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「ふーん、ルーちゃんの服ねぇ」
結局、マリルの『春の新作』は魔術団長の発熱との因果関係が証明されるまで飲まないと告げられ、仕方なくマリルが二本飲み干している。
二人は持参した水筒で水分補給をしながら、マラソン後の休憩を城の外堀で歓談をしながら過ごしていた。
外堀の川の傍には木製のベンチが置いてあり、水音を聞きながらの夕暮れの会話は、心の落ち着く安らぎの時間となる。
「そういや、アタシもジャージと甲冑以外の服見たこと……あ、いや。初めて会った時は私服だったよね。カーディガンとジーンズ。あれ、どうしたの?」
「なんだ、ちゃんとした服持ってるんじゃないの」
リーシャが聞くと、ルーティアは首を横に振った。
「あれは休日に出かけるということで、王が侍女に用意させたものだ。使用後に洗濯して返却した」
「返しちゃったの!?」
「別に返さなくてもいいと言われたんだがな。私は運動着があればそれでいいし」
しかし、ルーティアはそう言ったあとしばし考えるように手を口元に当てる。
「……でも、やはり休みの日を過ごすにはなにか私服があった方がいいのかな」
マリルとリーシャの二人はルーティアに芽生えた疑問を首を縦に振って肯定した。
「ルーちゃんスタイルいいし美人なんだから。背も高いし。絶対なんかオシャレな格好した方がいいって。ジャージも似合うけどさ」
「ラフな格好お断りのレストランとかもあるのよ。ちょっとは色んな服試してみた方がいいに決まってるじゃない」
二人に言い寄られ、ルーティアは少したじろぎながらも検討を重ねる。
「リーシャは随分と可愛らしい格好をしてきたな、前回の動物園の時は」
ルーティアの言葉に、リーシャは少し照れるが少し嬉しそうにした。
「か、可愛らしいっていうな。普通でしょ、あんな格好。わたしくらいの年代なら今はああいう服が多いのよ」
「ルーちゃんがああいう服着ても案外似合うかもしれないしねー。あー、なんかコーディネートしたいなー、アタシ」
前回の、リーシャの格好。
フリル付のピンクのトレーナーに、キュロットスカート。膝を覆う白のハイソックス……。
ルーティアは、慌てて否定した。
「馬鹿を言うな。似合うはずがなかろう」
「いいや、普段冷徹なルーちゃんがああいうカワイイ格好してればギャップでイチコロだって。男も女も」
「別にイチコロにしたいワケじゃないぞ。私服が少し欲しいというだけだ」
「まあとにかく、そういう服の一着や二着あっても絶対に損じゃないってコトよ。……うーん」
マリルは少し考えて、ルーティアに提案した。
「ルーちゃん、明日給料日よね。アタシもだけどさ」
「ああ、そうだが」
「よし。思い切って今週の休みはルーちゃんの服選びっていうのはどう?アタシもちょっと出すからさ、色々コーディネートさせてよ」
「ふ……服選び、か?」
突拍子もないマリルの提案にルーティアは困惑した。
「いいのか?私の服選びに付き合うだけで、マリルの休みを使ってしまって」
「いいわよ。アタシも色々見せてもらうから。……あー、服だけじゃなくて、靴とか小物とか色々見たいなー。…………よし」
マリルは少し考え込んで、再びルーティアに提案した。
「決めたッ!!今回のお休みは『ショッピングモール』に行くわよ!! ルーちゃん、リッちゃん!!」
「おー」
パチパチと、ルーティアは小さく拍手をした。未知の場所へ行く期待からだろう。
「……はあ。ショッピングモールね、仕方な…… え。ちょっと待って」
なんとなくその場のノリで承諾をしたリーシャだが…… すぐに否定をした。
「なんでわたしが一緒に行く事になってるのよ!?関係ないでしょ!?アンタら二人で行ってきなさいよ!!」
「だってリッちゃんだってしたいでしょ?ルーちゃんの服のコーディネート」
「…………。べ、別にしたくないわよ!!なんでコイツの服をアタシが選ばないといけないの!!」
あ、ちょっとやりたそうだな。と、マリルは推察する。これは少し押せば簡単に動きそうだ、と。
「それとは別にリッちゃんだって行きたいでしょ?カワイイ服とか小物とか色々売ってるよー」
「うっ。……い、行きたくなんて……」
「お給料日、リッちゃんもでしょ?たまにはお買い物も悪くないよね?皆で行くと楽しいよー、買い物」
「うううう……ッ。な、なんでアンタらと一緒、にッ……」
「お昼も美味しいもの食べてさ。あー、ケーキ屋さんとかもあるのよねー。あまーいケーキ、お姉さんが奢ってあげるよー?」
「うぐぐぐぐぐぐ……。ぐぅぅぅ……ッ!!」
「ね?一緒にお出かけ、付き合って?」
マリルが、にっこりと微笑む。それが、最後の一押し。
リーシャはその場に崩れ落ちて地べたに座り、敗北した。
「し、仕方ないわね……。そこまで言われるのなら、付き合って、あげるわ……」
「フッ」
マリルはリーシャに見えないように、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「それで、ショッピングモールとはなんなんだ?」
ルーティアの質問にマリルは腕組みをしてしばし考えた。
「んー……。内緒。実際に行ってみた方が多分、びっくりすると思うし」
「なんだ、またそのパターンか。流石に私も色々見てきたし、簡単には驚かんぞ」
「ふっふっふ。どうかな。 多分ルーちゃんは、また驚くと思うよ」
「?」
ルーティアは首を傾げる。
彼女は、知らないのだ。
この王国最大の、商業施設。その巨大さを。
それは彼女の想定を遥かに超える、未知の店であろう事を。
ルーティアの驚く顔を、今からマリルは楽しみにするのであった。
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