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(5)


――


「ぐ……ッ……」


「ふふふ……苦しかろう。今すぐにこの俺が楽にしてやろうか……?」


 ルーティアの太刀をバックステップで避けた先に倒れていたのは……若い男の騎士団員であった。おそらくルーティアより先に魔族と戦い、負傷をした騎士団員……。身体のあちこちに傷があり、まともに立っていられない状態であったその団員の首筋を、ドラクはにやけた顔で掴んでいる。その掴んだ拳に、魔力の光を灯しながら。


「……やめろ」


 事態をすぐに把握したルーティアは、狼狽えずゆっくりと瞳を閉じて、剣を鞘に戻す。

 しかしドラクは、左手で顎髭を弄りながら女騎士をにやにやと眺めていた。


「どうしたのだ、ルーティア・フォエルよ。騎士団員の一人や二人、犠牲にする覚悟がなければいかんぞ。お主はオキトで最強の騎士なのであろう?」


「お前の目的は私の戦意を奪う事だろう。もうやめろ」


「くくくく……。なあに、ほんの一、二秒だ。この弱った状態の人間であれば俺の魔皇拳を喰らえばすぐに絶命できる。苦しませる事なく逝けるはずだぞ?ルーティアよ」


「やめろと言っているだろう……ッ!!その手を離せ……!!」


 ルーティアがここまで、怒りと憎しみを表情に出す事は珍しい。しかしそうしても、その矛先を目の前の魔族に向ける事は、出来ない。鞘にしまった剣を地面に置いて、彼女は両手を上に上げる事しか、出来ないのだ。


「ひ……卑怯よ、あんた!!一対一で勝負をするって言っていたじゃないッ!!」


 リーシャの叫びにドラクはそちらを向くが、にやけ面で首を傾げるだけであった。


「約束は破っておらんぞ。たまたま俺の手が、寝転がっているこの騎士に触れているだけだ。なあ?」


「ぐああ……っ」


 僅かにドラクは、首に触れている右手を絞める。それだけで、若い騎士は悶絶し、その手を両手で振りほどこうと必死に暴れた。だがドラクは、微動だにしない。


「や……やめなさいよッ!!ルーティアは剣を置いているでしょう!?」


「ふふふ。ならば余計な口出しをするな、リーシャ・アーレイン。これは俺とルーティアの真剣勝負なのだから、なあ?」


「…………」


「……く……ッ!さ、最低の魔族だわ……ッ!!」


 唇を噛みしめるルーティアと、諦めたように膝をつくリーシャ。その二人を顔を動かさず目玉をギョロ、と動かして見るドラク。その顔は、勝利を確信していた。


「言ったはずだ、これは国をかけた命運の戦いだと。我々『紅蓮の骸』は、魔族の未来のために全員が命を捨てる覚悟で戦っている……。逆の立場であれば、俺は迷わずお前に攻撃をしているぞ、ルーティア……」


「…………」


「この集団の中で最も強いこの俺を、スピードでも技術でも僅かに上回っていたお前が……こんな事で勝負を投げ出すとはな。いい勝負が出来ていたのに、拍子抜けをしたよ」


「……ならそんな真似せずに堂々と戦いなさいよッ……クズ野郎……!!」


 ドラクに聞こえないよう、リーシャは地面に吐き捨てるように呟いた。

 一方のルーティアは、冷静にドラクに話しかける。


「説教ならその男の首から手を離してからにしろ。今の私は剣も持っていないぞ。勝機を掴んだのではないのか、ドラク」


「……くくく……。そうだな」


 ドラクはその言葉を聞くと、騎士の首筋に右手を添えながらゆっくりと立ち上がり――

数メートル離れた、ルーティアの方を見る。


「跪いてもらおう、ルーティア・フォエル。剣を捨てたといえ、お前のスピードは油断できない。剣も、リーシャ達の方へ投げてもらおうか」


「……分かった」


 ルーティアはそれを聞いて地面に置いてあった剣を手に持ち…… リーシャの方を振り返る。


「リーシャ!」


「……!」


 膝をついて項垂れているリーシャに向け、鞘に入った剣を、山なりに投げた。放物線を描き何回転かした剣をリーシャは両手で受け取り―― そして、ルーティアの顔を見る。

 凜々しくも、笑顔を向けたルーティアの表情を。



 「 頼んだぞ、リーシャ 」



「……え……」


 その言葉を聞き直そうとした時には、既にルーティアはドラクの方を向いて跪いていた。正座をするような体勢になり、両手を天にあげている。


「これでいいだろう。その手を離せ、ドラク」


「……ああ、そうだな」


 ルーティアのその状態を確認すると、ドラクはにやけ顔を余計に歪ませて――。


 そして、まるで駆け出す前のように。


 体勢を低くとって、叫んだ。



 「 完璧だ、ルーティア・フォエルッ!! 」


「!!」


 一瞬。


 駆け出したドラクは、若い騎士団員から手を離すと低くとった体勢のままルーティアに向けて突進をする。

 跪いた状態のルーティアはそのスピードに回避行動をとる隙もなく…… 敵を目の前まで寄せ付けてしまう。


「……はあああッ!!」


「……ッ!!」


 そして――。


 ルーティアの軽鎧の上に、ドラクの掌底が放たれた。

 その掌は魔力の光で満ちあふれており…… それが注ぎ込まれるように一段と光り輝くと。

 ルーティアの身体が、後ろへと吹き飛んだ。


「……あ……ッ」


「る…… ルーティアアアアアッ!!」


 まるで、鳥車にぶつかった時のようにルーティアは為す術なく吹き飛ばされる。跪き、静止をした状態からとは思えぬほどに身体が浮き、後ろに控えていたリーシャ達の方へと空を舞うルーティア。


 その身体を…… リーシャが全力で、受け止めた。


「ぐ……ッ!!」


 自分より一回り大きい身体を受け止め、地面に叩きつけられるリーシャ。それでもルーティアに衝撃がいかないように背を地面に向けながら、必死に受け身をとる。

 砂埃をあげながら、リーシャとルーティアの身体はどうにか地面で止まった。


「る……ルーティアッ……!」


 自分の背中も打撲をしているが、リーシャはそれに構いもせずにルーティアの身体をすぐに地面に寝かせ、その身体を確認した。


「ぐ……あ、あ……」


 それは、今までにないルーティアの表情だった。

 呼吸は、している。だが顔色は先ほどみた彼女の表情とはまるで別のもので、血色の悪い青白い色をしていた。腕や脚は妙な方向には曲がっておらず、リーシャが受け止めたおかげで怪我もしていないのであろうが――。


 その額には、奇妙な紋章が浮かんでいた。


「な……なによ、この印……。ルーティア!しっかりしなさいよ!どうしたっていうのよ!?」


「ふ……ふふふ。どうやら魔皇拳の奥義がしっかりと入ったようだな……」


 相当の魔力を使ったのであろう。ドラクは片膝をついて荒く息をしているが……その表情は実に満足そうなものであった。そしてゆっくりと立ち上がると、再び雄々しい叫び声をあげ、宣言をした。



「魔皇拳奥義『呪毒手(じゅどくしゅ)』……。その呪いの印は刻まれた者の体力を奪い続け……やがては、死に至るのだッ!! ふははははははは!!」



「な、んですっ、て……」


 目を見開き絶望するリーシャを尻目に、ドラクは拳を天高く上げる。


「今日のところはこれで引き下がろう!だが、俺の魔力が回復する明日には……この城に我々『紅蓮の骸』が総攻撃をかける事を宣言する!最強の騎士は失った!精々足掻く事だ、オキトの兵士達よ!!はははははははは!!」


 ドラクの右拳に魔力の光が灯ったかと思うと、それは辺りを目も開けられないほど眩く照らした。

 リーシャ達、周りのオキト騎士団がその方向から目を背けると……あれだけいた『紅蓮の骸』の魔族達の姿は、その場から消えていた。


 負傷し、倒れた騎士達。

 そして……呪いの印が額に刻まれ、意識を失っている―― ルーティア・フォエルを残して。


――



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