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当日②


パチン!とアナスタシアが扇子を閉じる。『お嬢様が気に入るデザイン且つ良い音がなる扇子を探すのに苦労しました。最終的には俺の手作りです。』と、ユーリがドヤ顔してただけありよく響いた。小道具まで手を抜かない、それが今回の婚約破棄芝居のこだわりだ。


「「……言いたいこと?」」


ロイとエミリローズの声が重なる。

アナスタシアの性格は把握してるが、最終的には出たとこ合わせの即興芝居だ。上手くいくかは鼓舞しながらも不安だった。言葉がピッタリ重なったロイとエミリローズは、ユーリ相手に何度も予行練習した甲斐があったと内心しみじみしていた。

そんな稽古の記憶を思い出す2人に気づかず、アナスタシアはうっすらと勝利の笑みを浮かべながら話す。


「私がエミリローズさんを虐めたと仰いますが、証拠はございますか?」

「ハッ!この期に及んで言い逃れか?」

「違いますわ。私が何をして罰を受けるのか、この場で皆様にも知っておいて欲しいんですの。」

「……良いだろう。ここにいる全員に聞かせてやろう。いかにお前が悪辣な人間だということをな!!」


怒るふりのロイ、可愛こぶるエミリローズ。アナスタシアとの対比を見ながらより愚かに映るように細かく調整する。この喜劇の観客に、更に夢中になってもらえるように。


「お前は、エミーにことある事に『元平民だ』と突っかかり、多くの学生の前で辱めた!」

「そのようなことは言っておりません。元平民から貴族になったとはいえ、余りにもマナーを全く守れていないため、私が心苦しいながらも言わせていただきました。」


エミリローズは、『とにかくダメ令嬢になります!成績は落とすの嫌ですが、貴族に未練なんかこれっっっっっっっぽっちも無いんで!』と、指をギュッと丸めながら喋っていた。

その宣言通り、良い成績をキープしつつ、貴族ならではのマナーを破る。中にはその飾らなさが良いと近づく浮気性な令息もいたが、それも利用し多少距離を詰めたあとは『他に婚約者がいらっしゃるでしょう?その婚約者様を泣かせる気ですか?あたしのお相手などするお時間があるのですか?それならば婚約者様に贈り物や手紙のひとつでもお渡しになればいかがです?』と冷たい怒りをぶつけて追い払っていた。

『浮気する男はクズです!!』とはエミリローズ談。ちなみに彼女は手紙でダンとこまめに連絡をとっており、今回の芝居の話も伝えている。『見に行けないのが残念!頑張って!会える日を楽しみに待ってるから!』と返事が来たとニマニマしていた。


「エミーを突き飛ばしたり、池に落としたりしたろう!」

「しておりません。たまたま近くでエミリローズさんが転ぶことが多かっただけですわ。」


エミリローズは『やったりますわ!!』とアナスタシアの近くで転んでは悲劇的に泣き、周囲の目を集めていた。何十回も転ぶ必要は無い。注目が集まるタイミングで何度か転べば、あとはその印象と尾ひれがついた噂が仕事をしてくれる。

実際にロイとも近い距離で話している。この事実によって更に尾ひれが大きくなるのだ。


「くっ…!!だが!!エミーは先日のお茶会で毒を飲み倒れた!!お前の鞄からその毒の小瓶が出てきただろう!!一定量飲めば即死の毒だ!!幸いにも異変に気づき多くを飲み込まなかったエミーは一命を取り留めたが、これは暗殺未遂だ!!本来なら死刑だぞ!!!」


エミリローズは何人かの令嬢とお茶会をしていた。ロイと距離の近いエミリローズを手の内に置き、最終的にはロイと、王宮と、パイプを持とうという考えの者たちである。

そんな人間とは仲良くするつもりはさらさらない。もし仲良くなったとて、追放されたい第二王子と妃候補から逃れたい執事と平民に戻りたい男爵令嬢である。相手も仲良くなり損だ。エミリローズは上っ面の会話を適当にした後、仕込んだお茶を口にした。倒れた彼女を見て令嬢たちは狼狽え慌て、騒ぎを程よく大きくしてくれた。

ちなみに稽古で3人とも飲んで倒れる練習をしている。やる必要のないロイとユーリもやりたがり、最終的に『誰が1番倒れ上手か選手権』になったのだ。


「……分かりましたわ。短い間とは言え婚約者だった中。殿下のこれからに差し障ってはと思っておりましたが……。ユーリ!」


アナスタシアの言葉でユーリが出てきた。特に緊張した様子もなく、堂々とこの喜劇の舞台へ登ってきた。伊達にアナスタシアの無茶ぶりに耐えてきただけある。

じろりとユーリがロイを睨むが、目の奥は楽しんでいるのが分かる。つい笑ってしまいそうになり、一瞬体が震えてしまった。笑いそうになったのがバレないと良いが。


「ここに、アナスタシア様が犯人ではないという証拠がございます。」

「…何?」


ユーリが隠して仕込んでいた厚い紙の束とエメラルドグリーンの小瓶を掲げた。自然で優雅、更に小瓶がどこからでも見えるよう、3人で研究した動作だ。エメラルドグリーンがきらきらと反射する。ちなみにその小瓶はロイ提供である。それぞれいくつか候補を持ってきて決めた。元は軟禁されていた離宮で見つけた、小さな一輪挿しである。

エミリローズはその一輪挿しもとい小瓶を見て、身体を震わせぱくぱくと口を開ける。まさに恐怖と驚愕の表情。もうパン屋継ぐより女優になった方が良いのでは?と横目で見ているロイは思う。何故いきなり顔色を真っ白にできるんだ。天才か?


「まず、エミリローズ様にもられたこの毒は即死するようなものではありません。」

「なんだと!?」


今までも嘘ばかりだが、ここから更に大きく仕掛ける。集中を広げ、エミリローズを、ユーリを、アナスタシアを、観客を意識する。


「これは、『白百合の雫』といいます。多く飲めば一時的に仮死状態になりますが、時間が経てば戻ります。命には関わりません。昔の王族がいざと言う時のために隠し持っていた秘薬です。」

「……王族の秘薬?」

「分かりませんか?殿下がエミリローズ様を宝物庫に入れ、好きな物を選んで良いと自分で見もせず色んなものをお贈りしたでしょう。その内の一つです。」

「は!!!????」


ロイがエミリローズを見る。エミリローズは冷や汗をダラダラ流しながら、ぎこちなくぶりっ子の動作をする。どこからどう見ても考えの浅い犯人がバレた瞬間だ。演劇界はこの女優を逃して良いのか?


「ち、ちが……!!違うのよロイ!!ええっと、そのお……!!」

「ここまで言えば分かりませんか?」

「え…は……!!???」

「この書類は、一つは宝物庫の目録。エミリローズ様を入れた翌日に確認しておりますが、アクセサリー類の他『白百合の雫』も無くなっております。更に、お茶会より前に薬を試している様子、エミリローズ様がアナスタシア様の鞄に小瓶を入れた様子、エミリローズ様がお茶会後ベッドで高笑いしながら『ふふふこれであの女を引きずり落とせるわ!!!』と独白している様子、その他もろもろ多くの目撃者がおりましてここで証言させれば半日かかります故書類にまとめさせていただきました。」

「……え……え……!?」

「秘薬の収蔵年を考えれば、中味は捨てるしかない腐ったゴミですね。まさかお気づきにならないとは…。エミリローズ様、もしや倒れたフリではなく腹痛だったのでしょうか?」

「……ど、どういうことだ…?」

「分かりませんか、ロイ殿下?貴方は騙されていたのですわ。」


やった!!!ロイは芝居が上手くいっている歓喜を無理やり飲み込んだ。エミリローズは俯いて肩を震わせているが、その顔は喜びを隠そうと必死である。ユーリはここ1番のドヤ顔である。傍から見ると告発成功の表情だが、ロイとエミリローズにとっては『俺がここまで仕込みました!』と聞こえる顔である。


毒薬は最難関事項であった。何せ元より“白百合の雫などという秘薬は実在しない”のだ。


宝物庫の番は閑職だ。実際は騎士が警護につくためすることは無く、時折莫大な量の宝物を確認するのみである。王宮で出世を望めないが、追い出すには厄介な人物があてがわれる。今はギルダン侯爵が務めていた。広く豊かな領土を持つ彼は、国で五本の指に入る権力者であった。そして国を守り憂える立派な人物であったが、現王アーノルドの享楽な態度に意見し追いやられてしまった。

ロイは彼の元に通い時間をかけ仲良くなっていった。そこで取引を持ちかけたのである。


私を追放する手伝いをしてくれたら、貴方の出世を約束しましょう。


詳しい計画を聞き面白がり、取引に乗ったギルダン侯爵から宝物庫の目録を借りたのだ。最も古い、何十年も開かれていないページに“白百合の雫”があるかのように偽造した。“白百合の雫”は王宮に伝わるおとぎ話のようなものである。話では聞いたことがあるが、実際に見たものはいない。お茶会では砂糖水を小瓶に入れていた。


「……畜生ーーーー!!!!!何よ!!!!!良いじゃない!!!!あんたみたいな性悪女、お妃様には向いてないわよ!!!!!私の方が良いに決まってる!!!!!そのために馬鹿女のフリして好きでもない男に媚び売ってたのに!!!!!!」


エミリローズが足を踏み鳴らしながら泣き叫ぶ。鬼気迫るとはこのことか。稽古の時からエミリローズはこのシーンが1番楽しいと言っていた。大きな動作で、捕まえやすいようアナスタシアに掴みかかるフリをする。控えていた騎士たちが出てきて取り押さえるのも計画通りだ。このまま底の浅いセリフを叫ぶ予定だったが、騎士の魔法によって口は閉じられてしまった。エミリローズが残念そうな顔になっている。まだまだ本人はいけたようだ。


ここからはロイのターンだ。できるだけ情けなく愚かに!周囲を急いできょろきょろと見渡し、焦りを演出。汗はかけないので、練習した水魔法で汗のように見せる。口角を歪め、ふらふらと力なくアナスタシアに近づけば、ユーリがきちんと取り押さえてくれた。

力を込めているように見せて、その実軽く抑えているのみである。声が通るよう喉や腹も圧迫していない。

ロイとエミリローズは、2人して床に這いつくばった状態になった。もうすぐこの芝居は終える。


「くそう……なんてこと…なんてことだ……。」

「…ロイ殿下。俺一人では王宮のことは調べられませんでした。俺が説明しましたが、俺の力ではありません。貴方に、貴方にこそ紹介したい方がいます。」

「え……?」

「この方ですわ。」


ロイにとって最も予想できない人物。エセヒーローは遅れて登場するのだ。



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