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1ー02

「僕と君のルールも、み、3つ。1つ、僕に話しかけるな。2つ。僕に話しかけるな。3つ。僕に話しかけるな」



 ルカはそうやって続ける。

 私は無言のまま、自分のマグカップを拾い上げた。

 大事なマグカップだったのに。

 これを買ってくれた友人の顔を思い出す。


 私はルカをスルーし、コーヒーキッチンに近づいた。

 小さな食器棚の前に行く。

 ここの寮生の分だろう。

 いくつものマグカップが並べてある

 私はその中から真っ黒なマグカップを手にした。

 多分これだと思う。



「アイザック。これってルカのマグカップ?」

「え? うん」

「ぼ、僕のに触るな!」



 にっこり、と私は笑った。

 そしてルカの目の前で、笑顔のままマグカップを落とす。


 ガシャン。

 黒いマグカップは見るも無残な姿となった。

 私のマグカップと同じように。



「あ! ああ、ぼ、僕の……」

「私とあなたたちのルールは3つ」



 笑顔のままで私は続けた。



「1つ、喧嘩は売ってこないで。トリガーさん」



 アイザックを見ると、彼はわざとらしく肩をすくめる。

 喧嘩なんて売ったっけ? とでもいいたげな顔だ。

 お? なに? かかってくる?

 なんて思ったけど、ひとまずそれは抑える。



「2つ、やられたら絶対にやり返すから覚悟してね。あのマグカップ気に入ってたの。このくらいで済んだことに感謝してね」



 これはルカを見て告げる。

 青ざめた顔のルカは、絶望した顔で私を見ていた。

 わざとらしく、私はニコッと笑ってあげる。

 ルカの顔はもっと青くなった。



「3つ、仲良くしよ? 私達、共同魔術師(パートナー)なんだし」

「アハハ!」



 アイザックは声を上げて笑い、ルカを放置して私に手を差し出してくる。

 その手を握り返すと、アイザックはまた笑った。



「スイートマン家のお荷物乙女がやって来るって聞いた時はどうなるかと思ったけど! 君は中々面白いね」

「私ももっと優しい人達が迎えてくれると思ってたーーー思ってたより面白い人たちで良かった!」



 あ、こいつ。

 仲良くなる気ねぇな?


 素敵な笑顔でいい腐るアイザックに、私も素敵な笑顔でいい返す。

 お客さんなら喧嘩買うなって感じだけど、別に今の私はホステスでもないしアイザックもお客さんじゃない。

 まぁホステスの時もやられたらやり返す精神だったけど!


 ルカは真っ青な顔のままだった。

 慌てた様子でマグカップの残骸を集めると、大きな足音を鳴らしながら階段をのぼっていく。

 そんなに上の方の部屋じゃないらしい。

 ダンダンダン! と足音を鳴らしてるけど、それアパートなら騒音でクレーム入るからね!


 自室のドアを閉める時も、わざとらしくバターーーン!と大きな音を立てる。

 気分を害したってことを全身でアピールしてる感じ。



「いやぁごめんね。ルカの家って有名だから、エリート意識強くて性格悪いんだよ。ほら、バレットちゃんもそうじゃない? 家が有名だから性格があんまり良くなさそうじゃん?」

「家柄ねぇ、アイザックもそうなの?」

「俺は奨学生だし、全然有名な家柄じゃないよ」

「えーーー! じゃあ生まれつき性格が悪いっていう最悪のパターンじゃん」

「アッハッハ! おっしゃる通り!」



 いや笑ってる場合か!

 それでもアイザックは楽しそうに手を叩いて笑っていた。

 いるよね、こういうタイプの人。


 とりあえずそこで話を一時中断し、私はマグカップの残骸を片付けることにする。

 アイザックも手伝ってくれた、意外に良いやつ。

 しかもその上、使っていないマグカップを「これを使いなよ」と渡してくれたのでちょっと見直した。


 マグカップの残骸は捨てようと思ったけど、なんだか捨てがたくて残しておくことにする。

 全部はさすがにアレなので、一部分だけ。



「えーーー簡単に説明するね」



 場所をリビングのソファスペースに移動する。

 寮生が自由に使えるリビングだけあって、その場所は結構広い。

 毛の長いラグが置かれ、重厚感のある大きなソファや、ひとり用のソファもいくつか置かれている。

 本棚もあった。



「この学校は半年に1回のテストとかそういうのを踏まえて寮のランクが決まる。ここは1番上の寮。Aクラス。寮生は僕達含めて20人」

「えっつまりここって、こんなに部屋があるのに20人しか暮らしてないの!?」

「ドアはたくさんあるけど、中でくっついたりしてるから実は部屋数ってそんなに多くなくてね。その分、部屋の中は充実してるよ」



 部屋の中は充実してるってことはもしかして……



「バスタブはあるの?」

「バスタブ? あるよ」



 よし!!!

 私は大きくガッツポーズをする。


 この世界はヨーロッパだかなんだか知らないけど、そのせいで「湯船に浸かる」という概念がほとんどない。

 シャワーだけの部屋もよくあるくらい。

 私の実家は大豪邸だったので浴場はあったけど。


 湯船に浸かる代わりにサウナがあるところは多いらしい。

 けど! 私は! 前世は日本人!

 前世で引っ越しする時はお風呂を重要視していたくらいにお風呂が好き!

 絶対に浸かりたい! 半身浴したい!

 可愛いバスボム入れて癒されたい!

 だから浴槽があるなんて最高!



「それで? この学校って何人くらいいるんだっけ?」

「ああ、えーっと……5学年あって、1学年は50人。全学年1クラスずつだよ」



 アイザックはあからさまに「バスタブがあるくらいでそんなに喜ぶ?」って顔をしてた。

 私にとっては重要事項なの!

 ってちょっと待って?



「250人生徒がいて、A寮の生徒は20人しかいないの?」

「そうだけど? 学校内順位で上位20人しか入れないよ」



 どれだけ狭き門なの、この寮。

 まぁでも……大きいお店のナンバーに入ってるホステス、みたいなもんだと思ったら納得がいった。


 なるほどね!

 まぁナンバー入りしてる子が全然お客さんを呼べない子と同じ待遇ならね!

 やる気なくなるもんね!

 わかるわかる。



「だからさぁ、俺達楽しみだったんだよね。新しい学年になって3ヶ月は経つのにA寮は19人しかいなくて。最後のひとりは事情があって登校できないっていわれてたからさ」



 高いスツールに腰掛けているアイザックが、眼鏡を押し上げながら笑う。

 本当に彼の笑顔は何か裏があるぞ! という笑顔。

 歯を見せて笑うと、八重歯が目立つのもそれを加速させる。


 なんだろ……

 この人、実際は元ヤンキーのくせに今は清楚キャラでいってる女の子みたい。

 隠してるつもりだけど隠し切れてない。

 少なくとも、私にとっては。



「まさか最後のひとりが弾丸魔術師(バレット)だとは思わないじゃん? こんなのA寮始まって以来だよ」



 ふと見上げると、いつの間にかたくさんの魔術師がこちらを見下ろしていた。

 螺旋階段の色々なところから私を見ている。

 その目は「興味」でもあり、「怒り」でもあり「無関心」でもあった。



「君がこれ以上スイートマン家の名前を汚さないことを願ってるね。もし自信がないなら帰ってもいいんだよ? 俺は止めないから」



 アイザックは笑顔でそういった。

 多分、私を見下ろしている引鉄魔術師(トリガー)達もそう思っているんだろう。

 弾丸魔術師(バレット)なんて帰ってしまえ、この寮には相応しくない、と。


 多分みんな思ってるのだ。

 私がここにいるのはスイートマン家だから。

 そうじゃないとバレットがここに入れるわけない、と。


 その中にルカの顔も見えた。

 相変わらず猫背のまま、指先をガリガリとかじってる。

 黒い目をギラギラと輝かせて私を睨みながら。



「心配してくれてありがとう、アイザック。私はスイートマン家の名前を上げるために生まれたって思ってるから安心して」



 ふ、と私は笑う。

 そしてアイザックにそう返した。


 申し訳ないけどこれは本心。

 今まで何百回、何千回いわれてきたと思ってるの?

 弾丸魔術師(バレット)のくせに、って。

 スイートマン家の名前を汚してるって。



「それに私には見える。あなた達は近いうちに私を指名する日が来るって」



 だって私、ナンバーワンホステスだし。

 指名されることには慣れてるの。


 馬鹿馬鹿しい、というようにアイザックが鼻で笑った。




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