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第一章 005 襲来編 ①

 僕が白咲に脅され、半ば強制的に、本物の選挙で使うような銀色の投票箱を組み立ている時。

 懐かしいほど久々に、第三生徒会準備室のドアが外部から開かれた。

 

ちっ、と白咲が珍しく舌打ちする音を聞きながら、入り口に目を向けると、皺一つないきっちり整えられたワイシャツを着た、四角いフレームの眼鏡をかけた、真面目そうな男が一人、腕をがっちり組んで直立していた。




 僕と白咲はその男を無視して、投票箱の組み立てを続ける。

 なんせ全学年分組み立てなくちゃいけない。なかなかの量なのだ。


「ご機嫌麗しゅう、諸君。長らく君達に会えなかったこと、断腸の思いであったぞ」


 眼鏡の男が眼鏡を中指で持ち上げながら威張ってくる。


 僕と白咲は黙したまま、もくもくと脹れる不満を我慢し、黙々と組み立て作業を進めた。



「なぜ黙っている。ほら、久しぶりに憧れの先輩と会えたのだぞ。抱きついてきてもいいのだよ、白咲さん」

「滅びてください、米搗(こめつき)先輩」

「辛辣!」


 白咲の冷え切った言葉に、眼鏡の男こと米搗虻都こめつきあぶとはくねくねと体を揺らし、気持ち悪く悶えている。


 僕は可能な限り気配を殺し、手だけを動かす。


「前生徒会長に臆することなく罵声を浴びせる姿に心打たれました。結婚してください」

「破滅してください、米搗先輩」

「嗚呼辛辣!」


 白咲の煩わしい虫を追い払うような言動に、破顔で悶え続ける前生徒会長、もとい現生徒名誉会長の精神力は恐ろしいほど強靭で、強大だ。普通の人間なら白咲彩華という佳人に罵声を浴びせられただけで消沈してしまう。だが、この男は白咲に罵られることを快く思っている。


 常人ではなく、尋常でもなく、ただならない。


「人くん、相変わらずながら米搗先輩が気色悪いわ。まるで夜の電灯に群がる虫みたい」


 米搗虻都に向ける凍りついた態度とは対照的に、白咲は大きな瞳に涙を溜め、両手で僕の肩を揺さぶった


 頼むから、やめてほしい。僕も虻都さんは苦手なんだ。


 いつも以上にきらめく白咲の瞳に、僕は目で訴えた。


「そんなに見つめられると照れてしまうわ」


 白咲は両手を白い頬に添え、小さく呟いた。


「人よ、何故我らの女神たる白咲さんを独占するのか」

――うわっ、虻都さんが僕の存在に気づいた。


 僕は苦笑いを浮かべる。


「白咲を独占するなんて滅相もない。僕はただ目を開けて、空気を吸っているだけです」

「万死に値する!」

「なんて理不尽な!?」


 目を真っ赤に染めながら泣き叫ぶ虻都さんを見ていると本当に悪いことをしている気分になって、居た堪れない。本当に何もしていないのに。ただ僕がいて、白咲がそこにいただけなのに。


 一方、白咲は僕に殺害予告した虻都さんに殺意むき出しで襲いかかろうとしている。

 こいつを抑えるためにも労力を割かなければならない。 


 虻都さんとの会話はいつも二重に疲れる。


「本来なら俺からじきじきに断罪の拳を貴様にプレゼントしてやるところだが、俺も夏休みの一件から成長した。社会の回り方というものを学んだ。だから今日は勘弁しといてやろう」

「良く分からないけど、ありがとうございます」


 なぜか上から目線の虻都さんにいらだつ内心を抑え、感謝の言葉を僕は述べた。

 虻都さんのウザさの根源は態度のデカさにある。


「礼ならわたしのファンクラブ、白咲彩華公式ファンクラブの創設者に言うべきだわ。米搗先輩はファンクラブの軍規に従ってるだけだしね」

「白咲にファンクラブなんてあったのか。しかも公式って……」


 しかも、軍規って、なにかの軍隊なのか?


「知らないのはお前ぐらいだろうな。全校生徒の三分の一の会員数を誇る我が校最大のコミュニティだ」

「それはすごい」

「当然ね。わたしは可愛いもの。むしろ、人くんがなぜわたしに籠絡されないのか不思議でしかたがないわ」


 白咲は自慢げに絹のような髪を手でなびかせた。


 虻都さんはその姿をガン見しながら白咲に手を合わしている。


――白咲彩華恐るべし!!


 僕の心にまた一つ、彼女の華々しい伝説がきざまれた。


 というか、そんな巨大規模のコミュニティの存在が僕に伝わってこないあたり、僕の高校での立ち位置の悪さがうかがえる。

 早急に改善しなくてはならない。


「そもそもファンクラブに入っていながらわたしに告白してきたのですか、米搗先輩。こちらこそ、万死に値しますよ」

「まあまあ、俺と白咲さんの仲じゃないか。あれは軽い挨拶みたいなものでしょう?」

「今度、軍法会議に提出しますよ」

「ごめんなさい調子に乗りすぎました許して下さいごめんなさい」


――なんだこの会話!?


 小汚い床に額を擦り付けて僕の背後の白咲に陳謝する虻都さんの姿は、生徒名誉会長の威厳の影も形もない。


 僕はあまりにも必死に謝っている虻都さんの背中に寒気をおぼえた。


 白咲彩華公式ファンクラブとは一体どんな組織なのか。

 まず、軍隊なのか。

 謎は深まるばかりだった。


 謎といえば、いま僕の目の前で白咲に綺麗な土下座を決めている生徒名誉会長は一体何をしに来たのだろうか。


 三年生である虻都さんは、当然ながら受験生だ。こんなところで平伏しているよりも、するべきことがあるはずだ。


 そして、僕と白咲も虻都さんがいると作業が進まない。


 虻都さんの登場以来、白咲が僕にまとわりついてきて、うっとうしわ、騒がしいわで、動きづらい。


 多忙を極める生徒名誉会長には早々に退出願いたかった。


「ところで、虻都さんは何をしに第三生徒会準備室なんていう辺鄙な場所に、わざわざ足を運ばれたんですか。大した用事もないくせに」

「とっと帰ってください」


 僕の質問に加えて、白咲も不機嫌な声をこぼす。白咲も今の状況にいらいらしているようだ。


 鬱々としている僕らを尻目に「そうだった。そうだった」と虻都さんは陽気な声をあげた。


「今日は人に大事な話をしに来たんだった」

「人くんは同性とは付き合いませ、ぐふっ」


 僕は背後に肘打ちを決め、白咲に口を閉ざさせる。後ろから「むぅーー」という小さいうめき声が聞こえた。


「大事な話というのは、生徒会の今後に関わる重要な案件だ。人よ、時の流れというものは早いもので、俺も三年生になってしまった。あと半年もしないうちにこの学校を去らなければならない」


 虻都さんは目を細め、遠くを眺めているようだった。その姿はどことなく夕日をバックに小さな港に立っているような哀愁が漂っている。この哀愁を白咲は即座にぶち壊しにかかる。


「たしか、生徒会執行部の人たちが、あと少しの辛抱だとか言ってたわね。生徒名誉会長、相当不評のようですよ、米搗先ぱ、ぐふっ」


 もう一発肘打ちを食らわせてやった。いくら強靭なハートの持ち主である虻都さんもこれ以上白咲に悪口を叩かれると、死にはせずとも、涙を流す羽目になるかもしれない。


 そうなったら、非常に面倒くさい。虻都さんの泣き顔など誰も見たくないのだ。


「わっ、わたし独自の世論調査によると、生徒会構成員の七割以上が生徒名誉会長を支持しないと答えて、ぐふっ」

「話が進まないから黙ってろ」

「今日はスキンシップが多いわね、人くん。あなたがそう言うのなら、この白咲彩華、しばしの間、口をつむぎましょう」


 白咲は虻都さんにぎりぎり聞こえるか否かの小さな舌打ちを一度、正面に向かって鳴らし、僕の背中に身を潜めたのだった。


――どんなけ虻都さんが嫌いなんだよ。


 珍しく取り乱す白咲の姿は貴重で、少しばかり奇妙だった。


「すみません、虻都さん。どうぞ話を続けてください」



 虻都さんは「うむっ」と偉そうな相づちを打ち、白咲に閉ざされた口を開き直した。



「生徒名誉会長という役職を俺が務められるのもあと半年しかない。今はただ、時がゆっくり流れてくれることを願うばかりだ」

「悲しいですが、それが無常観というやつです。一個人ではなんともできません。人間全員でかかっても時間を押し戻すなんて無理なんですから」


――だからこんな場所で油を売らず、とっと帰りましょう。


「だからこんな場所で油を売らないで帰ったらいかがですか、米搗先輩」

「白咲よ、僕の心を読むのはやめろ」

「以心伝心ね、人くん」

「背中でプレスするぞ」

「あら、命は大切にすべきよ。あなたがか弱いわたしを押し潰せるとでも?」


――か弱い要素が全く見当たらない!


「この手で人くんをあやめたくはないわ」

「もう二度と白咲のことをメスゴリラとは思いません」



 僕の思想の自由は、今この時をもって完全に凍結された。



 なぜ白咲が僕の思考を読み取れるのか。



 凍結はいつ解けるのか。





 全ては闇の中であった。


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