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(2)

――


 その魔族の拳は…… 男性騎士の、鎧の上に当たっていた。

 金属製の鎧の、腹部。拳ではまず衝撃は貫通せず、痛みも感じないはずの場所。


 ――しかし。


「が、はッ……!!」


 若い男の騎士は、口から血を流し、その場に崩れ落ちる。振り上げていた剣は力無く地面に転がり落ち、カランカランという虚しい金属音が鳴った。


「……くく。安心しろ、殺しはしない。ただまあ、しばらくは病院のベッドで寝ていた方がいいだろう」


 魔族の男は自分の拳にもたれかかっている騎士を乱暴に地面に押しのけ、背筋を伸ばして立ち上がった。

 獅子のような金色の髪と、髭。髪をかき分ける二本の巨大な角に、尖った耳。全身を筋肉で鍛え上げた、初老と言ってもいい外見の男はにぃ、と笑いながら……一歩を踏み出した。


「さあ……次は誰が俺の相手をしてくれるのかな?」


 対峙をするのは、オキト城の騎士団員数十名。そしてその背後には……オキト城の城門が存在していた。


 金色の魔族の背後にも、数十名の魔族の男達が控えていた。魔族達は皆、武器は携帯していない。共通しているのは拳に奇妙な宝石のついたグローブや装飾具をつけた者が多い事である。金色の魔族もまた、両方の指には紫に光る指輪をはめている。

 剣や槍、弓矢を構える騎士団に、武器をもたずにオキト城へ近づいていく魔族達。先頭の金色の魔族の威圧感はすさまじく、一歩踏み出すたびに騎士団員達に緊張が走る。


「ぐ……。う、うおおおおーーっ!!」


 一人。威勢の良い若き騎士が、槍を振り回しながら突進をしていく。リーチの長い槍に対して、金色の魔族は……すぅ、と息を大きく吸い込んだ。

 そしてそのまま姿勢を低く落とし―― 一気に駆け出す!

 瞬きする間もないまま、金色の魔族の拳は、槍の騎士団員の胸部に触れた。


「―― 吹き飛べ」


 金色の魔族の拳が、光る。それは……魔法による光。指輪に共鳴するように紫の光に覆われた拳の光はどんどん大きくなり―― そして。


「!!!」


 まるで、馬に蹴飛ばされたように。

 振りかぶってもいない。ただ触れただけの魔族の拳により―― 槍の騎士団員は、数メートル先まで吹き飛ばされていった。


「あ、あ、あ、あ……!!」


 ゴロゴロと転がりながら勢いを落としていく若き騎士。完全にそれが止まった時には……もはや彼は、動けなくなっていた。息はしているものの、骨の数本でも砕けているかのように、立ち上がれなくなっている様子である。


「どうした。一人ずつかかってくるのでは俺を倒せない事は分かっただろう。こちらも、面倒なのは御免だ。全員でかかってきたらどうかね?」


 金色の魔族は顎髭を指先で弄りながら、再びオキト城へ向けて歩み始めた。



 勝てない。


 それを、騎士団員達は感じているからこそ踏み出せない。


 圧倒的なスピードに、拳から出でる魔法の衝撃。自分達が武器を携えていても、まず太刀打ち出来ない相手である事は明白であった。



 金色の魔族は、マントを翻す。自信に満ちた顔を上空に…… オキト城の天守閣へと向けて、人差し指をそこに向けた。

 自分の周りにいる騎士団員達に。そして、指の先にいるであろうオキト国王に向けて語るように―― 静かに、しかしはっきりとした声で、告げる。



 「我が名は、ドラク・ヴァイスレイン。魔族による、魔族のための国を作り……やがて、この大陸を支配する者である。そのための革命を……このオキト城から始めさせてもらおう」



――


「……ッ!!」


「あれは……!!」


 ルーティアとリーシャがオキト城の城門に到着したのは、数分後の事であった。

 群がり、壁を作るように武器を構える数十人の騎士団員と魔術団員。おそらくは城門付近で警備を行っていた者のみの、臨時の編成であろう。見れば細かく震えている者も多い。それだけ……あまりにも、唐突な事態である事が、二人には理解できた。


 そして、その先。角と尖った耳の集団がオキト城の方を見て団員達と対峙をしている。数は、同数程度。だがその力と威圧感の差は歴然であった。金色の髪と髭の魔族を筆頭に、後ろに控える魔族達もにやけた顔で一歩、一歩とオキト城目掛けて進んでくる。


「こ……ここは、絶対に通さないぞ!」

「踏ん張れ!援軍が来るまで、どうにか持ちこたえるんだ!」

「神様……神様……!」


 ルーティアとリーシャは、見た。

 壁を作る団員達から離れている、数人の地面に横たわっている騎士団員と魔術団員を。

 おそらく……先陣を切って必死に戦い、倒された者達であろう。皆息をしているように見えるが、立ち上がる様子はない。深い傷を負っている者も、いる。


「オキト兵士の諸君。道を開けてくれれば、我々『紅蓮の骸』は君たちに危害を加えるつもりはないぞ。俺たちは平和的に人間に降伏をして欲しいだけだ。頼むから……そこをどいてはくれないかね?」


 リーダーの、金色の魔族が優しく微笑みながら言った。しかし、その瞳は決して誰かを守ろうとするものではなく……懐柔をさせようと画策をする、歪んだ曲がり方をしていた。


「誰が退くものかッ!!命を賭しても……ここは通さないッ!!」


 一人の騎士団員が、魔族達全員に聞こえるように告げた。

 弱々しくも、必死の叫び。城を、そして国を守ろうとする者の覚悟。それに呼応するように、周りの騎士団員と魔術団員も、武器を構え直した。


 その様子に、金色の魔族―― ドラクは、わざとらしく肩を揺らして笑った。


「残念だよ。死人を出すつもりはなかったが…… 一人や二人、命を落とさないと理解できないみたいだな。お前達の、今の状況が……!!」


 そしてドラクは両手を大きく開き、左足を引く。こちらに向けて、駆け出す姿勢――。邪悪な笑みを浮かべたまま、金色の魔族はこちらに向けて駆け出そうとする。


 しかし。



「こちらとしても、死人を出させるつもりはない」


 団員達の肩を優しく叩きながら、歩み出る一人の女騎士。


「頑張ったわね。下がっていなさい」


 隙間を縫いながら前へと進む、一人の女騎士。


 ルーティア・フォエル。

 リーシャ・アーレイン。


 二人の騎士が、魔族達の前に立ちはだかった。



「ルーティア……リーシャ!」

「た……助かった!これで……戦況逆転だ!」

「すまない、二人とも……!」


 その二人に、兵士達は安堵と希望を抱く。

 背丈や、筋肉ではない。その自信と、威圧をする気迫。それが二人の実力を、物語っていた。


「……待ちわびたよ。ルーティア・フォエル。リーシャ・アーレイン。こんなに早くオキト騎士団のエース二人と会えるとはな」


 駆け出そうとする姿勢を止めた金色の魔族は、背筋を伸ばして満足そうな顔で二人を見下す。 長身。筋骨隆々。髭面から出る自信の表情。 紳士ぶった魔族は丁寧に一礼をして、二人をにやけながら見つめた。


「ドラク・ヴァイスレインと申す。魔族による反乱軍……『紅蓮の骸』を束ねる、首領だ。よろしく頼むぞ、若くたくましい、女騎士達」



 ドラクは拳を。

 ルーティアとリーシャは剣を構え。


 魔族と人間は対峙をした。



――


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