(9)
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「あとはとにかく睡眠をとることよ。身体を温めるために布団も多めにかけるけれど、だからといって過剰に汗が出るほど温めるのも良くないわ。一枚余分に毛布をかけるくらいで十分……ということで、マグナちゃん。毛布一枚、とってきてくれる?」
「あ、はい!分かりました!」
マリルの指示で、再びマグナはルーティアの部屋を後にする。
夜も更けてくる頃。食事と水分補給を済ませたルーティアは再びベッドに横になった。
心なしか息も少し落ち着き、顔色も良くなったように思える。
「冷ましたお湯を枕元に置いておくから、目が覚めたら飲んでおいてねルーちゃん」
「……ああ、分かった。……すまないな、マリル」
看病のおかげだろうか、会話が出来るほどに回復をしてきたルーティアはぼんやりと天井を見上げながら呟いた。
「なに言ってるの。今、呪いと戦って頑張ってるのはルーちゃんなんだから。しっかり元気になって、早くみんなに元気な顔を見せてあげてね」
「……ああ。だが……」
ルーティアの心配は、マリルにも分かる。そしてそれを考えさせないように、マリルはそっと彼女の手をベッドの隣で跪いて握った。
「大丈夫。今みんなで、明日に向けた作戦会議をしているわ。万全の態勢で臨めるはずよ」
「……だが、私が……」
「余計なことを考えないで。ルーちゃんは、呪いと戦って、元気にならなきゃいけないの。それが今できる、最善の方法。……分かった?」
かつてない、強い瞳のマリル。ベッドに横たわったままルーティアはその目を見てしばらく黙り…… やがて、小さく頷いた。
「アタシ、隣のソファにいるからいつでも起こしてね。寒かったら湯たんぽでもしてくるからさ」
「すまない」
「早く元気になって、岩盤浴でもまた行こうよ。……あ、そういえば、とんかつ屋!今日行く予定だったのにー……」
「やめてくれ、とんかつのことを考えると、腹が鳴る」
「あははは。体調が良くなったらね」
明日の事を、なるべく考えさせないように。
マリルは明るく振る舞いながら、枕元のロウソクの火を吹き消した。
――
「…… リーシャさん。魔装石の調整が終わりました。問題なく使えると思うのです」
騎士団詰め所。
自分の剣の綻びを目で確認するリーシャの後ろから、クルシュが声をかけた。
「……ありがと。見せてくれる?」
「どうぞ」
クルシュから受け取った青く光る宝石のついた腕輪を見つめるリーシャ。真剣な眼差しの彼女の後ろ姿に、クルシュは静かな声で語りかける。
「……リーシャさん。気負いすぎはよくないのです」
「…………」
「我々魔術団も、騎士団も、士気を高めて明日に備えています。一人一人が国のために命を擲つ覚悟です。……ボクも、同じです。だからリーシャさん、騎士団の、ルーティアさんのためにと……ヤケになったり気負いすぎるのは、良くないのです」
「……分かっているわ」
受け取った魔装具を握りしめ、なにかに耐えるように歯を食い縛りながらリーシャは答えた。
「でも、やらなきゃいけないの。アイツがいないことで団員の結束が揺らいだり、恐怖する者もきっと出てくる……。巨大な敵の前には巨大な対抗する力が必要よ。……ルーティアがいない以上、わたしがそれにならなくちゃいけないの」
「……騎士団で……いえ、この城で、間違いなくリーシャさんは大きな力であるのです。でもだからと言って……」
「国のために全員一丸となるのが必要よ。だからこそ、最前線にいるのは絶対的な信頼を寄せた力でなければいけないの。……アイツは……ルーティアは、ずっとそれを背負ってきた」
「…………」
「重荷だとか、辛いだとか……アイツは、微塵も感じさせてこなかった。……いえ、そんな事はそもそも、存在すらしなかったのかもね。……だからこそアイツは、騎士団のエースであり、最強だった」
『最強』
その言葉をルーティアに対して感じることを、以前のリーシャであれば嫌っていただろう。この国で……やがては、世界でその高みに上り詰めることを、騎士であれば望んでいた。
それは、単なる戦闘における勝ち負けや力の強さではない。
騎士団においてのその言葉は、全てにおいて他を超越した存在である事を指す。
指揮力、瞬発力、判断力、統率力……騎士団員として最前線に常に立ちそれらを発揮する事で他の団員の希望となり、勇気となること。そしてそれら全ての重荷を背負って尚、前に進み続ける精神力。それこそが、最強の騎士であった。
そしてリーシャは、ルーティアに勝ちたかった。だからこそ、彼女に対してそれを感じるわけにはいけないと強く思っていた。それを感じた瞬間に、自分がそこに到達することが不可能だと感じてしまいそうで。
……だが、今は。
(……ルーティア。わたしは、アンタの代わりにならなくちゃいけない。……でも……怖い……っ。どうしても……怖い……!)
敵の戦力に対してだけではない。
自分の背にいる、数百の兵士達。それらの希望となる存在となることは、生半可な覚悟では出来ない。自分が負ければ、国も負ける。その覚悟を常に、自然体で受け入れなければいけないのだ。
目の前の敵を倒すだけであれば、こんな感情は生まれなかったであろう。
リーシャ・アーレインは今、最強の女騎士にならなければいけない。
その恐怖は、逃げ出したくなるほどに暗く、冷たく、重いものなのだ。
「……リーシャさん」
少年は、今までになく優しい口調で少女に語りかけた。その恐怖を手に取って感じたからこそであろう。彼女の背中を見つめながら、そっと告げる。
「……貴方一人では、ないのです。みんなが、この国を守るために動こうとしているのです。……ルーティアさんの代わりに、誰しもがなろうとしています」
少女の感じた恐怖を和らげようとする。それがたとえ、小さく儚いものであろうと、優しい言葉をかけることしか、今はできない。
「……がんばるのです。ボク達、みんなで。この国の、柱となるために」
「……ありがとう、クルシュ」
「城の見張りは他の兵士が行います。非常警報に備えて、出来るだけ休んでおいてください。……では」
「ええ」
クルシュは、静かに詰め所のドアを閉めて出て行った。
リーシャは未だ、魔装具を握りしめたまま……身体の震えを必死に止めようとする。
願いにも似た思いを、何処かに向けて。
(―― 助けて)
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