(5)
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なんだか妙な流れになってしまったが、ルーティアとマリルは当初の目的に戻る事にした。
初めてのリユースショップでの買い物。目的は運動着や本棚ではあるが、初めて来るこの店の雰囲気を掴むために二人はぐるりと店内を散策する。
ランディルとサラは別の目的があるようでルーティア達とは反対の方向へと歩いて行った。父親と娘、基本的には仲がいいようで、手を繋いで仲良く歩いていく様子を見送ったところだ。
「あー、でもびっくりしたー。昨日のお騒がせ人に偶然出くわすのもだけれど、まさかその人がパパしていたとはねー。人は見かけによらないもんだわ」
「魔族は人間よりも長寿だと聞くしな。外見で年齢がなかなか判断できない事が多い」
「なるほどねー。……でもまあ、やっぱりああして見ると悪い人じゃないんだね」
「同意見だ」
昨日気絶させられていた人間が皆、指名手配犯だった事やマグナが傷一つ負っていない事は、やはり偶然ではなく意図的に行われていた事だというのをなんとなく理解できた。娘の前にいるランディルに昨日までの威圧感や若干の中二病っぽさはなく、優しく、娘と買い物に来た父親のオーラが漂っていたからだ。ルーティアもマリルも、その事実を確認した事で安心して買い物が出来ている様子である。
リユースショップ内の大部分は、衣料品が占めている。
それだけ売る人間が多いのであろう。サイズアウト、かさばったものの整理、使い道に困った貰い物など、その理由は想像するだけで多岐に及ぶ。
シャツ、ブラウス、スカート、パンツ、セーター、コート……。果てはスーツや着物など、種類ごとにそれが一列、店の中央から端にかけて並ぶ様子は圧巻であった。
「……確かに、これは私向きだな」
ルーティアは思った事を口に出しながら、嬉々として衣料品を手に取って品定めをはじめた。
メーカーや高級品などに特にこだわりはなく、選ぶ点としては『サイズ』『素材』『色』が中心のルーティアにとっては、色とサイズ別に分けられたこのリユースショップの運動着の陳列は理想的と呼ぶに相応しかった。次々と黒のジャージの上下を手に取って見定めて、自分に合ったものを探していく。
「……お、これはいいな。どれどれ……」
ルーティアのサイズとぴったり合う黒のジャージの上下セット。通気性も良さそうで、新品のように汚れも傷みもない。動きやすそうな柔らかい素材で出来ていて、激しい運動をしても問題はなさそうだった。
「さて、値段は……。 ……な、なにっ……?!」
ジャージに下げられている小さな値札に書かれた値段を見て、ルーティアは驚いた。
『150ガルン』
上下セットのジャージで、150ガルン。少し高めの昼食代程度の値段で、衣服ワンセットが買えてしまうのだ。
「こ、これは……安すぎはしないか……!?」
「ふっふっふー。あくまでここに並んでいるのは『中古品』なわけだからね。新品よりも遙かに安い値段で売られているわけさ。新品同様にクリーニングはしてあるし、傷みや汚れが激しいものはそもそも扱っていないしね。中古を気にしない人であればまさしく破格の値段で物が買えるってワケ。いいでしょ、ルーちゃん」
そう言って話しかけてきたマリルの買い物カゴには既に数点もの衣服が入れられている。ブラウス、スカート、Tシャツ……どれもマリルが好きそうな色合いのものだ。
「……うむ。これは助かるな……予備用にいくつか買っておこう」
「うんうん。こう安いと必要のないものにまでつい手を伸ばしがちだから、そこは注意だよルーちゃん。大切な事は、自分が今必要としている物と将来必要とする物をしっかり把握して買い物する事だからね。しっかりとそれを見定めるのよ!」
「むう……自分との戦いだな」
物欲との戦い。衝動買いは避け自制をし、必要なものを見定めていく……。ある意味、修行をするような場所なのだとルーティアは感じていた。
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「あ……」
ルーティアは、いつの間にか衣料品コーナーを通り過ぎていた。
それは、その先に目にとまる物を見つけたからである。
「あれ、ルーちゃん。どうしたの?……それ、着せ替え人形じゃない」
その様子を見て、マリルも衣料品コーナーから移動をしてきた。
そこは、玩具コーナー。
子どもが成長をすると共に手放した玩具や、コレクターが手放したアイテムが売られているコーナーの角にあったその着せ替え人形の箱をルーティアは手に取っていた。
それは、ルーティアからはあまり想像が出来ないような、可愛らしい女の子向けの着せ替え人形。金色のロングヘアのスタイルのいい女の子の人形が赤くキラキラ光ったドレスを身に纏っているものである。
「……懐かしくてつい、な」
「懐かしい?ルーちゃん、それ昔持っていたって事?」
「ああ。……私が初めて、国王にプレゼントをしてもらったものと同じものだ」
「え……」
初めてもらったプレゼント。
それはつまり……ルーティアが孤児となってオキト国王に拾われ、初めてもらった贈り物という事になる。
ルーティアは少し古びた箱の中に大切にしまわれているその人形を愛おしそうに眺めながら、微笑みを浮かべて話を続けた。
「城に拾われてすぐに、私は王国騎士団への入団を希望してな。国王はそんな事はしなくていいと言っていたのだが……私は剣の稽古に明け暮れていた。そんな私に国王がプレゼントしてくれたのが、この人形だった」
「……へえ。なかなか可愛いものくれるじゃない、王様も」
「女子らしくない私の振るまいを心配していたのだろう。当時の私は人形遊びなどはほとんどした事はなかったが…… それでも、嬉しかった。父のいない私には、国王が本当の父親に見えたんだ。大切に、大切に部屋に飾っていて……いつも眺めていた」
「……ルーちゃん」
国の役に立つ事を必死で考えていた少女と、その少女を心配して贈り物をした義父。そして、その時の関係が今のルーティアと国王を繋いでいると思うと、マリルにも感慨深いものがあった。 なんだか涙ぐんでしまったマリルは目元を人差し指で拭いながらルーティアに尋ねる。
「ところで、そのプレゼントしてもらった人形はどうしたの?なんだか口調が過去形なんだけれど」
「……。壊して、しまって」
「え?」
「その……部屋で木刀を振り回して稽古をしていて、後ろに振りかぶったら剣先がこの子に直撃してしまって……。見るも無惨な姿に……」
「……ああ……」
なんだかそのエピソードも、いかにもルーティアと国王らしいと思ってしまったマリルだった。
「……450ガルンもするのか。これは中古でも、あまり安くなっていないのだな。どうしてだろう?」
ルーティアはその着せ替え人形の箱についている値札を見て首を捻る。
「ルーちゃん、そのお人形欲しいの?」
「……ああ。なんだか見ていたら懐かしい気持ちになってな。壊した人形を泣きながら国王のところに持って行って……慰めてもらって。そんな思い出もいいものではあるのだが、またこの子を部屋に飾るのも悪くない気がするんだ」
「うんうん、いいじゃない。……でも450ガルンかあ。定価とほとんど変わらない感じなんだね」
「衣料品は安いものが多かったのに、どうしてこれは高いんだ?」
「ああ、それはきっと――」
と、マリルが答えを言おうとしたその瞬間。
ルーティアとマリルの間に割って入る、一人の男がいた。
「―― ふはははは!!悩んでいるようだな、女騎士よ!」
「お、お前は…… ランディル!?」
ランディルは仁王立ちでルーティアの方を向くと、腕組みをして不敵な笑みを浮かべている。
「その着せ替え人形の価格に纏わる謎…… この俺様が晴らしてやろう。そしてそれが、購入に値するかどうかもなァ!!はぁーっ、はっはァー!!」
「な……どうして、お前がここに……!?」
「いや、そりゃ同じ店内巡ってたんだから行き会う事もあるでしょうに」
何故か芝居口調になるランディルとルーティアに、マリルが小声でツッコミを入れた。
「……あ!いたいた!……あー、パパのまた悪いクセが……。すいません、ルーティアさん、マリルさん……」
そのランディルの姿を見つけた娘のサラは呆れながらこちらに近づいてくる。
「悪いクセ?ランディルさん、なんかこういう性質でも持ってるの?」
「いや、性質というか……えーと……」
なんだか生物の特性を聞くようなマリルに対し、説明に困るサラ。
その様子を背中からしっかり理解していたようで、ランディルはコートの懐から…… 白い紙を一枚、マリルに向けて差し出した。
その紙を手に取り……マリルは、驚く。
「……アーラカ玩具、営業部……ランディル・バロウリー……!?え……ランディルさん、玩具会社に勤めてるの!?」
「ふははは!!子ども向けの楽しい玩具から、マニアも呻る至高の玩具まで!!お客様に愛されて創業50年、アーラカ玩具!!営業部のランディル・バロウリーだ!!覚えておくがいい!!はははは!!」
高笑いをしている割には、台詞がすっかり企業戦士のランディル・バロウリーであった。
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