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第二章 006 地獄編

 雛月かぐやの衝撃発言の後。

 伊陀夏織と雛月かぐやが第三生徒会準備室を去ったのち。


 僕ら二人は、元、かぐやが所属していた部活、美術部の居室へと向かっていた。


「白咲よ」

「なに、人くん」

「やっぱり」

「それ以上言うとブツわよ」

「なんで!?」


 美術部は三階の北側に位置する。第三生徒会準備室とは正反対の方向にあり、正直遠い。


「めんどくさい」

「オラーッ!!」

「声太っ!?」

「それ以上、一切口を開くなと忠告したよな」

「白咲さん、キャラが変わってるよ!?」


 白咲は右手を頭によせ、無い帽子のつばを触るフリをする。


 床には巨漢が殴ったような拳の跡がくっきり刻まれ、砂埃を上げていた。


「精密動作性ーA の攻撃を躱すとは。こいつ、できる」


「一体なにをした!?」


 背後からの攻撃を気配のみでよけた切った僕だったが、攻撃者、当の本人である白咲が、二メートル後方で、なぜ直立不動のまま動いていないのか。謎そのものだった。


「いまのはスタ●ド攻撃よ」

「そんな作品じゃないわ!」

「てめーの敗因はたったひとつだぜ」

「お願いだから話を聞いて」

「てめーはわたしを怒らせた」

「沸点低っ!?」


 白咲は目に見えない帽子を深く被り、大きく息を吐いた。


「いやいやいや、僕はかぐやの依頼をこなすのが面倒くさいって言っただけなんですけど。なんで破壊力ーA の幽霊に攻撃されなきゃならないんだよ。死ぬわ」


「いいえ、あなたは死なないわ」


 白咲は表情ひとつ変えずに僕に告げる。


「わたしがずっと覚えているもの」


「加害者側が言う台詞かよ。なに他人に殴りかかっといて、良い話風に終わらせようとしてんだよ」


「だってしょうがないじゃない」

「何でだよ。僕にはどんな事情があろうとも相手を殴って良いような、そんな大層な理由は、一切見当たらないね」


「人くんが駄々をこねるからよ」

「いたってシンプル!!」


 一方的に手を出してきたのは白咲だ。

 それを差し置き僕のせいにしたコイツの感性は大いに狂っている。


 だけど、先に折れるのはいつも僕の方だった。


「分かった、わかったよ、白咲。僕が悪かった。ちゃんと、元、文化部エースの雛月かぐやの依頼を受けるから。やるから」

「何を理解したのか詳しく聞きたいところではあるけれど、人くんがやる気になってくれてうれしいわ。勢い余ってわたしの方こそ殺っちゃうところだったわよ」

「可愛い子ぶりながら殺人未遂を自白するなよ」


 白咲は右手を下ろして謎のオーラを引っ込めてくれた。


「でもどうして唐突に、めんどくさい、なんていう不誠実極まりない、無責任の塊みたいな、ろくでもない、最低で非道でくだらない言葉を人くんは発したのかしら」


 白咲は純朴な少女のような眼差しで僕を見てくる。

 その視線がやけに痛い。


「それ以上僕を責めるのはやめて。罪悪感でつぶれちゃうから」


 ハハハッと、白咲が笑う。

 何が面白かったのだろう。


「冗談はさておき、なんでなの。人くんが学級委員、果ては生徒名誉会長になるために雛月さんの影響力が必要なんでしょう」


 僕は再び廊下を歩き始める。


「うーん、確かにそうなんだよ」

「なに、やけに含みのある言い方をするのね」

「いや、その、何というかこう、とてもセンシティブで言いにくいことなんだけど」

「はっきりしなさいな。ウジ虫みたいな男はモテないわよ」

「そこまでかよ」


 ハッキリ言って、僕は自信が無いのだ。

 経験が無いから分からない。


 というより聞いたことがない。


 見たことがない。


 世界を知るために、理解するために、色々な書物を読んできたけれど、どれ一つとして今回のような案件を目にしたことがない。


 いや、正確には、僕の望む大団円を迎えたことがない。

 ハッピーエンドを知らない。


 友情や絆といった、誰かと誰かを繋ぐ不確かな何かと、あまりにも縁が無いから。

 疎遠だから。


 僕は白咲に思い切って質問することにした。


「かぐやって、元、文化部のエースだろ。その、こう言っちゃなんだが、一回部活から強制的に外されたんだよな。そんなヤツに、実力はあれど、他の生徒をまとめる求心力なんて、残っているのかよ」


 なんだ、そんなことか。 と白咲は言う。

 だけど、僕にとっては何よりも大切なことだった。


「そうね、人くんは一にも二にも票のことで頭がいっぱいだものね。大人気のわたしとは違って、ただの学級委員選挙で絶体絶命のピンチに陥っちゃうほど、クラスメイトからの信頼がないのだものね」


「ああ、そうだよ。僕は票がなくて困ってるんだ。だから教えてくれよ。かぐやを助けることで女子の票が集められる根拠を聞かせて、僕を安心させてくれよ」

 

 まったく仕方ない男の人だこと、と白咲はあきれたような台詞を吐く。けれど、口角は緩み、まんざらでもなさそうだ。


「女の子かどうかは知らないけれど、雛月さんに恩を売れば、得票率は伸びると思うわよ」

「女子は知らないって。お前のせいでクラスの男子全員が僕の敵に回ったのを忘れたとは言わせないぜ」

「人くんには分からないかしらね」

「なんだよ、一応言っておくが、僕は全知だぞ」

「わたしは全能だけどね」


 閑話休題にしましょう、と白咲は前方の教室を指さす。


 締め切られたドアの上には、美術室、とくすんだプレートに記されていた。


「さすがの人気ワーストナンバーワンの人くんでも、部屋に入れば分かるんじゃない」


 白咲はドアの凹みに手をかける。


「頼もう!」


 道場破りのような、場違いな掛け声とともに勢いよく扉が開かれる。


 僕は白咲の言葉に疑問を抱きながら前進した。

 殴り込みではないけれど、聞き込みへと赴く。



 穏やかな笑い声が響く室内には、戦々とした、恐々とした、寒々とした――――地獄が広がっていた。




「なんだよ、これ」 

次回の更新は月曜日(来週)の予定です。

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