1ー06
「ではまず下地作りといこう」
特別な学校で教職員をしているだけではなく、その中でも最上位の寮の担当をしているだけある。
ユーリ先生は冷静にそう告げると、右手を小さく掲げた。
引鉄魔術師が魔法を発生させる方法なんて、実は特別必要ない。
けれど例えばまばたきするとか、決まった言葉を発するとかして気持ちを切り替えた方が心理的に発生しやすいらしい。
ユーリ先生の場合、それがアレだった。
彼は掲げた右手で拳を作りながら、振り下ろす。
その途端!
ボコボコ、と地面が盛り上がって土塊人形が何体も姿を現した。
多分100体くらい。
ちょっと気持ち悪い。
集合恐怖症の人なら泣いてるかも。
「スイートマン。私のランクがわかるか?」
「はーい! 軍事ランクだと思います」
「そうだ」
魔法の内容は『土塊人形を作り出す』かな?
軍事ランクってことはただのゴーレムではないはずだ、操れるのはもちろんだけどある程度は戦闘能力も持ってるはず。
今は…………
ただのぬいぐるみみたいな感じだけど。
何ていうの? クリスマスによく見かけるジンジャーブレッドマンクッキーのような感じ。
弾丸不足、かな?
まぁこの状況で戦闘能力があっても誰と戦うの? ってもんだし。
コストダウンしてるんだろう。
うまいやり方だなぁ、さすがこの学校の先生で軍事ランクの魔術師。
戦い方、そしてコストダウンのやり方をよく心得てる。
「ではカーティス。やりたまえ」
感心している私の前で、先生はそう指示する。
アイザックは笑顔のまま頷き、ちらりと私を見た。
わかってるってば、私が魔力をお渡しします。
その時、私はふと気づいた。
第一魔法使用室の外にはたくさんの生徒がいて、こちらを見ている。
一部がガラス窓になっていて室内を見ることができるのだ。
見学者用通路みたいなものが、室内をぐるりと囲むようにできている。
3階くらいの高さから、かなりたくさんの人が私たちを見下ろしていた。
まぁ珍しいか……!
だって、ねぇ?
「少しは楽しませてね、お荷物ちゃん」
「お手並み拝見ね、メガネくん」
相変わらず私達はバチバチにやり合いながら、笑顔を交わす。
アイザックはメガネをあげてから両手を大きく広げた。
まるでオーケストラを前にする指揮者みたいに。
引鉄魔術師は魔法を発生させる時、別段何かをする必要はない。何か呪文のようなものを唱える必要も。
そしてそれと同じように、弾丸魔術師もそう。
ただし、私達は少しだけ違う。
ぐわ、と見えない手が伸びてくるのを感じる。
お腹の下が熱くなり、自分の魔力が身体中に「在る」ことを私は感じる。
見えない手が私の中に在る弾丸を掴もうとするーーー……彼らじゃない。
見えないけどわかる。
無数に伸ばされている手は、ここにいるトリガー達のもの。
バレットは自分の意思によって誰に自分の魔力を渡すか選べる。
トリガーが自分の意思によって、魔法を使うことができるように。
弾丸魔術師の弾丸もまた、魔法なのだから。
それを外に発する手段として引鉄魔術師を選んでいるだけ。
そう、だから私は無数の手の中からアイザックの手を選ぶのだ。
「全力でやれ、カーティス!」
ユーリ先生の低い声が響いた。
アイザックは怪訝そうに教師の方を見てから、合図を出す。
両方の手でパチリ、と指を鳴らした。
その途端だった。
ジンジャーブレッドクッキーのようなゴーレムは、急にお互いを攻撃し出した。
殴り合い、蹴り合い、取っ組み合う。
せれど彼らはただの土なので、戦えば戦うほどにボロボロと崩れていく。
「アハハ」
アイザックの笑い声がした。
見ると、何人かのゴーレム達はまるで組体操でもするみたいにフォーメーションを組んでいる。
何あれ? 団体攻撃?
そう思っていると、みるみるうちに団体ゴーレム達は見事な形になった。
私もよく知ってる形。椅子だ。
アイザックは躊躇なくその椅子に座り、足を組む。
そして指揮者が演奏を激しくするかのように、腕を動かした。
ゴーレム達はもっともっと激しく殴り合う。
ボロボロと崩れたゴーレムは自分の身体や他人の身体を混ぜ込み、再結集してまた戦いに戻る。
アハハ、とアイザックは椅子に座ったまま笑う、楽しそうに。
「女王蜂がいるだろう。たくさんの蜂は女王蜂を守るために戦い、命を差し出し、エサを持ってくる。カーティスの魔法はそれに似ている」
ユーリ先生はまた拳を作った。
地面からまた新しいゴーレムが50体ほど現れ、全員がアイザックに向かって突進していく。
けれどアイザックが指を鳴らすと、そのゴーレム達はお互いを殴り合うことに夢中になった。
「あれの魔法の系統としては『魅了』。しかしただの魅了じゃない。自らが望んで、カーティスの望みを叶えてくれるーーー……あいつのために全てを差し出すようになる。だから我々はあれの魔法を、女王蜂になぞらえてこう呼ぶ」
眼鏡の奥の瞳が妖しく輝いている。
にっこりと笑っているアイザックは、実に楽しそうに自らのために戦うゴーレムを眺めていた。
「皇帝蜂」
女王蜂は特殊なフェロモンを発するという。
彼女のために巣を作り、彼女のために戦い、彼女の元に集うーーー……
アイザックの「魔法」はそういう特殊なフェロモンを発することができるものなのだろう。
「暫定ランクは『災害』……もしそのランクが確定した場合、アイザック・カーティス・ジュニアはこの国唯一の災害ランクの魔術師となる」
女王蜂は1匹しかいないもんねぇ。
なんて、私はアイザックを見ながらそう思った。
「ただし、あの魔法の全貌がわからない。私が作り出すゴーレムはカーティスの魅力にやられるが、人さえも魅了にかかるのか? それにはあまりにも弾丸が足りない。そのため、あいつの正式なランクがわからないんだ」
ユーリ先生は眉を寄せながら続ける。
「可能性としては…………『厄災』ランクということも有り得る」
私は思わず笑ってしまった。
全世界に『厄災級』の影響を与える魔術師。
その「引鉄」を引くために必要なのはーーー……この弾丸。
「アイザック! もっと! できるでしょ!」
「弾丸枯渇にならないでね」
アイザックは笑った。
実に「悪いヤツ」というような笑顔で。