(3)
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「『紅蓮の骸』ねぇ……。なんか、どうもこう、あんたら魔族のネーミングセンスってむず痒いのよねぇ……」
リーシャはバツが悪そうに頭を掻いているが、そのリーダーであるというドラク・ヴァイスレインに動じた様子はない。
薄笑いを浮かべ、金の髭を指で弄りながらこちらを見据える筋骨隆々の男。その周りには、ダメージにより動けなくなった騎士団員が何人も倒れている。皆、一命は取り留めている様子ではあるが…… 立ち上がれない事を見るに、相当な傷である事は間違いなかった。
それが、ルーティアの表情を険しくする。
「……貴様ら。何が目的だ」
あくまでルーティアは、静かに言葉を発する。
だがその言葉の裏、そして表情に隠された感情は、殺意そのものであった。
ドラクの後ろにいる魔族達数名は、ルーティアのその気迫に一歩足を退く。だが首領であるドラクはその場に動かずに、こちらをニヤニヤと見据えたままである。
「我々は、魔族による、魔族のための革命軍だ。人間に虐げられし歴史をこのオキトから変え、やがて大陸全土を魔族のための土地へ変えられるよう……あるべき形へと返すために活動をしている」
「回りくどい言い方だな」
「回りくどいものでもない。俺達は、人間による王国を魔族による王国に変えたいだけだよ。数百年前の戦争で負けた魔族が……再び、あるべき形として人間に勝ち、そして支配する王国にな」
まるで演説をするように、ドラクの言葉は低く、重厚に響き渡る。その言葉を周りの魔族達も、人間達にも聞いた。ルーティアは手にしたロングソードを握りしめてドラクに言葉をかけていく。
「つまりは、オキト城を侵略しようと?」
「そういう事だ」
「何故だ。人間は、魔族を虐げていたりなどしない。過去の戦争では、共存の道を歩むように協定が結ばれたはずだ」
「いいや、違うぞルーティア・フォエル。俺達魔族は、人間より遙かに優れた魔力と知能を授かっている。共存などという道をとること自体が、我々魔族にとっては屈辱以外の何物でもないのだ。俺達紅蓮の骸は、その力関係をあるべき形に戻すために活動している」
「つまりテロリストか」
「違う。華々しき魔族の栄光が骸と化しても……俺達を包む復讐の紅蓮の炎は絶えず燃え上がり、人間達への反旗を翻す。それが我々だ」
空を見上げながら告げるドラクの目は、笑みを浮かべながらも狂気に満ちている。目的を崇高なものだと自らが崇拝したような、妄信的な笑み。
それに苛ついたリーシャがルーティアの隣に歩み出て剣先を前に向けた。
「御託はいいわ。アンタらがしてくれた事の代償はきっちり払ってもらうわよ。この状況……こちらとして、容赦できる事態じゃない」
「ほほう?」
「アンタを殺しても何のお咎めもない。遠慮なくぶった斬ってやるわ……!」
同胞を傷つけられて怒っているのは、ルーティアもリーシャも同じようだった。剣を中段に構えて飛びかかろうとするリーシャを…… ドラクが、右掌を前に出して制止させた。
「提案がある。ルーティア・フォエル……。お前との一騎打ちを所望する」
「え……!?」
リーシャ、周りの騎士団員に魔術団員達が驚きの声をあげた。
しかし、ドラクの顔は笑みを浮かべながらも真剣である。人差し指をルーティアに向けて、ジッとそちらを見据え……言葉を続ける。
「このまま乱戦になればお互いの軍が消耗をする。それは俺達にとっても、そちらにとっても好ましくない。この場で最も……いや、オキト国で最も強い騎士と、首領であるこの俺が一対一で戦えば、話は早かろう」
「…………」
最も、強い。その言葉をリーシャは唇を噛みしめて受け入れた。
ルーティアはその言葉に動じずに応答する。
「お前の首をとれば周りの魔族達も大人しくなるという事か」
「その通りだ。悪い条件ではなかろう、これ以上オキトの兵士達を傷つけずに済むのだからな。だが……」
ドラクは拳を自分の眼前に持ってきて、何かを潰すように力強く握った。
「俺が勝った場合は…… なるべく抵抗をせずにいて欲しいものだな。最強の騎士を討ち取った者に、自分たちが敵うわけがないのだから」
それは、脅しであった。
ルーティア…… オキトで最強の騎士さえ負かせば、兵士達の士気も抵抗力も下がるであろうというのが狙いであろう。
だがそれは、ルーティアとしても悪い条件ではない。逆に、敵の大将さえ討ち取れば周りの魔族達を捕らえるのも容易になるであろう。このまま乱戦となれば、怪我人が出るだけでは済まなくなる。これ以上……自国の兵士達を傷つけるわけにはいかない。
ルーティアは、一歩前に出てドラクに宣言した。
「いいだろう。受けて立つ」
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「くくく……。この戦いがオキトの、そして大陸全土の命運を握るであろうな……!」
「悪いが、そんな命運を背負うつもりはない。さっさと貴様を倒して怪我人の手当をするだけだ」
意気込むドラクとは反対に、ルーティアの態度は殺伐としたものだった。
オキト城周りを囲う堀。城門へと続く木製の大きな架け橋の中央で数メートルの距離を置き対峙する、大柄の魔族と細身の女騎士。
オキト城側には騎士団員と魔術団員……そして、リーシャ・アーレインが。城下町側には『紅蓮の骸』の魔族数十名が、その戦いを見守る。
「…………」
リーシャの心境としては、複雑であった。相手からの指名に選ばれなかった自分。何もせずにただただルーティアの背中を見守る事しかできない自分。歯痒さと悔しさを噛みしめながら、鞘にしまった剣の柄を握りしめた。
「……リーシャ!」
「!」
その時、後ろを振り向かずにルーティアはリーシャに声をかける。力強くも、優しい声にリーシャの怒りは一気に吹き飛んだようだった。
「私がもしも倒れたら……全力で周りの人間を守るんだ。お前が最後の砦だ、頼んだぞ」
「……!!」
ルーティアの言葉が、リーシャの心に本人も意外なほどにスッ、と浸透をした。
怪我をした人間。自分の後ろにいる騎士団員と魔術団員。それを指揮する者は……この状況でルーティアがいなくなれば、リーシャしかいないのだ。
周りに倒れている騎士団員に近づこうとすれば、魔族達は襲いかかる体勢をとっている。ルーティアとドラクの戦いに決着がつけば……すぐにでも介抱をしなければならない。その時、真っ先に動けるのも、自分しかいない。
託されている。ルーティアの短い言葉だけで、リーシャはそれを理解した。
「……分かったわよ!負けるんじゃないわよ!」
「勿論だ」
ルーティアは、ロングソードを中段に構える。
ドラクは、ボクシングの試合のように両方の拳を眼前に構える。その拳が、僅かに魔力の光を帯びた事をルーティアは確認した。
「魔皇拳か」
「ほう……ご存知かね、ルーティア・フォエル」
「つい最近、同じものを見た」
「我々魔族と手合わせをしたという事か」
「そんなようなものだ」
「くくく……。どのような使い手と戦ったかは知らぬが、この国で俺以上の魔皇拳の使い手はおらんぞ、ルーティア……!」
「どうだかな」
ドラクの拳の光が、更に強く、大きくなる。響くように地面を伝わる振動は、相手の魔力の高まりが生ませているものであろう。
だが、ルーティアは動じない。
どんな巨大な敵であろうと。どんなに強い敵であろうと。自分の今を、全力でぶつけるだけ。そうやっていつも戦ってきたのだから。
「はァァァッ!!」
「……ッ!!」
ドラクは、雄叫びを。
ルーティアは、唇を噛みしめて。
お互いの距離を、駆け出して一気に詰めた!
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