(6)
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「……ふう。結構歩いたな」
「あー、もういいんじゃないかな……。もうアタシ足パンパンなんだけど……」
三人は、園内のレストランで昼食をとっている。
入園から三時間、動物のコーナーに行くたびに リーシャが見とれる→しばらく見続ける→引きずって次のコーナーに行く→リーシャが見とれる を繰り返し、園内の四分の一をどうにか見れた程度。
今日一日で全ての動物を見るという事は難しくなってきた様子だった。
その間立ちっぱなしだったマリルは既に疲れがみえてきているが、騎士団出身の二人は体力に余裕があるようだ。
「なに言ってるのよ、閉園までいるに決まってるでしょ。えーと、次はゴリラの森のコーナーね。ああ、楽しみだなぁ……」
「……お気に召されたようでなによりです」
そう言うマリルの表情はひどくぐったりとしている。
「しかし随分広い動物園なんだな。国営らしいが、まさか城の近くにこんなに動物が住んでいるとは」
ルーティアは昼食……とは言い難い、バナナパフェを口に含みながら外の様子を眺めている。
「不思議な空間だよねー。すぐ近くには街があるのに、こんな非日常空間が広がってるなんてさ。年間パス買う人が多いのも頷けるよ」
マリルのその言葉に、リーシャの耳がピクッと反応した。
「ねんかんパス……?なにそれ」
「ああ、入園にお金かかるでしょ、ここ。でも年間パスっていうの買っておけば、一年間入り放題になるのよ。値段もかなり安めに設定されてるし……入園料四、五回分くらいで買えちゃうんじゃないかな」
「…………」
リーシャはマリルに背を向け、バッグから自分の財布を取り出して中身を数え始める。
(あ、買って帰るつもりだ、この子)
「で、どうするんだ?リーシャはゴリラの森の方に行くと言っているが」
昼食を食べ終わり、休憩を終える三人。立ち上がろうとするルーティアとリーシャだが、マリルの表情は暗い。
「ぶえー……。足全然回復してないよー……もうちょっとだけ休んでいこうよー……」
「なによ。それじゃわたし、一人で見に行くわよ」
「そうさせたいけど、一応アドバイザーとしてアタシも来てるわけだしさー……。黒服さん達に怒られないかなー」
マリルはチラチラと、レストランの奥のテーブルに座る黒服の方を見る。
「じゃあ、どうするんだ」
「いいから立ちなさいよ。背負ってでも連れていくわよ」
「うー……それもどうかと……。 ……あ」
なにか閃いたようにマリルは立ち上がり、持ってきたパンフレットを広げる。テーブルの上に広げると、パンフレットの一か所を指で示した。
「ここ、いこう!」
「……?ふれあい、ひろば……?」
その場所には、そう書いてあった。
――
「はーい、それじゃあ今からウサギちゃんたちを皆さんの膝に乗せますから、優しく背中を撫でてあげてくださねー」
係員のお姉さんはそう言って、抱いているウサギを客の膝に優しく乗せていく。
小さなログハウスの中には、ルーティア達と数人の子ども連れの家族。そして係員のお姉さんが二人。
囲むように座らされた三人の膝に……小さなウサギが、乗せられていった。
「……わあぁぁぁぁぁあ……」
輝く瞳を膝の上の真っ白なウサギに向け、ふわふわの毛に恐る恐る触れるリーシャ。
やさしく、包まれるような毛並み。微かに暖かな体温は、まるで高級な布団のように触り心地がいい。
「うむ……これは、気持ちいいな」
「ね、来てよかったでしょルーちゃんも。この動物園、ふれあいコーナーがあるの思い出したのよ。こういう小動物を実際に触らせてくれるの」
ルーティアも、優しい表情で膝の上のウサギを撫でる。
動物園の端には、こういった実際に動物に触れて体験や学習をするスペースがある。主に小さな子どもに向けたコーナーではあるが、大人も勿論参加できる。
ヤギやモルモット、ウサギなど攻撃性の少なく安全な動物が多いので子どもにも安心でき、マリルのような疲れた大人にも足も心も癒せる絶好のスペースというわけだ。
「どう?リッちゃん。ウサギ」
「すごく、かわいい……。目、おっきい……。耳、絵本で見たみたい、長い……。毛、ふわふわ……。あったかい……。きもちいい……」
「あはは、接続詞がなくなるくらいに感動してるわけね。どう、ルーちゃんは」
「うむ。普段は野営で食べたりする事も多いが、こうして触れるのもいいものだな。可愛いぞ」
「素直な気持ちで見ようね、ルーちゃん」
今日一日、なんだかツッコミに回る事が多い気がするマリルだった。
「しかし……こうして見ると、普通の女の子だな、リーシャも」
リーシャには聞こえないようにこっそりと、ルーティアはマリルに話かけた。マリルもその言葉に嬉しそうに頷く。
「多分ね、ルーちゃんが思ってるよりリッちゃんはもっともっと、女の子らしいと思うよ」
「ほう」
「カワイイものが好きで、女の子らしい格好が好きで……でも、プライドが高くて、負けず嫌い。強くなるのが好きで、人に認められたい。だからルーちゃんにつっかかる……。14歳らしいじゃない、いかにも」
「……案外、そうなのかもな」
「でもきっと、ルーちゃんのコト、どこかで憧れてるんだと思うよ。嫌いっていうよりは……安心できるケンカ相手って感じなんじゃない?」
「憧れ……。そういうものか」
「そうだよ。じゃなきゃ今日、こんなに素直にここについてこないって。謹慎だろうがなんだろうが、絶対に来なかったと思うよ」
「…………」
「心の奥じゃ、ルーちゃんのコト、お姉さんみたいに慕ってるんだと思う。だから……ルーちゃんも、可愛くてナマイキな妹くらいに、思ってあげなさいな」
「……殺す、なんて真顔で言う妹は、少し遠慮しておきたいのだがな」
苦笑して、溜息をつくルーティア。
そんな会話をされているとは露知らず。
リーシャは自分の膝元にいる小さな生命を、愛おしそうに撫でる事に夢中だった。
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