(13)
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ずざぁぁぁッ!!
橋を構成する石畳の地面を、少女の小さな身体が勢いよく転がる。
すぐに体勢を整えるため、膝立ちの姿勢になり相手の次の一手に備えるが…… その顔には、疲労の色が滲んでいた。
距離は数メートル。
相手であるドラクは追撃をしようとはせず、ニヤついた笑顔をリーシャに向けているだけである。
「……くくく。もう、勝負はついたと思うがね。大人しく道を開けてくれれば、命は助かるぞ。リーシャ・アーレイン」
「……黙れッ!絶対に…… 絶対に、この門の先には行かせないッ!!」
呼吸は荒く、顔には複数の擦り傷。腕や脚に数カ所の打撲を受けながらも、致命傷はここまでの戦闘で避けてきた。
だが、それだけ。リーシャが今している事は、延命措置となんら変わらない戦闘である。
「残念だよ。昨日の……呪毒手の発動に魔力を割いている俺であれば、良き勝負が出来たであろうに……」
そう言い、ドラクは深く息を吸い込む。
両手だけではない。腕に、脚に、身体に、纏わり付くように発現する魔皇拳の光。黄金に光るそれは、眩いほどに強力な魔力を可視化させていた。
「今日の俺は、身体能力に全ての魔力を割いている。呪いの魔法をかけるのは容易ではないが…… 命を奪うだけであれば、簡単なのだぞ?くくく」
「く……ッ」
生かすより殺す方が簡単だ。ドラクは、そう言いたいのだろう。
そして、ドラクの身体が、消える。
「!!」
一瞬で、跪いたリーシャの眼前まで距離を縮めたドラク。
凄まじい勢いのパンチは、リーシャの顔を潰そうと放たれるが―― その拳が砕いたのは、石畳の床であった。
「! 避けたか」
かろうじてその攻撃を見切ったリーシャは、後ろへ跳躍。そのまま自分の剣をしっかりと持ち直し―― 後ろへ向かう自分の身体の勢いを脚で殺す。
砕けた石の破片がまだ空中を舞う中、リーシャは横薙ぎの刃の一閃をドラクの肩目掛けて放つ!
キィンッ!
「……くくく」
「……ぐ……!」
「魔皇拳は、攻撃だけではない。こんな風に……防御にも使えるのだよ。覚えておくといい」
刃を受け止めるのは、ドラクの左腕。刃が触れ、通常であれば腕を切り裂いているであろうその部分を…… 魔力の光が、包み込むようにカバーしている。
リーシャの剣撃は受け止められ、そこから先へはまるで岩に刃が触れているように、ピクリとも動かない。防御魔法を身体に施す事も出来る…… 魔力を身体に宿す、魔皇拳ならではの技であった。
「隙だらけだぞ、女騎士!」
「!!」
そして、その体勢のままのリーシャの腹部にドラクの右アッパーが迫っている。
(しま……ッ。呆気にとられて、防御が……!)
今までであれば、すぐに回避行動に移ることができた。
しかし、斬撃をあえて魔皇拳で受け、一瞬怯んでしまったリーシャはその攻撃を避けきることができない。これがドラクの狙いだったのだろう。
無防備な身体に、岩をも砕く魔皇拳の一撃を喰らっては――。
リーシャの脳裏に、その恐怖が浮かびそうになった時。
自分の頭上を、何者かの影が飛び越えた。
「―― む!?」
その影が繰り出す攻撃に、ドラクはリーシャへの攻撃を止めて後ろへ飛び退く。
影の人物が放った跳び膝蹴りは避けられたが、攻撃の手は休めない。後ろへ飛び退いた相手に右ストレート、左フック、左肘鉄、右アッパー…… 前進しながら、どんどん攻撃を続ける!
一方のドラクは、その攻撃を避け、防御しながら…… 怒りの声をあげた。
「貴様…… どういうつもりだ、ランディル・バロウリー!!」
銀の髪をなびかせて、その魔族の男は、目の前の金の魔族に対して打撃技を繰り出し続ける。
両腕には魔皇拳の光を宿しながら、相手の致命傷を狙った本気の攻撃をしていくその魔族にリーシャも驚く。
「ら…… ランディル!あんた、城の中で……!」
「同族の、暴走を……ッ!黙ってみていられるか!誇り高き魔族の名を、汚す……ッ!ドラクのような魔族の蛮行を、傍観は出来ん!!」
その目には、怒りの色が浮かぶ。
ランディル・バロウリーとて、紅蓮の骸の行為は許せないのだろう。自分と、その家族が暮らすオキトの国で人間と『種族』として対立をしようとするドラク達を、魔族として許せないのだ。
突き、蹴り、突進……怒濤の攻撃に、流石のドラクも防戦をするしかないが……。
「ランディル・バロウリー……!貴様、魔族の身でありながら人間に加勢をする気か!」
「ふざけるな!俺様や家族を…… 魔族を、戦争に持ち出すなッ!紅蓮の骸などという低俗な集団に、誇り高き魔族の名を汚されるのが我慢ならんだけだ!」
「その魔族であるのなら、人より優れた我らの屈辱が何故わからぬ!!」
「わかってたまるか!!巻き込まれてたまるか!!俺はただ……」
渾身の魔力を右拳に蓄えて―― ランディルは、正拳突きを相手の胸部目掛けて放つ!!
「この国で魔族として、幸せに暮らしたいだけだあああーーーッ!!」
その拳は、ドラクの胸部に直撃する。
ランディルの全ての魔力をぶつけるような、渾身の魔皇拳―― その筈だった。
しかし、ドラク・ヴァイスレインは…… その場から微塵も身体を動かさず、その正拳突きを受け止めていた。
「……な……」
「……ランディル……。貴様のような、守る者のいる者の魔皇拳は…… あまりにも脆弱だ」
ドラクは胸に刺さるそのランディルの拳を、左手で掴む。
「ぐ、ああ……!!」
ミシ、ミシと筋肉と骨が悲鳴を上げるような握力。
そして、矢を弓が引くように―― 右の拳を自身の背後に置いて、ドラクは怒りの笑みを浮かべた。
「真の魔族に、守るべき者は必要ない。紅蓮の炎に全てを焼かれてこそ…… 魔族は気高く、強くなれるのだ。…… 残念だよ。魔族の仲間として、親交もあった貴様を……」
音速の拳が、ランディルの眼前に迫った。
「 見せしめとしてここで殺さなくてはならないのがなァァーーーッ!! 」
ランディルの身体が吹き飛び―― リーシャの隣を、通過していく。
「あ…… あああああああッ……!!」
力無く横たわる彼を、呆然と見ることしか、リーシャには出来なかった。
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