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(4)

――



「ピクニックねぇ。あんまり経験ないなぁ、アタシ」


 マリルは苦笑いを浮かべながらも、フライパンに刻んだ玉ねぎを入れて炒め始めた。

 ごま油の香ばしい香りと焼けていく玉ねぎの香りが食欲をそそる。


「『休日マスター』ともあろう者が珍しいな」


 ルーティアはその横で、きゅうりを刻む。続いて食パンを袋から出して、それにバターを一つずつ丁寧に塗っていった。


 ここは、城下町にあるマリルの家。

 家と言ってもマリルの住んでいる場所は、賃貸の共同住宅。いわゆる『アパート』という建物だ。

 二階建て六室の小さな住宅の一階左端に住むマリルの部屋は、六畳二間の小さなもの。しかし独り暮らしには十分な広さだという。

 ベッドとテーブルだけの質素なものかと思っていたが、壁際の本棚には旅行関係や趣味関係の本がぎっしり詰まっている。

 ちなみに、魔法の教本や魔術書に関しては、見る限りでは存在しなかった。

 親友の家にあがるのがこんなタイミングだとは思ってもいなかったが、しかもまさか一緒に料理をする事になろうとは。


「アウトドアはあんまり知識ないのよねー、アタシ……。あ、ルーちゃん食パンオッケー?じゃあ刻んだきゅうりとハム挟んでってくれる?そしたら斜めに半分に切っておいてくれればいいから」


「耳は切らなくていいのか?」


「もったいないしいいでしょ。みんなそれぞれ食べ物持ち寄るみたいだし、テキトーでさ」


「そうだな」


 ルーティアは言われた通り、先ほど包丁で切ったキュウリと、ハムを食パンに挟んでサンドイッチを完成させていく。


「でもさー、アタシも一緒に行っていいの?騎士団のお疲れ会なんでしょ?アタシ今回の作戦なーんにも関係ないけど」


「マグナが他にお友達もいれば是非、と言っていてな。それに……私だけで行くとリーシャが終始睨んできそうでかなわん。助けてくれ」


「あはは、アタシは中和剤ってコトね。りょーかい。それじゃ、遠慮なく行かせてもらおうかな」


 朝9時。

 朝食を食べ終えたルーティアは、マリルの家へ向かい、サンドイッチを作る手筈となっていた。

事前に既にマリルもピクニックに誘っており、具材はマリルが全て用意しておいたものだった。


 確かに今回のピクニックは先日の地下水路探索のお疲れ様会としてマグナが企画したものだ。

 しかし主催者曰く、せっかくだからルーティアがいつも世話になっているという『休日マスター』にも是非会っておきたいという事で、マリルも同行するようになった。


 集合は午前11時。場所は王国公園。城から少し歩いた場所にある大きな広場のある公園で、休日は家族連れのピクニックで賑わう場所だ。

 四季折々の木々や花が植えられ、芝生の広場でそれを鑑賞しながらランチを持ち寄り食事をするのが定番というスポット。

 元からややアウトドアの趣味があるマグナが勇気を出して誘ってみたのが、このピクニックであった。


 マグナとリーシャはペアになり、ルーティア・マリルペアと二つのチームに分かれる。

 それぞれのペアで四人分の軽食を用意する事となり、ルーティア達はサンドイッチを。マグナとリーシャはお菓子や飲み物、それからレジャーシートなどのピクニックに必要な物も用意する作戦となっていた。


 そして、現在。

 ルーティアはマリルの家で、共にサンドイッチ作りに励む。


「……それで、マリルは何を作っているんだ?」


 先ほどからマリルは、フライパンで本格的な料理のようなものをしている。

 サンドイッチ作りと伝えたはずだが、次にフライパンに入れたのは、豚肉だ。その次にすかさず、ショウガを加えたタレのようなものを肉の上からかけた。


「ん?豚の生姜焼き」


「サンドイッチ作りだぞ?おかずづくりをしているわけではないのだが……」


「ふふふふ。ま、お楽しみよ。ルーちゃん、食パン何枚か広げといてくれる?バターは塗らなくていいから」


「???」


 頭に疑問符をつけたままルーティアは食パンを数枚用意しておいた。

 肉を焼く香ばしい香りと、ショウガのスパイシーな香り、酒や醤油の芳醇な香りが換気扇に吸い込まれていく。


「よし、こんなもんかな」


 マリルは豚の生姜焼きを完成させると、フライパンからそれを菜箸でつまんで…… 食パンの上に乗せていった。


「お、おいおい……」


 ルーティアの驚く声も鼻歌で聞き流し、どんどんとそれを乗せていく。

 フライパンを空にするとそれを置き、軽くマヨネーズをその上に出し、一枚レタスを挟む。そして食パンで蓋をして……。


「完成っ。豚の生姜焼きサンド―♪」


「……美味いのか、コレ……」


「くくく、コイツの美味さを知らないなー?ルーちゃん。試しに食べてみな―?」


 マリルは包丁でサンドイッチを小さめに切り、ルーティアに手渡す。

 ルーティアは、アツアツの生姜焼きをふーふーと冷ましたあと、恐る恐る口の中に入れた。


「……。……!!! な、なんだこれ……ものすごく、美味い……!!」


「でしょでしょー?ご飯に合うものは、基本的にサンドイッチにも合うのよー」


 生姜の甘辛いタレが、ふわふわの食パンの生地に染み込んでいる。アクセントのマヨネーズとレタスの相性も抜群で、サンドイッチなのに肉のガッツリとした食感が味わえる一品だった。


「あとはデザートサンドも作っていくね。ホイップクリーム用意しておいたから、イチゴを半分に切っていってくれる?それとミカンの缶詰もあるからそれも……」


「……マリル。こんな風に一人で料理してるのか。すごいな」


「あはははは。まあね。普段は一人で作って一人で食べるだけだからもっと簡単にだけど、食べさせると思うとついはりきっちゃうなー」


「素直に尊敬するぞ。魔術団ではからっきしだが、料理の腕がこんなにあるなんて……」


「あはははははは。それ、褒めてるのかなぁ?あはははははははは」


 爆笑するマリルの目は笑っていなかった。サンドイッチを頬張るルーティアの頬を引っ張る。


「いでででで」




「でも、マグナって子はなんで急にピクニックなんて言い出したのかしらね?」


 自作のサンドイッチを味見しながら、マリルは思った疑問を口に出した。

 ルーティアもその疑問を感じていたらしく、腕組みをして考える。


「地下水路に一日いたから太陽が恋しい、なんて言っていたな。しかし皆を誘ってのピクニックなんて急に大それたことをどうして言いだしたんだろうか」


「きっと何かあったんじゃない?……それとも。元からそういう願望があった、とかね」


「願望?」


「そ。皆でピクニックしたいっていう思いに、理由をつけたかったんじゃないかな」


「ううむ……そう、なのかな?」


 ルーティアはどうも分からないその疑問に、首を傾げるばかりだった。



――



「あ、来たわね。おーい、こっちよ、こっち」


 11時ちょうど。

 既にリーシャとマグナは公園にレジャーシートを引いて準備を始めていた。


 既に葉となった桜の木の下。

 春だというのに少し汗ばむくらい、日差しの強い日となったが日陰なのでそよそよと風の気持ちいい場所。


 ルーティアとマリルは大きなランチボックスにサンドイッチとおかずを詰め込みやってきた。

 マグナはサンシェードのテントを広げ、リーシャはレジャーシートの上で水筒の飲み物を飲んで休憩中。まったく、と言いたげな表情で二人を睨む。


「遅いわよ二人とも。普通は約束の時間少し前にくるものよ」


「こ、これでも急いできたんだけどさぁ……。ついサンドイッチ作りに気合い入っちゃって。あはは、ごめんごめん」


 マリルは照れ笑いをして謝った。

 その声を聞いて、テントをセッティングしていたマグナがひょっこりと顔を出して二人の方を見る。


「あっ。魔術団のマリルさんですか?初めまして!騎士団のマグナ・マシュハートと申します!」


「これはこれは。休日マスターことマリル・クロスフィールドです。以後お見知りおきを」


「自分で言ってて恥ずかしくないのね、その二つ名」


 リーシャは呆れた顔のまま、溜息をついた。



――


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