(4)
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「こ……これが、しょっぴんぐもーる、か……!」
その建造物は、あまりに巨大であった。
ルーティアが住んでいる王国城と同じ、もしくはそれ以上に大きな、その建物。
見上げれば天高く。横を見れば果てまで。どこまでも続く白い壁。まるで要塞のようにそこにそびえる、圧倒的な存在感。
乗り合いガアに乗っていたほとんどの人々はこの場所で降りて、吸い込まれるように建物の入り口へと入っていく。
恋人同士、家族連れ、果ては老夫婦まで、幅広い年齢層が巨大な建物の中央に位置する小さな窓のような入り口へと歩いていくのであった。
「で……でかすぎる……。こんな場所に、一体何があるというんだ……?」
ルーティアの疑問に、マリルがしたり顔で説明をした。
「ふふふ。そう思うのも無理はないわよね。まあ、ざっくり言うと……この中には『街』が入っているのよ」
「街が……?どういう事だ?」
「いわば巨大な商業地区。この中に入れば、ありとあらゆる物が手に入ると言っても過言ではない。ダンジョンにして、店。そして、要塞。この中を今日は冒険していくわよ、ルーちゃん」
「…………。別に、私は簡単な私服が手に入ればそれでいいんだが。何故冒険をしなければいけないのだ」
ルーティアの疑問が疑惑に変わっていく前に、リーシャがその背中をバン、と押した。
「ほらほら、御託はいいからとっとと入るわよ。ビビッてるんじゃないの」
「なんだ、えらく乗り気だな、リーシャ」
「うふふふ……トーゼン。わたしだって今日はお給料みっちり持ってきてるんだから。買い物で日ごろの鬱憤を晴らしてやるのよ」
「……人によって、ここに入る目的は色々なんだな」
「まあアンタの服選びもしっかり手伝ってあげるから。ほらほら、脅えてないでとっとと行った行った」
リーシャに背中を押されながら、ルーティアはゆっくりと要塞の近くへと歩み出ていく。その後を、楽しそうにマリルがついていくのだった。
「い、いきなり入るのか……。装備を整えてアイテムを確認してからの方が……」
「それ、前にスーパー銭湯行く時にも言ってたよね。身構える必要なんかないんだから早く進みなさいな」
「な、中に灯りはあるのか?せめて松明だけでも持っていかないと……」
「そこまでダンジョンしてないから。さーさー、行くよルーちゃん」
―――
「………… わあ」
思わず声を漏らすルーティア。
広い。広すぎる。
自分の住んでいる城は幾重にも部屋があり、歩けばその大きさを把握できるが全体像を見通す事はできない。
対して、このショッピングモールという建物の廊下には……遮蔽物が、一切無い。
広く長い大理石の廊下の左右には、小さな店が軒を連ね、それがずっと続いて行く。
城下町の商店街も似たような景色ではあるが……恐るべき事に、ここは『室内』である。
店を住居にして集合している商店街とは違い、この場所そのものが一つの巨大な都市であり、店なのだ。マリルが入る前に言っていた意味がルーティアにも理解できた。
右も、左も。東西南北、どの方角も。端が見渡せない。緩やかにカーブをしたその廊下の先がどこまで続いているのか、中央に位置する入り口からは見えないのだ。
しかも、恐ろしい事に。
「……な、何階建てなんだ、ここ……」
「三階建てね。屋上にガア専用の駐車場もあるから、実質的に四階か」
マリルが説明する。
「つ……つまり、一階にある店の数が、同様に二階にも三階にも存在する事になるのか」
「そういうコト。スゴイでしょ」
「……なんで、そんなに店が必要なんだ。そんなに種類、必要ないだろ、どう考えても」
「まあ、そう思うのも分かるわ。まずは中を散歩してみましょ、二人共」
マリルの提案にリーシャも頷いた。
「わたしお気に入りの店あるから、そこ寄ってね。あ、あと雑貨屋さんも見たい」
「はいはい。でもまずは色々見てみようよ。ガッツリ服選ぶのはその後ね。それでいい?ルーちゃん」
「…………。任せる」
立ち回りがさっぱり分からない。
とにかくルーティアは、二人にどう動くかを任せるしか取れる行動がないのであった。
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三人は、まず三階へ。
この建物は『魔法石』と呼ばれる魔力を発する石を利用した設備が多い。
『魔導式自動昇降装置』という乗りものもその一つで、一階から二階、二階から三階へと自動で移動をする階段が点在していた。
それすら乗り慣れないルーティアをしんがりに控えさせ、マリル、リーシャの順にまずは三階へと場所を移す。
フロアの端までまずは移動をし、吹き抜けの廊下を三人はのんびりと移動をする。移動をしながら、マリルがルーティアに説明をしていった。
「三階はファッション関係の店は少ないわね。調理用具や、装備用品。野営用のテントや文具。それに……映画館なんかもあるわね」
「映画?」
聞き慣れない単語にルーティアは首を傾げた。今度はリーシャが説明をする。
「魔法石を使った記録媒体再生装置らしいわよ。魔力で保存をした映像を、スクリーンっていう巨大な額縁に絵みたいに映すんだって。わたしも観たことないから知らないけどねー」
「????」
そう言われてもさっぱりピンとこないルーティアであった。
「最新設備だからね。体験した事ない人も多いでしょ。今度、三人で観にこようよ、ルーちゃんと、リッちゃんとさ」
「ま、興味がある作品だったら付き合ってあげてもいいわ」
「お、おう」
とりあえず生返事をするしかない、ルーティア。
「あー、お菓子やさんとかあるのよねー。あとフードコート。甘いもの食べたーい」
リーシャが通り過ぎていく駄菓子屋を、未練がましく見ている。マリルがその手を引っ張って先へと進んでいく。
「食品関係は後。かさばるでしょ?甘いものも、まだ午前中だから早いって。まずは洋服から選ぶコト」
「ぶー」
「…………」
ルーティアは、ただただ、通り過ぎていく店の数々を眺めていく。
十歩も歩けば、次の店に出会う。そしてまた、十歩、違う店。十歩、違う店。
装備用品や運動用品など、同じ物を扱う店でも幾つも種類があり、取り扱うものも微妙に違う。
今までは数種類しかない物の中から一つを選ぶ経験しかない女騎士にとって、ここは迷いの森に等しい品数が存在する。
まさしくここは、ダンジョンであった。
そんな様子を、見透かしたようにマリルはルーティアの隣に近づいてきた。
「……ふふふ、困惑してるね。ルーちゃん。分かるよ」
「……なんでこんなに店があるんだ。靴なら靴で、一種類だけ扱えばいい話じゃないか……。こんなに店と品数があったらどれを選べばいいのか……」
「それだけ人の数が多いってコトよ。人が多ければ、用途も多い。靴と一言に言っても、使い方も使う場所も人それぞれで変わってくるのよ。だから店も品数も多い。……でもね」
マリルはルーティアの肩に手を置いて、怪しく笑いながら言った。
「この後、ルーちゃんは更に迷うコトになるわよ。この要塞で……」
「……なに?ど、どういう事だ……」
「ふふふ……」
そしてマリルは、驚くべき……ルーティアにとっては、恐怖の一言を、告げる。
「二階は全て、ファッション関係のお店なのよ……!!」
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