第二章 007 大爆発編
「死ねええええええええ」
カッターナイフなんてものではない。
より鋭利なデザインナイフや彫刻刀。
それらの屈強な刃物が美術部の壁一面に、至る所に突き刺さっている大地獄。
デッサン用の石膏像の半数は頭を無惨に破壊され、美しき草原が描かれたキャンバスは中央から燃え落ち、黒く変色している。
「なんだよ、これ」
いまも、部員と思わしき生徒たちが、通常教室の二倍ほどある美術室の四方八方に散らばり、お互いを睨み付けている。
「てめぇの言うことには、もう我慢できねぇ」
「それはこっちのセリフだ」
「なめた口聞いてんじゃねぇよ」
「逆だろうが!」
「寝言はねていえや」
「あぁん?」
「不眠症なら頭かち割ってでも寝かしつけてやるよ」
「ブッ殺す!」
などの、とんでもない罵詈雑言が、美術室を、アートの神域を、フランス人形のように可愛らしい雛月かぐやの元本拠地を満たし、一触即発の大戦場を創り出していた。
「僕、美術部って、こう、良い意味でもっと大人しいサークルだと思ってたよ」
「わたしの調べでも、物静かな生徒が多かったはずだけど」
なぜこうなったのかしら、と白咲は心から不思議というように、小さく開いた口に長い指をそえた。
「空気が悪いとか、そういうレベルの話ではなさそうね」
教室の壁半分は本来なら窓になっており、どの教室からも中庭が見渡せるようになっている。
しかし、ここは違う。
幾重ものひびが入った窓ガラスは茶色いガムテープにより荒々しく補修され、ひどいところでは、ペンキか何かで真っ黒に塗られたダンボールが貼り付けられている。
廊下側の壁にはホコリまみれの暗幕がかかり、教室後方の出入口は大量のロッカーとキャンバスを立て掛ける用の木製イーゼルの山により完全に塞がれていた。
「不良がよりつく廃工場かよ」
「それにしては刃物と鈍器の数が異常ね」
美術室の入口付近の僕らから見て左奥。
教室の後方側では数人の美術部員が思いおもいの装備で、否、凶器により武装し、相手を睨み付けている。
中には、授業用の頑丈な長机に足をつけ、敵の頭上から眼光を尖らせている者までいた。
「まさに世紀末だな」
「なにワクワクしてるのよ」
「暴力が全てを支配する世界なんて、僕、はじめてだよ」
「そんなことを言っていたら、愛するわたしを奪われちゃうわよ」
「僕に幼なじみはいない」
「あら、残念」
僕と白咲が核戦争後の世界に思いを馳せる中、緊張状態にあった美術部員たちが動き出す。
「くらええええ!」
石膏像を持った女生徒が机の上の女の子に攻撃を仕掛けたのだ。
人間の頭蓋骨一個半ほどの首像が宙を舞う。
直線上に投擲された白い顔面凶器は、弾丸のごとく、ジャイロの回転を繰り返しながら、机上のノミを持った女生徒に、高い球威を保ったまま、吸い込まれていく。
「ごらぁあ!」
その質量の塊に鉄のノミが突き立てられる。
「アグリッパ!」
でこを突き刺された石膏像は勢いを失い、回転を止め、内部から爆散した。
「あいつ、秘孔を一発で突きやがったぞ」
「なにを言っているの、人くん?」
「ショックじゃないのか!?」
「ええ、もう、とても、あなたは衝撃的よ」
跡形もなく木っ端微塵になった首像、アグリッパは美術室の床を汚す、ただの塵へと成り果てたのだった。
「あの野郎」
「ええい、やっちまえ」
「頭おかしいのかてめぇら」
「ブッ殺す!」
雛月かぐやが元エースを務めた美術部は混沌を極めている。
暴力が支配する、人間の慈愛が存在しない世界。
ある少女は両手の指いっぱいに鋭利な彫刻刀を挟み、投擲。
一方の少女はそれをキャンバスで防ぎ、楕円状の木製パレットをフリスビーのように回転させ、相手を倒そうとする。
先の尖った製図用シャーペンや大きな金槌。
巨大な三角定規まで。
ありとあらゆる文房具が、美術用品が、いまや目の前の敵をほふるためだけの兵器へと様変わりしている。
「ええい、埒があかねぇ」
「そろそろ私の主張を受け入れろ」
「うるせぇ、お前の妄言につきあってられるか」
「はぁ?」
「どう考えても逆だろ」
「証拠はあるのかよ!」
「どういう感受性してんだよ!」
口汚くお互いを罵り合う部員たちを止めることが誰にできようか。
燃え上がる彼女らの憎悪の元は一体何なのか。
僕には全く見当がつかなかった。
「もうやってられるか」
「てめぇから吹っかけて来たんだろ」
「途中までは一緒だったのに」
「てめぇは絶対言ってはならないことを言った」
「そこだけは譲れない」
苛烈の一途をたどる美術部員同士の死闘。
この戦いに終止符を打ったのは、当然、僕などではなく、美術部員の一人だった。
「うるさい! こんな答えのない争いはもうたくさん!」
彼女が腕に抱えていたのは大きな袋。
パウダー状に砕かれた石灰の袋だった。
「全てを無に返す!」
石灰の袋が裂かれ、大量の粉塵が大気にまう。
「まずい」
僕は後ろを振り返り、そこにいた白咲の耳を両手で塞ぎ、抱き寄せた。
「え、人くん、えええええええええ!」
細かい粉が美術室に充満する。
彼女はポケットから小箱を取り出し、中をひらく。
「もうカップリングで争うのは止めようよ!」
シュッ、という音とともに少女の右手に火が着いた。
「ちって!」
大爆発。
窓ガラスが割れ、彼女たちが散りぢりに吹き飛ぶ。
壁や棚にモノが打ち付けられる。
「おいおいおいおい」
毎度おなじみ、粉塵爆発だった。
エタってないよ!
次回の更新は、たぶん、水曜日。




