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第一章 007 襲来編 ③

「生徒名誉会長というのはね。表向きには、生徒会に多大なる恩恵を与えた生徒会役員を囲い込んで、もう半年働いてもらう、いわば特別延長枠みたいなものね。でも、与えられる権限は生徒会長を大きく超え、たった一言で生徒会を自由に動かすことができる。生徒会全体でやると決めたことでも、生徒名誉会長がNOといえばそこでおじゃん。逆に生徒会執行部全員がダメと言っても、生徒名誉会長がYESといえば、組織の形式上、行わなければいけない。控えめに言って、めちゃくちゃな役職よ」




 僕と白咲は投票箱の組み立てもそこそこに、今後の方針について話し合っていた。




「生徒会執行部は主に二年生の春にスタートして、三年生の夏に部活みたく引退する。だけど虻都さんは自分でそんな役職まで作って残ったわけか」

「そして、せっかく作ったのだから潰したくないという理由だけで人くんに引き継いでもらおうとしている。はた迷惑とはこのことね」


 いつも僕に迷惑をかけてくる白咲は、やれやれと、わざとらしく首を横に振った。


「そもそも生徒会は何をしてるんだ? この部屋にも生徒会備品がたくさん置いてあるが、なかなかのガラクタ揃いだ。しまいには僕たちに雑務を依頼してきたり。まともに活動しているのか疑わしい」


 備品整理用の棚には、金色のデッサン人形からうさぎ型スタンガンなどの奇妙なグッズが目白押しである。

 誰かしらの趣味が時代ごとに色濃く反映されている。


「つまるところ、生徒名誉会長はこの学校の王様というわけか」

「そうね、欲しいものはだいたい手に入る。王様というよちは独裁者に近いかもしれないわね。わたしは興味があるわ」

「この依頼、別に僕が生徒名誉会長になる必要はない。書類から察するに、依頼内容はまともな生徒名誉会長候補を擁立することみたいだし、お前なら立派に務められるよ」


 面倒くさそうな生徒会役員なんてやりたくない。というのが僕の正直な感想だった。


 僕には生徒会を引っ掻き回すよりもやるべきことがある。一秒でも早く、僕の理想の青春に足を踏み入れたいのだ。


「いいえ。わたしが興味をもったのは、人くんが生徒名誉会長になった暁の学校生活についてよ。あんたが継いだらおもしろいことになりそう」


 白咲は不気味な薄ら笑いを浮かべ、僕をニタニタと見つめてくる。



 とても嫌な予感がした。



「白咲も知っての通り、僕の高校生活での目標は至高の青春時代をおくることだ。虻都さんの気まぐれに振り回されて、本懐を忘れる僕じゃない。お前がダメなら、ヒラの生徒を適当に見繕って、テキトーに生徒名誉会長を継がせるさ」


 なんせ権限は大きいのだ。なりふりかまわず自分の欲求を満たしたい奴はそこら中に転がっている。そいつの汚い心につけ込んで書類にサインさせるだけで依頼は解決だ。


「あら、米搗先輩は人くんに後を継いで欲しいと言っていたわよ。ちゃんと生徒名誉会長の話、聞いてたの。それにわたしは人くんならきっと喜ぶと思っただけよ」


 彼女は一体何を言っているのだろうか。



――僕が面倒事を引き受けて喜ぶだと?



 僕が白咲の発言の意図が読み取れず混乱していることを察したのか、白咲が、まだ分からないのかしら? と煽ってくる。とても腹がたつ。


 ほんとうにわからないなら教えてあげましょうか、と 自慢気に諭してくる白咲に仕方なくうなずくと、彼女はなぜか勝ち誇ったようなキメ顔をして、答えの解説を始めた。


「生徒名誉会長はね、さっきも言った通り、生徒会を自由に動かせる。生徒会の活動には文化祭やレクリエーションなど、全校生徒が参加するイベントの企画運営がある」 




「そして、青春の醍醐味は学校行事にある」




 どうして僕はいままで気づかなかったのだろう。


 青春が青春である理由。


 もっと言えば、なぜ世の中での青春を指す時期が高校時代に集中しているのか。


 それは、学校という特別な環境にある。


 同じ年代の学生たちが、同じ目標に向かい、同じを時を過ごし、切磋琢磨する。その中で生まれるいくつものドラマたち。


 これらが発生する条件が、高校という義務教育では許されなかった自由が与えられることで、学校行事に集結しているのだ。


 学校行事こそ青春への近道なのである。


「いや待てよ。今までも学校行事はあったはずだ。なぜ僕は青春を満喫していない」

「いままでに生徒会が企画した行事はおとなしすぎたのよ。吹奏楽部による演奏会を鑑賞したり、百人一首大会を開いたり。よくいえば、文化的だけど、悪くいえば退屈だわ。だから、生徒名誉会長に人くんがなったらおもしろいと思うの」



 生徒名誉会長の決定は生徒会、つまり学校内では絶対である。


 学校行事の企画も生徒名誉会長の指示次第で、おもしろくもなるし、その反対にもなるというわけだ。



「もしもの話だが、」



 僕は学校生き字引である白咲に、どうしても確認しておきたい案件を質問することにした。



「もしもの話だが、漫画などでよく見るミスコンテストを開催することも生徒名誉会長になれば可能なのか」

「余裕でできると思うわ」

「じゃあ、満天の星空の下、校庭でキャンプファイヤーを囲みながらフォークダンスを踊るとかもか」

「古くさい感じはするけど可能よ」

「ならば、憧れのヒロインとイチャつくためだけに命を捧げる、ヒロインの想いなど全く無視した不毛で熱い男どものデスゲームも」

「生徒名誉会長がのぞむのなら、現実のイベントとして導入できるわ」




「うおおおおおおおお」




 僕はあまりの嬉しさに雄叫びをあげてしまう。


 僕の理想の青春を彷徨いもとめて長らく。


 青春を創造するという天啓を受けたものの、具体的な手段は見当もつかず、灰色の荒野を徘徊し、青春を当てなく探す日々。僕はやっと青春への鍵を手にしようとしている。


 僕はこの退屈な日常から脱却し、燦々と光る青春へと飛び立つのだ。



 僕の人生の春は目前、いや、来たも同然。



――幻想が、理想が、妄想が、僕の憧れた青春が、現実になるのである!


 僕が人生の勝利に酔いしれる中、白咲だけは淡々と現実を受け入れていた。



「変なスイッチが入って、変にテンションが上がっているところに申し訳ないのだけれど、ここに生徒会役員に限るって書いてあるわよ」


 生徒名誉会長立候補書には確かにそのような記述があった。


「僕たちは常日頃から生徒会の仕事を手伝っているんだぞ。実質、生徒会役員みたいなものだろ」


 いつも面倒な仕事を生徒会執行部から押し付けられているのだ。こんな時ぐらい報われてもいいはずである。


「ヒラはヒラでしょ。でも、米搗先輩が依頼してきたということは、大丈夫ななのかもしれないわね。それに、人くんが生徒名誉会長になるということは、わたしにもそれなりの準備が必要になるわ。一度、米搗先輩に確認をとってみましょう」




 何にを言っているのかは、いまいちわからないが、白咲は僕専用の立派な机に置いてある電話の受話器をとり、ダイヤルを回した。




「もしもし。わたしですけど。はい。生徒名誉会長のことで。はい。やはり無理ですか。いえ。何でも」


 断片的に聞こえてくる白咲の応対と雰囲気で、僕が生徒会役員として認められないことがやんわりと伝わってくる。


 あの変態くそメガネはいつも僕たちをいいように使っていながら、肝心のところでは、譲歩してくれない。


――一体どうすれば。


 僕は第三生徒会準備室を見回しながら、苦悶していた。


 白咲の電話はまだ続いている。


「あと米搗先輩。はい。人くんが生徒名誉会長に立候補するにあたって一つ条件があるのですが。はい。少し難しい。いえ。ただ実現した際にはお礼の握手でもと。えっ、できないこともない。はい。わかりました。ありがとうございます。あっ、もちろん手袋をつけますよ。いえいえ。よろしくおねがいします」



 がちゃんっと受話器を元の場所に戻す白咲。


 なにやら、不気味な単語を並べ、虻都さんに交渉していたようだ。


「結局、生徒会役員にならなきゃ難しいみたい」

 残念なお知らせであるのに、白咲の声はどこか嬉しげである。

「生徒会役員は執行部と図書委員や保健委員といった生徒会委員で構成されていたはずだ」

「でも執行部は二年生がぎゅうじってるし、いまさら立候補することはできないわ。それに生徒会委員も一学期のはじめで決めちゃったし、来年度までは不動よ」


――生徒会役員になれれば、後はとんとん拍子に進むのに。


 僕は自分の理想にあと一歩で届きそうなのにとどかない現状に歯がゆさを感じていた。


「何かあるはずだ。この状況を打開する方法はきっとある」


 第三生徒会準備室の中を僕はもう一度、どんな些細なヒントも見逃さないよう、念入りに見渡す。



 来客用のテーブルとイス。

 ガラクタだけの棚。ピンクのだるま。ミジンコの着ぐるみ。

 ホコリが積もった床。




――銀色の投票箱。




「その手があったか!」




 かすんで姿形さえ分からなかった青春が突然目の前に現れたような、そんな気を、この時ときの僕は感じていた。


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