1ー08
「嘘吐き」
ルカの小さな声がした。
地獄耳の私にはよーーく聞こえる。
ルカは自分の指先を齧りながら、ボソボソと呟き続ける。
「嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き嘘吐き」
や、闇のオーラが見える……!
ルカの魔法がどんなものか知らないけど(ユーリ先生も教えてくれなかったし)、「全力を出していいよ」といってこんな反応をするってことはよっぽどの強さなんだろう。
全力出したいのに出せないのは大変だよね。わかる。
私も「今日は好きなお酒をだけ飲んでいいよ」ってお客さんにいわれて、本当に好きなお酒を好きなだけ飲みまくったら怒られたことあるもん。
「こんなに飲むと思わなかった!」って、「こんなに払うつもりない!」って。
理不尽すぎてマジでキレたからね。
アンタが大人になりなってママにまで怒られたし。
何かそうやって考えていると、ルカに親近感がわいてきた……!
話しかけるなっていわれてるけど、信用してもらうことが大事だよね。
そう! だって! 私は! 大人ですし!
ここは優しくね、諭すように……そう。野生動物みたいなものよね。
そういわれれば私、ネコを飼いたかったの……犬派だけど。
「嘘じゃないよ、ルカ……私は嘘吐かない。全力出していいんだよ」
「全力? 僕の全力なんて出せるわけがない。無理って決まってるくせにくだらない。馬鹿馬鹿しい。だから嫌なんだよ、人間なんて。ゴミばっかりだ。嘘吐き共め。クソが。みんないなくなっちまえ……ていうか、ぼ、僕に話しかけんなよ」
ピキッ。
今の私に音をつけるなら、そういう効果音だ。
今さぁ、私さぁ、大人な対応しましたけど!?
それなのに何ていった!? クソが!? ゴミばっかり!? はぁああああ?
いたけどね! こういうお客さん!
「はいはいみんなにいってるんでしょ、営業トークでしょ、誰に対してもそうなんでしょ」みたいな。
むっかつくよね!? 仕事なんだっつーの、こっちは。
でも! 今は!
仕事じゃないし、目の前のルカも私のお客様じゃない。そうだった! 忘れがちだけど!
だから私は全力でキレます!
大人になる必要もないね! だって同級生だもん!
私はルカに向かって指を向ける。
今度の効果音はこれ、ビシッ!
「安心して。あなたより私の方が凄いから。敗北を教えてあげる」
売られた喧嘩は全力で買う。
やられたらやり返す。
それが私のモットー。
ルカはびっくりした様子だった。
しかもただただびっくりした訳じゃない、もはやそれは「心の底からびっくりした」って感じ。
真っ黒い目を大きく見開き、ルカはまばたきもせずに私を見つめる。
なに? そんなに弾丸魔術師が珍しい? って違うか。
睨み返すのもアレなので、私は営業モードでにっこりと笑い返してあげる。
同級生ですけど、魂だけは私の方が大人なので。
ていうかムカつくけど、マジでムカつくけど! ムカつく時ほど大人の対応されたら何かムカつくよね。
これも私の喧嘩の仕方ってやつ。
ルカは慌てて目を逸らした。
次にびっくりするのは私の番だった。
ルカが急に膝から崩れ落ち、その場にへたり込んでしまったから。
えっなに? 貧血? 過呼吸?
私が言葉を発する前に、ルカがボソッと呟く。
それでもその呟きはさっきまでのそれとは違い、力強くて何かを決心したみたいだった。
「じゃあやってやる」
その時、ルカの魔力が伸びてきたのを感じた。
私の魔力を求める無数の手の中から、ぐわりと伸ばされたルカの手。
その手を掴み取ると、ルカの身体にバチバチッと電流が流れたように見えた。
「僕はーーー……選ぶ!」
握り締めた手を大きく振りかざしたルカは、そう叫ぶと同時に地面を思い切り拳を叩きつけた。
え! 何あれ! ヤケクソ!?
さっきまでアイザックが操っていた泥人形達でぐちゃぐちゃになっていた地面にも電流が走ったように見えた。
その瞬間だった。
地響きのような、唸り声のような音が聞こえる。
地震!? いや、違う。地面から何かが生えてくるーーー木だ。たくさんの木が連なり、地面を割る。
竹の子が生えてくるみたいにニョキニョキと木が無数に生え、絡まり、太くなり、大きくなっていく。
「これがーーー……」
大木となった樹々が天井を持ち上げようとしているのを私が見上げていると、次にまたルカの声がした。
さっきまでへたり込んでいたはずなのに、ルカは壁のすぐ側に立っている。
「未来だ!」
そう叫ぶと同時にルカは壁を叩いた。
ドン! と音がしたのか、それともビリビリッ! と電流が流れたように見えたのか私には思い出せなかったけれど、ルカが壁を叩いた瞬間に鉄の壁から幾本もの先端が突き出した。
まるで巨大な槍だ。
壁にもたれかかり、相変わらず猫背のままぶつぶつと何かを呟くルカを中心に鉄の槍が壁から生えてくるーーー……10本や20本じゃない、壁全体から槍が生え始める。
ルカの目はギラギラと光ってる。
真っ黒な髪の下、ぎょろりとこちらを睨みつけて。
肩で息をしながらも、彼は私を見る。
鉄の槍は次々と生え、先端を尖らせていく。
その先端はありとあらゆるところを向いていた、先生方を向いているものもあればアイザックを向いているものもある。
そしてもちろん、私の方も。
「スイートマン! ウスペンスキーへの供給を止めろ!」
ユーリ先生の切羽詰まった声がした。
これはまずいと思ったんだろう。
もしかしたらルカの魔法は暴走し始めているのかもしれない、初めてこんなにも魔法を使ったから。
けれど残念。
だって私、約束したから。
私はニッ、と笑った。
こんなに若くて可愛い外国人のお嬢様になっても、私は前世と同じく口紅を塗るのが大好き。
今日の口紅は特にお気に入りの色。
その唇を持ち上げて笑う、ニッと。
「全力を見せてくれるんじゃないの? その程度?」
「ああああああああああああああああ!!!!」
ルカが言葉にもならない叫びをあげた。
魔法使用室に響き渡るような金切り声で。
その瞬間、全ての鉄の槍は私の方を向く。
木々は私を閉じ込めるかのようにツタを伸ばし、私は囚われるーーー攻撃手段? そんなものはない。
だって私は引鉄魔術師じゃない、弾丸魔術師だもん。
「敗北を教えてあげるっていったでしょ」
でも私はただの弾丸じゃないの。
私はその瞬間、全ての手を取った。
私に向けられている「全ての手」を。
そう、私は今ーーー
ここにいる全ての引鉄魔術師に弾丸を供給した。