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婚約破棄

あるある婚約破棄です。


「アナスタシア・ハーフィル嬢!私はここにお前との婚約破棄を宣言する!」


そう震える声で高らかに叫んだのは、このウェールズ国の第二王子であるロイだった。金髪に青白い肌に深い青の瞳。整っている容姿だが、国を背負うには頼りなく見える。


リズリル魔法学園の卒業式のダンスパーティー。貴族や一定の魔力を持った者はここで学ぶ。何をやってもダメなロイが三年間で一番目立ったのが今この瞬間だった。彼の傍らにはミルクティー色の瞳とウェーブヘアに、ピンクのドレスの可愛らしい小柄な少女、エミリローズがいる。ぷるぷると涙目で震えて小動物のようだ。元平民だが魔力量を買われシュクリ男爵家の養子となり、この学園に通っていた。ロイが入れ込んでいることを知らないものはいない。


「婚約破棄、ですか。」


静寂を切ったのは、婚約破棄を宣言されたアナスタシアだった。きちんと教育された公爵令嬢の彼女は、この場でも完璧だ。艶やかな深紅の髪は結上げられ、隙ひとつ見当たらない。ルビーのような瞳と唇にはたおやかな微笑み。青に金糸の刺繍のドレス姿は、上品であり威厳があった。普通の少女なら泣き崩れるか真っ青になって狼狽えるだけだろう。


「私は真実の愛を見付けたのだ。お前のような女と将来を共に出来ぬ。」

「……ロイ殿下、貴方に王位継承権があるのは私と婚約していたからですわ。そのことは分かっておられるのですよね?」


ハーフィル公爵家は、国で一番豊かな一族だ。そして歴史があり王家に連なる尊い血筋がある。

頼りないロイでも、アナスタシアの知力や人格、そして後ろ盾があれば国を治められるだろうとして王家の方から婚約を申し込んだのだ。


「何を言っている!わ、た、し、が!王位を継ぐのだ!お前など関係ない!」

「国王様の許可はございますか?」

「父上は私の気持ちを尊重してくださるだろう!エミーのことを知ればお前はどちらにしろ婚約破棄だ!」

「ご存知ないのですね?」

「多少順番が入れ替わるだけだ!!!」

「何も後ろ盾の無い彼女が、王家に嫁げるとお思いで?」

「そんなの…!!そうだ!!どこか別の貴族の養子にすれば良いだけだ!!」


ロイの言葉を聞いて周囲の人間がざわめく。王の許可無く婚約破棄を口にしてる上にあまりにも先の見通しができてない。

横にいたエミリローズも、更に大げさに身を震わせながら叫ぶ。


「アナスタシアさん!ロイに愛されなかったからって、何でそんなイジワルを言うの?見苦しいわ、悲しいわ…!…ねえロイ、私をお妃様にしてくれるんでしょ?」

「勿論だエミー。優しく愛らしい君こそが国母にふさわしい。エミーをいじめていたようなあいつが妃になるなんて、この国の為にならないよ!」

「きゃあ!ロイ!大好き!」

「私も君を愛している。そうだ!君と結婚した時には、君の巨大な像を作ろう!きっと国中が喜ぶだろう!」


ロイがエミリローズの手を包む。エミリローズは頬を染めて身をくねらせている。見ている広間中の人間は呆れ白け、または口元に嘲笑を浮かべている。それに気付かないのか、二人きりの世界に浸り続けている。


「真実の愛を見つけたとは素晴らしいですわ。……愛には、勝てませんもの。ロイ殿下のお心を満たせなかった私に落ち度があります。婚約破棄、お受けしましょう……。」


アナスタシアが扇子で顔を隠しつつ涙を零す。普段、毅然として表情を変えない彼女の涙だ。お互いに夢中な二人以外は動揺しつつも、垣間見える表情の美しさに目を奪われていた。


アナスタシアのしおらしい態度に気を良くしたのか、ロイとエミリローズは更に付け上がっていった。


「ようやく自分の行いが分かったか!!……よし、お前はエミーを虐めた罰として、魔族が住むとされる黒森に送ってやろう。そこで反省するが良い。まあ、長い時間を過ごせるほど生きていられるかは分からないがな!」

「素敵!とても良い考えだわ!……でも、さすがにそれはアナスタシアさんが可哀想…。あ、修道院に入っていただくのはどうかしら!神のみもとで慎ましい助け合う生活をすれば、彼女もきっと思いやりの心を持てるわ。」

「ああ!エミー!!君はなんて優しい人なんだ!!」

「そんなことないわロイ!」

「……さて、もう良いかしら?」

「…何?」

「婚約破棄もお互いの了承があることですし、私も言いたいことを言わせていただきすわ。」


パチン!と扇子を閉じたアナスタシアは、もう泣いていなかった。それどころか、凄みすらある艶然とした笑みを浮かべている。


「「……言いたいこと?」」


ロイとエミリローズの声が重なる。


「私がエミリローズさんを虐めたと仰いますが、証拠はございますか?」

「ハッ!この期に及んで言い逃れか?」

「違いますわ。私が何をして罰を受けるのか、この場で皆様にも知っておいて欲しいんですの。」

「……良いだろう。ここにいる全員に聞かせてやろう。いかにお前が悪辣な人間だということをな!!」


頭に血が上ったロイと可愛こぶってほほを膨らませるエミリローズ。背筋を伸ばし真っ直ぐ二人を見据えるアナスタシア。どちらが愚かかはもう分かりきっている。皆この喜劇の観客となっていた。


「お前は、エミーにことある事に『元平民だ』と突っかかり、多くの学生の前で辱めた!」

「そのようなことは言っておりません。入学の少し前に貴族になったとはいえ、余りにもマナーを全く守れていないため、私が心苦しいながらも言わせていただきました。」


エミリローズは、感情を露骨に顔に出す・大声で喋る・平気で走る・異性にベタベタ触る…などなど目に余るマナー違反がたくさんあった。

盲目になっているロイは気づかない、他の生徒もロイが怖くて口を出さない、だからアナスタシアが注意していたのだ。


「エミーを突き飛ばしたり、池に落としたりしたろう!」

「しておりません。たまたま近くでエミリローズさんが転ぶことが多かっただけですわ。」


エミリローズはアナスタシアの近くで勝手に転んでは悲劇的に泣き、周囲の目を集めていた。その度にロイに言いに行き慰めてもらっていた。

だが、ひとりでに転ぶエミリローズは見たものはいても、アナスタシアに突き飛ばされてるのは誰も見たことがない。


「くっ…!!だが!!エミーは先日のお茶会で毒を飲み倒れた!!お前の鞄からその毒の小瓶が出てきただろう!!一定量飲めば即死の毒だ!!幸いにも異変に気づき多くを飲み込まなかったエミーは一命を取り留めたが、これは暗殺未遂だ!!本来なら死刑だぞ!!!」

「……分かりましたわ。短い間とは言え婚約者だった中。殿下のこれからに差し障ってはと思っておりましたが……。ユーリ!」


アナスタシアの声に、群衆に紛れていた若い男が出てくる。黒髪に紫の瞳、引き締まった体には隙が無い。首にはアナスタシアの瞳のような真っ赤なチョーカーがある。それはユーリ自らつけたと言われ、アナスタシアへの忠誠を示している。ユーリはアナスタシアの物心ついた頃からの護衛であり執事であり、絶対の信頼を得ていた。切れ長の瞳でロイをじろりと睨むと、その目の冷たさにロイはたじろいだ。


「ここに、アナスタシア様が犯人ではないという証拠がございます。」

「…何?」


ユーリは手に持っていた厚い紙の束とエメラルドグリーンの小瓶を掲げる。その小瓶を見て、エミリローズはびくっと身体を震わせた。ぱくぱくと口を開け、顔色は真っ白になっている。


「まず、エミリローズ様にもられたこの毒は即死するようなものではありません。」

「なんだと!?」

「これは、『白百合の雫』といいます。多く飲めば一時的に仮死状態になりますが、時間が経てば戻ります。命には関わりません。昔の王族がいざと言う時のために隠し持っていた秘薬です。」

「……王族の秘薬?」

「分かりませんか?殿下がエミリローズ様を宝物庫に入れ、好きな物を選んで良いと自分で見もせず色んなものをお贈りしたでしょう。その内の一つです。」

「は!!!????」


ロイがエミリローズを見る。


「ち、ちが……!!違うのよロイ!!ええっと、そのお……!!」

「ここまで言えば分かりませんか?」

「え…は……!!???」

「この書類は、一つは宝物庫の目録。エミリローズ様を入れた翌日に確認しておりますが、アクセサリー類の他『白百合の雫』も無くなっております。更に、お茶会より前に薬を試している様子、エミリローズ様がアナスタシア様の鞄に小瓶を入れた様子、エミリローズ様がお茶会後ベッドで高笑いしながら『ふふふこれであの女を引きずり落とせるわ!!!』と独白している様子、その他もろもろ多くの目撃者がおりましてここで証言させれば半日かかります故書類にまとめさせていただきました。」

「……え……え……!?」

「秘薬の収蔵年を考えれば、中味は捨てるしかない腐ったゴミですね。まさかお気づきにならないとは…。エミリローズ様、もしや倒れたフリではなく腹痛だったのでしょうか?」

「……ど、どういうことだ…?」


事態を飲み込めないロイに、にっこりとアナスタシアが微笑む。


「分かりませんか、ロイ殿下?貴方は騙されていたのですわ。」

「……畜生ーーーー!!!!!何よ!!!!!良いじゃない!!!!あんたみたいな性悪女、お妃様には向いてないわよ!!!!!私の方が良いに決まってる!!!!!そのために馬鹿女のフリして好きでもない男に媚び売ってたのに!!!!!!」


エミリローズが足を踏み鳴らしながら泣き叫ぶ。もう前の可憐な様子は無い。アナスタシアに掴みかかろうとすると、隅に控えていた騎士たちが出てきて取り押さえた。騎士の一人が更に魔法をかけたのだろう、エミリローズは叫ぼうとするが口が開かずもごもごと声にならない。

それに連れ、ロイはやっと現実が分かったようだった。周囲の人間の好奇の目、嘲笑う口元。ダラダラと冷や汗をかきながら情けない笑みを浮かべ、アナスタシアに近づこうとふらつく足を踏み出す。だがそれは叶わずユーリによって床に押さえつけられた。

ロイもエミリローズも、今は2人して床に這いつくばっている。


「くそう……なんてこと…なんてことだ……。」

「…ロイ殿下。俺一人では王宮のことは調べられませんでした。俺が説明しましたが、俺の力ではありません。貴方に、貴方にこそ紹介したい方がいます。」

「え……?」

「この方ですわ。」


控えていたローブを被っていた騎士の一人が出てきて、それを脱ぐ。するとまばゆいばかりの金髪碧眼の美丈夫がいた。現王のような威厳と美しさに周囲が自然と引き、中心へと道ができる。男は悠然と進み、這いつくばるロイの前に立った。


「久しぶりだな、ロイ。」

「ギルバート…!?お前は、療養してたはず…王位継承権も無くなったはずだ!!」

「お蔭さまで完治したよ。継承権も戻った。お前なら、アナスタシアを任せても良いと思った。彼女となら立派な王になれると思った。こんなに愚かだったとは…残念だよ。」

「くっ…!」


ロイは抑えられたまま視線を伏せる。


「ロイにエミリローズ嬢…君たちには相応の罰を受けてもらわねばならない。」

「何だと!?私は王子だぞ!」

「その考えと態度を改めろ!!だからこんなことになったんだろう…?これ以上、アナスタシアの前で我が家の恥をかかせるな!!既に陛下から、お前たちの罰を与える許可をもらっている。」

「嘘だ嘘だ嘘だ!!父上がそんなことを言うはずない!!!嫌だ!!!」

「私だって弟に罰を与えるのは辛い!だがアナスタシアはそれ以上に辛い思いをした!国のためにもアナスタシアのためにも、これ以上口を開くな!!」

「……恐れながらギルバート様、この様な償いはどうでしょう?」


ロイを取り押さえながら、ユーリがにっこりと笑って言う。普段表情を崩さないユーリの笑みは、凄絶な程美しかった。


「先程、お2人は既に罰の提案をされております。それをそのまま与えれば宜しいのでは?」


その言葉に、アナスタシアが満足気に微笑んだ。だがロイとエミリローズは血の気を失った。


「私はそれで充分ですわ。」


アナスタシアは知っていた。ロイが黒森を嫌い、あそこに行くなら死んだ方がマシだと言っていることを。エミリローズが男爵家の養子になってから浪費三昧で野心にあふれ、修道院での慎ましい生活など不可能だということを。


「私に相応しい罰だとお2人はおっしゃってましたわ。優しいお2人が私のために考えた罰ですもの、厳しい罰を与えるのは心苦しいので丁度良かったですわ。」

「…君は本当に良いのか?」

「とても笑える喜劇を観せていただきました。愚かで可哀想で…。私傷付いてなんかおりません。私たちの間に真実の愛はなかったですし…ふふふ、愉快な見世物のお礼ですわ。」

「よし。ロイは黒森へ送り、エミリローズは修道院へ!それが罰だ。…連れて行け。」


よく響く声で2人への罰を告げる。ロイはユーリに、エミリローズは騎士に広間から連れ出される。

2人がいなくなった広間で、ギルバートはアナスタシアの前に膝まづいた。


「……こんな時に言うことでは無いとは思う。だが、僕は、君にずっと伝えたかった言葉がある。」

「ギルバート様、きっとそれは私が待ち望んだお言葉ですわ…。聞かせてくださいませ、少しでも早く。」

「アナスタシア!…君は僕の初恋だ。病気さえ無ければ婚約者のままでいられたのに。今の僕は、やっと王子としてスタートラインに立てた。……君さえ良かったら、共に歩んでくれないだろうか?」

「……ギルバート様、私の初恋も貴方でした。断る理由がありましょうか?喜んで、お受けしますわ。」


アナスタシアがギルバートの手を取る。ギルバートは立ち上がりアナスタシアを抱きしめた。歓声があがり、割れんばかりの拍手が起こる。

全ての人間がまるで絵のような二人を見詰めていた。


その後アナスタシアとギルバートは結婚した。2人の話は物語や芝居となって広がり、国中が祝福した。ユーリは結婚を機にアナスタシアの元を去っており、もしや主への許されざる恋心があったのではないかと令嬢たちが熱烈な噂話をしている。

エミリローズは修道院に送られる道中、野盗に襲われたらしく残骸となった貧しい馬車と切られた髪の毛が見つかった。殺されたのか娼館に売られたのか、その行く末は定かではない。

ロイは黒森に追いやられた後、怯えて静かに暮らしているようだ。いつ耐えきれなくなって発狂するか自殺するか、賭けているものもいるらしい。




そして、ここからはその前の話と、その後の話だ。






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