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――


「……いいのか、オキト国王」


 書面を見たランディルは、相手の表情を窺うように目線を向ける。

 対するオキト国王はにっこりと微笑み、相手を安心させるようにゆっくり頷いた。


「オキト城にも……いや、国内にも『魔族』という種族自体を嫌悪する声は出てくると思う。だからこそ、ワシ達上の者が示しをつけなくてはな」


「だが、今回の件を有耶無耶にしては……」


「有耶無耶になんてしていないよ。紅蓮の骸、首謀者のドラク・ヴァイスレインは無事に監獄に収容。メンバーもあらかた捕らえられたし、しばらくは安泰でしょう、うん」


 楽観視をするようなオキト国王に、魔族であるランディルは当惑を隠せないでいる。


「だが……こんな。今回の件で魔族に対する措置命令も下さなければ、国内に広めることのない極秘の事件とするなどと……」


「城に直接攻め入れられたのが幸いしてね。国内はおろか、城下町にも今回の事件はほとんど認知されていない。だから、わざわざ広める必要もないでしょ」


「紅蓮の骸は……『魔族』という種族の尊厳を旗にしてクーデターを起こそうとした。実際俺には、奴らのような考えの魔族が何人いるのか見当もついていない。示しをつけるというのであれば、魔族に対する罰則や規則の強化も……」


 しかし、当の魔族であるランディルの提案にも、オキト国王は優しくも強く首を横に振るのであった。


「今まで、上手くやってきたじゃない。魔族と人間はさ。貴方だってそうでしょ?オキトに住み、オキトで働き、オキトで家族と暮らしている。ワシは今回の事件より、そういう人たちに対する気持ちを変えないことの方が遙かに重要だと思ってるよ」


「……国王」


「だから、ランディルさん。貴方が魔族と人間の架け橋となり、友好の証となれるよう……これからもどうか、よろしく頼むよ」


「……すまない。恩に着る」



 ――ドラク・ヴァイスレインを筆頭とした紅蓮の骸、団員およそ百名。

 ルーティアとリーシャによりリーダーであるドラクは気絶。その後団員により捕らえられ、オキト監獄に収容。幹部含めて数十名の身柄も同様に確保された。

 残りの紅蓮の骸メンバーに関しては取り逃がす形となり、今後の『魔族』という種族に対するオキト国側の措置が懸念される中、オキト国王が下した決断は先ほどの会話の通りであった。

 『なにも変えない』。

 魔族でありながら、今回人間側に最初から最後まで協力をしたランディル・バロウリーはその言葉に不安を覚えながらも、安心をしていた。

 魔族という枠組みに未練がないかと言われれば、そうではない。『自分が魔族であり、高潔な存在である』という考えは、意味合いは違えど心に持ち続ける者は多く、ランディルも例外ではないからだ。

 ただランディルにとってそれは、『それを忘れずにオキトの人間達と共に暮らす』という程度のものであり、大半の魔族がそう考えているはずであった。それを理解してくれたオキト国王の決断に、心から感謝と安堵をしている。


「……ふふふ、いや、そうだな」


「? どうしたのさ、ランディルさん」


 思わず笑うランディルに、オキト国王は首を傾げた。


「あんな規格外の強さの騎士達がいるのだ。ちょっとした反乱など……オキト城からすれば、たいしたことはないのだろう。だから、安心できるのだろうな」


「あっはっは。まあ、ワシ自慢のオキト騎士団とオキト魔術団ですから。……さ、そんなワケで、そろそろ時間か」


 オキト国王は時計を見上げて、玉座から立ち上がる。

 ランディルはそれに続くように国王に向き直り、右手で顎を弄った。


「しかし、いいのか。俺に……サラまで呼んでもらって」


「なに言ってるのー。今回、ランディルさんの協力ナシではヤバかったんだから!さ、つべこべ言わず、会場へ行こう。サラちゃんも、みんなも、きっと待ってるよ」


「う、うむ…… しかし、なあ……」


「さっき言った通り。魔族と人間の友好の証として、ランディルさんもサラちゃんも、しっかり参加してもらうよー」


 オキト国王はランディルの背中を押しながら、大きな声で明るく言った。



「さ、行こう!パーッと今日は『打ち上げ』だ!」



――



「それでは…… 魔族と、人間の変わらぬ友好を願いながら、今回の戦いで活躍をしてくれた皆のためにここに祝いの場を設けさせてもらった。今宵は立場を忘れ、心ゆくまで楽しんで欲しい」


 謁見の間。壇上のオキト国王に、注目するオキト城の兵士達。

 王の話に耳を傾けているのもあるが、それより何より、大切なことがある。


 広い謁見の間を囲むように設置されたテーブル。そこには、色鮮やかな食材達が並ぶ。

 ビーフステーキ、チキンソテー、ラザニア、グリーンサラダ、にぎり寿司に天ぷら……。

 更に他のテーブルには、ワインやビールといったアルコール類の瓶もテーブルいっぱいに並べられている。


 皆、溢れる生唾をこらえながらも、王からの開始の合図を待っていた。


 そしてそれを察したように、オキト王は苦笑いする。


「はっはっは、挨拶を長くしても、諸君の耳には届かぬな。それでは…… このたびはご苦労であった。ゆっくりと食事と酒で、身体と心を癒やして欲しいッ!! それでは…… 乾杯ッ!!」



「「「 かんぱーーーいッ!! 」」」


 謁見の間に集った兵士達は配られた食前酒を飲み干すと、我先にとお目当ての料理の待つテーブルへ皿を持って進軍していくのであった。



「ふふふふ……醜き人間共よ。食い物の前に尊厳を失った姿……実に醜い」


「そう言いつつ皿にてんこ盛りに食べ物もってきてるよランディルさん。焼きそばにステーキに寿司に……取り合わせも無茶苦茶だし。焦ってとってきた感見え見えというか」


 壇上から兵士達を見下ろし悦に入っているランディルに、マリルがツッコミを入れる。


「ふふふ。やはりバイキングという食事スタイルの魔力の前に抗えないのはこの俺も同じのようだな」


「ランディルさん、結局そのキャラクターで通すのね。まあ、らしくていいですけど…… お、サラちゃんはキレイにとってきたねー」


 父親とは対照的に、娘のサラのとってきた料理はお盆の上に色合いや盛り方がしっかり纏められていた。

 サラダは緑の野菜に赤のトマトや白のオニオンスライスを散りばめて色合いを良くし、小鉢の小料理や漬物、ローストビーフなどの肉料理を盛りすぎない程度に持ってきていた。


「私、バイキングって初めてです!好きな料理を好きなだけとってきていいなんて、スゴイですね」


「ううむ、初めてにしてこの盛り付けの良さ……。性格出るなあ。パパと違って」


 チラ、とマリルはランディルの方を見て苦笑する。


「……言っておくが、俺なんてまだマシな方だと思うぞ。アイツ見ろ、アイツ」


 そう言ってランディルが指さした方向には……。


 やはり、というべきか。山のように料理をとってきているルーティア・フォエルがいた。



「……アンタ、自重って言葉知らない?一応今回、最前線で戦った騎士って国王が言ってたんだからさ見栄えよく料理とってくるとかさあ」


 呆れるリーシャも意に介さず、ルーティアは山盛りに盛り付けたフライドポテトを次々と口に運んでいく。


「好きな料理を好きなだけ食べられるのがバイキングだ。その力を私は最大限に発揮させてもらう」


「格好つけても姿がついてきてないわよ」


 他人のフリをするかのように、リーシャはそっぽを向いてパスタを食べているが…… 席を近くに置いているのはやはり、彼女らしいところであろうか。



「ルーティアさん、リーシャさん、このたびはお疲れ様だったのです」


「お二人とも、無事に食事を囲めることができて本当にボク、嬉しいです!一時はどうなることかと……」


 そこへマグナとクルシュのマシュハート姉弟が来る。

 食事を頬張りながらコクコク、と頷くルーティアに、小さく手を振るリーシャ。会話が出来ないルーティアは放っておき、リーシャが返答をした。


「ま、結果が全てよ。わたしも、マグナ達が無事で嬉しいわ。部下に重傷者もいないみたいだし、なによりね」


「リーシャ様が、最前線で戦ってくれたからです。……本当に、ありがとうございました」


「なに言ってるのよ。マグナだって、必死に戦ってくれてたんでしょ?城壁の防御任務をしっかり果たしてくれたからこそ、わたしも全力で戦えたの。……ありがとね、マグナ」


「いえ、そんな……っ。ボクなんて、まだまだで……」


「謙遜しなくていーの」


 顔を真っ赤にして照れるマグナに、リーシャが微笑む。

 一方では、ルーティアにクルシュが話しかけている。


「しかし、恐怖……ではなく、驚異の回復力ですねルーティアさん。その後、呪毒手の後遺症などは?」


「……んぐ。食事が、お粥とうどん続きでな。ようやく揚げ物や焼き料理を食べられることが出来て、本当に嬉しいぞ」


「いえ、あの。後遺症ってそういうことではないのですが…… まあ、大丈夫、ということですね」


 今まで、風邪に効くメニューを腹六分目くらいで食べ続けていたルーティアにとってはようやく食事が解禁されたことが何よりの救いらしい。

 予後良好、という言葉を食欲で示す彼女に、クルシュはふう、となんだか疲れたようなため息をついた。



「あー、まったく。サプライズでオキトに訪れてリーシャお姉様の驚く顔が見たかったのに……残念で仕方がありませんわ」


 程なくして、イヴとリーシャがルーティア達に合流する。不服そうにチキンレッグを噛みながらぼやくマリルに、ちびちびとリンゴジュースを飲むシェーラ。

 そんな様子の二人に、リーシャが一歩歩み寄った。


「……でも、なんだかんだ、アンタ達が来てくれて良かった。おかげさまで城の被害も最小限に食い止められて、戦いにも勝利できた。本当に、感謝しているわ」


「……お、お姉様……」


「まだこっち(オキト)には滞在できるんでしょ?できる限り観光案内するから、せめてゆっくりはしていってね。シェーラ、イヴ」


「お姉様……」


 拒否の態度ではなく、珍しく素直に感謝の言葉を述べるリーシャの姿はルーティア達にも意外だった。

 だがそれ以上に感動をしているのはイヴの方らしい。


「お姉様……っ。ついに、ワタクシの愛が通じたのですね……!それは、それはワタクシの気持ちにお姉様が応えたと受け取っていいのですね?」


「どう解釈してもそうはならないと思うよ、イヴ」


 涙ぐんでリーシャを抱きしめようと歩んでいこうとするイヴを、シェーラが制止した。


「オキトには色々なものがあるから、ワタシも楽しみ。映画っていうの、見てみたいな」


「おっ。いいねー。んじゃ、明日にでもショッピングモールに行ってみようよシェーラちゃん」


「うん。あ、その時はね」


 マリルが賛成すると、シェーラはちょいちょい、と誰かを手招きする。

 その先からランディルの娘のサラが「なになに?」といった様子でこちらに歩み寄ってきた。


「サラちゃんも、明日一緒にいこ。映画」


「あっ、映画!私も今、観たいのやってるから行きたいです!是非!」


「よかった、えへへ」


 手を繋いで喜び合う二人の姿を見て、マリルは驚いた。


「はー、もう友達になったんだ、二人は。子ども同士は仲良くなるのが早いなあ……」


「子ども扱いしないでください、マリルさんっ。私だってもっと魔法の勉強して、オキト魔術団に入って、一人前になるんですからっ。マリルさんに負けないような魔法使いになります!」


「うん。マリルは大陸でも指折りの魔法使いだから……ワタシ達もがんばろうね、サラちゃん」


「うんっ、シェーラちゃん!」


 純粋無垢な羨望の眼差しを向ける二人の少女に、マリルは二人には見えない首筋にダラダラと冷や汗を流しながらたじろいだ。


「あははは……あは、あは……。ま、まあ、頑張りたまえよ、二人とも……。あははははは……」


 その様子に、事情を知っているルーティアやリーシャは見えないように笑い合った。



 仲間達と過ごす、大切な時間。

 一緒に食事を囲み、酒を酌み交わし、笑い合う。

 勝ち取った平和を、休日を、ルーティア・フォエルはしばし享受することにした。


「……うん。美味い」


 苦手な酒も、なんだか今日は少し美味しく感じる、良き休日の夜であった。



――




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