(14)
――
ランディルは、地面に横たわったまま動けないでいる。
「ら……ランディルッ!」
だがリーシャの呼びかけに、ぴくり、と身体が痙攣するように動いた。
「う、う……ぐ…… だ、大丈夫、だ……」
「……チッ。防御魔法が間に合ったか。だが、ダメージは相当入った筈だ。しばらくは動けなかろう?」
残念そうに舌打ちをするドラクであったが、すぐにその表情を余裕のある笑みへと変える。
再び両拳に魔法の光を宿し、ゆっくりと一歩、ランディルの方へ前進する。
「……む?」
「…… 通さないわよ……」
リーシャは、立ち上がる。自分の後ろにいる、ランディル。そして更に後ろにあるオキト城を守るために、剣を前に構えて立ち上がった。
「いい加減、餓鬼は引っ込んでいろ。リーシャ・アーレイン……貴様の実力で俺に敵わない事は理解できた筈だ。次は……命を奪うぞ」
「……」
深く、息を吸う。
思い出すのは、昨日感じた恐怖。自分が守らなくてはいけない人々と、国。
思い出すのは、仲間達の存在。自分の掛け替えのない大切な者達。
思い出すのは、自分が戦ってきたもの。強くならなければいけない、最強であらねばいけないと信じてここまできた、道のり。
そしてリーシャは、翡翠色の美しい目を見開いてドラクを見る。
その顔に、恐怖はない。怒りも、憎しみも、悲しみも存在しない。
ただあるのは、この場に立ち続けるという確固たる意志だけだった。
「ここに、立ち続けられなかった……。その後悔をするのであれば、死んだ方がマシよ」
「……なんだと」
「わたしがここまで生きてきた意味は、ここに立ち続け、守るべきものを守るためにある。ランディルも、わたしも…… 守るべきもののために、アンタと戦っている。その意志は……決して負けない」
「先ほども言った筈だ。守るべきもののために戦うなどというくだらぬ情は、弱さを生むだけだ。真の強さは……」
ドラクは右拳を前に突き出し、恫喝するような声で言い放った。
「執念の炎に焼かれてこそ、得られるものなのだッ!!
しかし、地面を震わせるようなその声にも、リーシャは怖じ気づかない。
むしろ、微笑みを浮かべて彼女は静かに言い返した。
「強さ…… そんなものは、必要ないわ」
「……なにぃ?」
「わたしはただ、ここに立って、アンタを倒して…… いつも通りの日常に帰りたいだけ。見栄も、プライドも、理想も必要ない。…… ただ全力で、戦うだけよ」
「それは、単なる自暴自棄だ。それではこの俺は倒せぬ」
「……いいえ、勝つわ。 ……守るべきもののために戦って、そして、勝つ。全力で戦ってそれを信じ抜く。……わたしが今することは…… それだけよ」
後退も、逃走もしない。
剣を構えたまま一歩、ドラクの方へ前進する女騎士に、ドラクは口元を歪ませた。
「……いいだろう。 貴様のその信念と、俺の執念。どちらが強いか…… 決着をつけよう」
「…………」
リーシャは一瞬、瞳を閉じる。そして、思いを、言葉にして浮かべる。
(……みんな、ありがとう。……もしも、もしもわたしがいなくなっちゃったら、ごめんね。……でも、本当に……楽しかった。嬉しかった。……出来れば、もっともっとそんな日々が続いて欲しいけれど…… もしも……)
そして再び、目を開けた。
薄い笑みを浮かべながら、剣先を相手に向けて構えをとった。
ドラクが構え、こちらへ駆け出す準備をした。
リーシャは、魔装石を捻る準備をする。
――三十秒。もしもその効果時間で決着がつかなければ…… 待っているのは、死であろう。
しかし、ここに立ち続け散っていけるのなら…… 誰かを守るために散っていけるのなら。案外それは、悪くないのかもしれない。
そんなことを少女は考えて、覚悟を決めた。
――勝負が、決する。
二人がそれを思った時。
それを中断したのは、老年の男の声であった。
「しばし待てい!!」
「!!」
「……!!オキト国王…… くくく。覚悟を決めて首を差し出す気になったのか」
正門から現れたのは、オキト国王であった。
門の前に仁王立ちをし、腕組みをしてふんぞり返るその姿は国王の威厳というより山賊団の大将のようでもある。
口をへの字に曲げて髭を逆立て、言葉を放った。
「リーシャ!ランディル! ようこの場を守ってくれた!……いや、今オキト城で戦う全ての者達よ!本当に感謝をしているッ!!」
王は、精一杯の大声で城壁付近で戦う全ての兵達に告げるように叫んだ。
「そなた達は、国のために全力で戦ってくれた!だからワシも…… この首を差し出すつもりで、敵大将の前へ出るッ!!戦っているのは、そなた達だけではない!!ワシも……一緒じゃ!!」
「とち狂ったかオキト国王! その首を掻っ捌けば俺の勝ちだ!こんな小娘など、瞬きする間に消してくれる!!」
戦闘が中断されたのも束の間。再びドラクは邪悪な笑みを浮かべて、全身に魔力を宿す。
リーシャを倒せば、目の前の正門には国王の首があるのだ。ドラクにとっては、願ってもいない好機であろう。
――だが、リーシャは確信した。
わざわざ国王がこんな風に前に出てくるということは――。
その予感は、的中した。オキト国王はにやり、と笑って右手を前に突き出した。
「戦うのはワシだけではない!! …… さあ。やっておしまい!!我が国最強の、女騎士よおーーーッ!!」
その声と共に、国王の背後から前方宙返りをして跳んでくる、影。
空中で回転をして地面に着地し、リーシャの隣に滑り込んでくるその影に…… リーシャは微笑み、ドラクは驚愕した。
「な……」
「…… 遅いわよ。ったく……わたし一人で片付けようとしていたところなのに」
リーシャの強がりに、隣にきたもう一人の女騎士は微笑んだ。
「 おいしいところを一人で持っていかれはしないぞ 」
ルーティア・フォエルは不敵に笑い、剣を鞘から引き抜いた。
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