何かを考えると、ルーティアにそう聞いた。


「勿論。また休日マスター様が何処かに連れていってくれると思って開けておいたぞ」


「うむ、感心な愛弟子じゃ。それじゃあ明日は……城に閉じ込められていたお姫様に、外の開放感を存分に味わわせてやろうかねぇ」


 御婆さん口調のマリルはにひひ、と笑って、ルーティアに明日の予定を告げる。



「今回のお休みはッ! 『お散歩』よッ!!」



 びしっ、と指を差すマリルだが……その言葉にルーティアは、いまいちピンとこないようで、首を傾げた。


「散歩……?なんか、地味じゃないか?」


「そう思う?」


 散歩、というと城の中だろうがその辺だろうが、少し気晴らしに歩く程度のイメージがある。

 休日にただ歩くだけ、というのはどうかと思うが…… マリルの事だ、何か策があるのだろうか。


「ルーちゃん、明日は朝ごはん抜いてきてね?」


「?朝食を? 散歩をするんだろ、どうして?」


「ふふふ……マリルちゃんの言う散歩というのはズバリ、『探訪』よ。そしてそれは、数々の食との出会いを繰り広げる『冒険』でもあるの」


「さっぱり意味が分からん」


 首を傾げるばかりのルーティアに、マリルはもう一度指を差して、決める。


「明日は朝に城門前に集合!城に籠りっぱなしだったそなたに、真の『散歩』を伝授しようではないかッ!」



――


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