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第一章 004 日常編 ③

 その日の放課後。僕と白咲は第三生徒会準備室に向かった。

 二学期の学級委員選挙用投票箱を組み立てるためだ。


 第三生徒会準備室はL字に建っている校舎の最東端に位置する。

 四階建て校舎の二階は北が職員室関係、南は生徒会関連の教室が並び、静謐で厳粛な空気があちらこちらに充満している。


 僕は二階の西廊下を猫背気味に気だるく歩いていた。


「何故僕が放課後に生徒会の雑務をやらなければならないんだ。極めて不愉快だ」

「ここまで来て駄々をこねるのは辞めましょ。私たちが第三生徒会準備室を自由に使わせてもらう代わりに、生徒会を少し手伝う約束を前会長としたでしょ」

「前会長とはしたが今の生徒会長に使われる義理はない」

「前会長ね、引退間際で生徒名誉会長っていう役職を自分でつくって、今も生徒名誉会長として生徒会にへばり付いてるらしいわよ」

「彼には院政野郎というあだ名を進呈しよう」


 白咲は僕の三歩後ろを歩きながら、カラカラと小さく笑った。


 彼女は必ず僕の後ろを歩く。これは信念であり執念だと彼女は語るが、常に背後を取られる僕としては居た堪れない気持ちになる。

 背中に冷たい刃物を突きつけられているような不穏な感じがする。


 そして、白咲を連れて歩くというのは、非常に目立つ。

 非情にも目の敵にされる。


 白咲の活躍もあり、表立った行動をとる人間はいないが、人々はどこか不満げな視線で僕を見つめる。


「人くん、廊下を歩いているだけなのにたくさんの視線を感じるわ。煙玉を使ってもいいかしら」

「煙玉は駄目だ。スプリンクラーが作動する」

「では、けん玉で目玉を潰すわ」

「貴女はヤッターマン一号ですか?」

「ケンダマリック」

「ゴッドハンド!?」

「超遅延サッカーをはじめましょう」 

「ロスタイムが試合時間より長いとか嫌だ!」


 白咲は再びカラカラ笑う。僕はヒイヒイ息を荒らげた。


「お前といると疲れる」

「わたしは人くんといるととても楽しいわ」


 白咲はどこから取り出したのか、けん玉を左手でぐるぐると勢いよく回している。今にも目潰しを始めそうだ。


「誰もお前のことなんか見てないから安心しろ」

「そういうものかしら」

「そういうものだ」


 白咲は他人の悪意の視線を感じることができない。これは彼女が歩んできた華々しい人生の象徴であり、彼女がハチャメチャな性格になった原因の一つでもある。


 端的に言うと、悪意に慣れていない。対応できていない。そもそも、人間の憎悪がどれほどに醜いものなのか、彼女は実感したことがないのである。


 僕はこの様な生い立ちを持つ白咲に対し、恐怖というか、怖いもの見たさというか、純粋な好奇心を持ってしまう。


 あと言うなれば、この彼女のピュアとも取れる性格、もとい習性を隠れ蓑にし、人々の憎しみから僕は身を凌ぐことが出来る。


 悪意の視線を二人揃って白々しいほどに無視するのである。


 白咲は虫を見る様に人間を無視するし、僕は何も知らない無知な少年を演じる。


 僕たちは静かにとは言えないものの、何事もなく第三生徒会準備室にたどり着いた。


「早く鍵を開けて。人くん」


 白咲は僕の後ろから白い腕を伸ばし、ちょんちょんっと長い人差し指でドアの鍵穴をつつく。

 第三生徒会準備室に来ると白咲はなぜだか上機嫌になる。


 僕は彼女の気分と反比例するかのように、気だるくズボンのポケットから鍵を取り出し、鍵を開けた。

 黄色く変色したドアを横にスライドさせ、部屋の中に入る。


 第三生徒会準備室とはその名の通り、生徒会が保有する第三番目の準備室。いわば予備倉庫である。


 部屋は元々校長室であった小部屋を流用したもので、やや狭い。


 部屋の両サイドには備品整理用の棚が設置されており、ムササビの着ぐるみや蛍光ピンクのだるまなど、いつ使ったのか。或いはいつ使われるのか不明なガラクタ、生徒会備品が丁寧に並べられている。


 室内の中央には元々の校長室を連想させる来客用の低い机にソファーが二つ。そして立派な木製の机とハイバックチェアーが窓を背に置かれている。


 僕は部屋に入るとすぐさまお気に入りのハイバックチェアーに腰掛けた。

 低反発の背もたれがもふもふと僕の背中を押し返す。僕は小さく欠伸をする。


 室内には上品なお茶の香りが漂っていた。白咲が部屋の隅にある台所で紅茶を淹れているようだ。


「やはり面倒くさい」


 リラックスしている所為か思わず口から本音が溢れてしまった。


「生徒会執行部の言うこと聞かないと、それこそ面倒なことになるわよ」

「たとえば?」 

「小学五年生の頃の作文が生徒会通信に載るわ」

「僕の黒歴史を誰がリークした!!」

「もしもの話よ」


 部屋の隅からティーカップを取り出す音が聞こえる。


「ちなみにシュレディンガーの猫を、忠犬ハチ公のような、歴史的に有名な猫だと勘違いしているあたりに、小学生の作文ながら感動したわ」

「それで花マルもらえちゃった悲しみが込み上げてくるから止めて」

「超ひも論を遺伝子の話だと思っていたあたりも脱帽ものね」

「間違いを指摘してくれなかった恩師への失意が蘇るから止めて」



 紅茶を注ぎ終わると、白咲が両手にアンティークのカップを携え、僕の元へ近づいてくる。



「だからお仕事、がんばりましょうね」


 白咲は僕の耳元で、涼しげに囁いた。


 僕はただ白咲の淹れた紅茶を「やっぱり白咲の淹れたお紅茶は一味違うな。家庭じゃ再現できない味だな」と称賛し続ける他なかった。


 彼女はソファーに座り、紅茶を右手に、満足気な笑顔を優雅に浮かべていた。


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