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(2)

――



「マグナッ!周囲を警戒!松明とランタンの火を絶やすな!敵は私が相手をする!」


 暗闇の地下水路を照らすのは、炎とランタンの光のみ。

 夜目がきくジャイアントラットは暗闇でもこちらの動きが補足できるが、こちらは炎がなくてはひとたまりもない。

 ルーティアは三体のジャイアントラットと、一人で対峙をする事に決める。



「で、でもルーティアさん一人じゃあ……!」


「心配するな。お前の事は必ず守る。だから、私を信じてしっかり見守っていろ」


「は……はいッ」


 頼もしい言葉に、ルーティアは手に持つランタンにグッと力を入れる。



(敵は三体。動きの素早い魔獣。巨体だが……跳躍にも注意する。後ろに回り込まれる事を避け、前方にだけ敵を固める。近づいたらまず攻撃、防御よりも回避を優先……)


 ルーティアは、頭で瞬時に状況を判断。

 三匹の魔獣の動きを何十通りにもシュミレートし、どの動きにも対応できるように計算する。

 同時に相手をしつつ、効率よく敵を攻撃。常に動き回る相手に対して対応しやすい剣の構えとは……。


 すなわち、『脇構え』。


 上、下、左右、どの方角からの攻撃にも対応できるよう、ルーティアは剣先を後ろに引き、自分の腹部の横に柄を構える。

 本来ルーティアの持つロングソードでこのような構えはしない。重量のある長い剣は素早く振りまわす事に不向きで、構えとしては上段に置くのが一般的。


 だが、彼女はそうしない。


 どの方角からの攻撃にも対応し、どんな攻撃にも攻撃・防御・回避、いずれかの行動がとれるような適切な構えと位置をとる。それが例え、動きにくく不利な体勢だったとしても、相手の動きの方を優先する。


 何故なら―――。




「キシャアアアアアアッ!!」


 一匹目。

 体長1mとは思えぬほど俊敏な動きで、灰色の巨大鼠が突進する。

 大きく跳躍し、鋭い爪と牙で相手を押さえつけ、動きを封じようとする動きだ。


「……!!」


 脇腹に構え、後ろに引いた刃は…… まるで閃光のごとく、煌めく。


 一瞬の出来事。

 薙ぎ払われた剣はジャイアントラットの身体を両断する。

 血が噴き出るより速く、ルーティアは落ちてくる二つの死骸を右にかわす。


「は……速い……!」


 マグナが思わず言う。


 ルーティアが常に自分の動きより、相手の動きに対応する事を重視する理由。それは……。


 重い剣を振るう事も、それを持って動く事も、相手より速く行う事が出来るという絶対的な才能と力量があるからであった。


 それはまさに、雲を切り裂き、暗闇を幾重にも枝分かれし一瞬輝く『稲光』そのものであった。



 一体目のジャイアントラットが切り裂かれた事に、二体のジャイアントラットは一瞬慟哭する。

 魔獣といえど、仲間をあんな一瞬で殺された経験は、ないのであろう。

 怒り、悲しみ、そして……畏怖。

 それを感じる事があれば、獣であろうと一瞬の隙が生じる。

 その一瞬の時間に、ルーティアは二体目のジャイアントラットの前に、移動していた。


「――― ! ギッ!?」


 またしても、一瞬。

 大きな二つの目玉の、中心。巨大な鼠の眉間に、剣先が刺さる。

 長い刀身の四分の一ほどが魔獣の眉間へ、そして骨を斬り、脳まで貫かれる。

 少しだけ抵抗しようとするジャイアントラットの抵抗もむなしく、急所を攻撃された魔獣は動きを止めた。


「ギアアアアアア――――ッ!!」


 その背後から、三体目のジャイアントラットが襲撃をかける。

 一体目と同じように、飛びかかり、相手の動きを封じようとする爪の斬撃。


「危ない、ルーティアさんッ!!」


 マグナは叫んだ。

 二体目のジャイアントラットに剣を突き刺していたルーティアは、剣を捨てなければその攻撃に対応できない。

 しかし、その動きも彼女にとっては、予測済。


 まるで、鞘から剣を抜刀するように。

 蓄えられた力は引き抜く事によってより速く、強くなる。

 倒れた二体目のジャイアントラットの眉間から勢いよく引き抜かれた刃は、下段から上空へ。

 雷光のような、斬り上げ。

 その斬撃は三体目のジャイアントラットの身体を左右に分けた。



「……す……すご、すぎる……」


 時間にしてみれば、一分も経ってはいなかった。

 三体の魔獣は容赦なく倒されていた。

 攻撃を一度も受ける事もなければ、無駄に防御や回避に徹する事もない。

 相手の動きを予測し、変化に素早く対応し、瞬時に最適な攻撃を繰り出す。


 それが、ルーティア・フォエルが騎士団一の実力といわれる所以であった。



「……ふう。危ないところだったな」


 ルーティアは安心した溜息をついて、刀身についた血を払って剣を鞘に戻す。


「どこがですかっ!一瞬で三体の魔獣を倒すなんて……すごすぎますっ!」


「予想したより相手の動きが鈍かった。魔獣といえ、大きな身体を動かすのには速度の限界があったようだな。もう少し速ければ……」


「や、やられちゃった、ってコトですか?」


「いや、違う攻撃パターンを試していたところだった」


「……結局は、倒せるってコトなんですね」


 マグナは呆れたような、感心したような笑いを見せた。



 しかし、油断をしたその一瞬の隙。


 僅かに水路を駆ける、二つの足音。

 それは人間ではない。速く、重く。相手を捕食しようとする、魔獣の足音。


「―――ッ!! マグナッ!! 後ろだ!!」


「――― え?」


 いかにルーティアといえども、間に合わない。

 暗闇から猛スピードで接近した、二体のジャイアントラット。

 それはルーティアにではなく…… 背後にいた、マグナの背中へと襲い掛かっていた。


 気付いた時には既に魔獣は跳躍。

 体重をのしかけ、牙で相手を捕食しようと、大きな口を開けていた。


 一瞬の出来事。マグナの肩口へと、ジャイアントラット二体の牙が襲い掛かり―――。




 グシャアアア。


 鈍く、重い、肉の音がする。


 それは……。


 二体のジャイアントラットが、重く大きな剣に切り裂かれた、斬撃の音だった。


「え」


 助けにいこうと鞘の剣に手をかけ、駆けだそうとしたルーティアの動きが止まる。



 マグナが背に背負っていたのは、分厚く、大きな剣。

 ツーハンドソードと呼ばれる大剣だが、マグナの物は更に横幅が広く、常人では扱いきれないほどの重量を誇る、巨大な剣。

 鞘すらなく、ただ背中に背負っていただけのその剣は、信じられないほどの速度を以て横に薙ぎ払われた。


 危ない。

 その判断が出来た瞬間、マグナの少し心配そうで頼りない笑いは掻き消えた。

 鋭く、獲物を狩る、狩人の目。身体を反転させると同時に、背中の大剣を抜刀。

 野球のバットを振るうようにスイングされた巨大な剣は、斬るというより、叩くように二体のジャイアントラットの身体を、同時に切断した。


 二体の魔獣の、真っ二つになった四つの身体が勢いよく転がり、石造りの地面へと転がっていく。



「…………。あー、びっくりしたぁぁぁ……怖かったぁぁぁぁ……!!ふぇぇぇぇ!!」


 泣きそうになりながら、マグナは大剣を背中にしまい、ルーティアに駆け寄って抱き着いてきた。



「……こっちがびっくりしたよ」


 人は、見かけによらない。

 ひょっとしたら、このマグナという女剣士……騎士団でも相当腕が立つ方なんじゃないだろうか。


 ルーティアは乾いた笑いを浮かべながら、自分に抱き着いてシクシク泣くマグナの頭を撫でた。



――


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